第17話 人造人間
思えば、クリスの魔力の存在というのは、昔から謎だった。
恐ろしいほどの魔力量は、俺など足元にも及ばないほどの大量。その最大値が全く分からないくらいの、膨大すぎる魔力だった。それこそ、
俺は、純血のアールヴというのはこれほど大量の魔力があるのかと、純粋にそう信じたのだけれど。
だが今、クリスの持つ魔力は。
確かに間違いなく膨大な量ではあるけれど、俺にも分かるくらいに目減りしている。その状態から一夜明けたというのに、全く回復していない。
一体、これはどういうことなのだろう。
「クリス……その、昨夜は休めたか?」
「……? ねた。ぐっすり」
「寝たのに、回復していないのか……?」
魔力の回復は、睡眠による自然回復だ。俺はクリスの魔力は膨大だから、その回復量も膨大だと、そう考えていた。
だけれど、全く回復していない――ならば、どうすればクリスの魔力が回復するのだろうか。
うぅん、と少しだけ悩む。
「クリス」
「はい」
「今日は、どこにも行かない。俺は魔術の研究をする」
「はい。おちゃいれる」
「お茶を淹れる以外は、休んでいいから。掃除や洗濯はイアンナがしてくれるからな」
「はい」
思えば俺は、クリスを酷使しすぎていたかもしれない。いや、多分しすぎてた。
どれほど魔術を使っても減らないから、
ここは、何日か休んでもらうのが得策だろう。
俺も、ちょっと
「それじゃ、朝食にしよう。その後は、部屋に籠もらせてもらうよ、イアンナ」
「承知いたしました。では、昼食は軽く摘まめるようなものにしましょうか?」
「ああ。サンドイッチにしてくれ」
「分かりました」
俺の指示に対して、イアンナが頭を下げる。
まぁ、ちょっとばかりここ数日、クリスが使う魔力が多すぎたのが原因だろう。
数日経てば、元通りに多すぎる魔力に戻ってくれているはずだ。
翌日。
体の節々の痛みで、俺は目を覚ました。
肩は凝り固まり、腰には激痛が走り、膝も動かすと痛みが走る。体を起こそうとした瞬間に。首筋にびきぃっ、と稲妻のようなものが走った。
「ぐ、あ……!」
理由は、分かっている。
俺は昨夜、魔術の研究をしていた。そしてそろそろ寝ようかなと考えた直前に、物凄いアイデアを閃いたのだ。属性の色に合わせて考えていた
そして思い立てば、そのまま研究を続けるのが魔術師である。思えば、初めてアールヴの魔術書を入手したときには、俺丸七日間寝ずにいたくらいだ。
まぁ、その結果。
見事に机の上に突っ伏した状態で寝てしまい、体中がバキバキの俺である。
「ぐ……ぐ……」
どうにか体を起こし、目の前に広がる惨状を見る。
乱雑に書かれた文字は、酷い眠気と戦いながら書いた結果、しらふでは読めない代物に仕上がっている。クリスが淹れてくれたお茶のカップはそのままで、中身は冷めてしまっていた。
恐らく、俺は物凄い発見をしたのだ。眠い頭で。そして、それを忘れないうちに研究しておこうと、ここに書いたのだ。
だが、それを完全に忘れてしまっている。俺一体何を発見したんだ。
まさか、アールヴの魔術書じゃなく自分のレポートを解読しなきゃいけない事態に陥るなんて全く考えもしなかった。
「あー……とりあえず、水でも飲むか」
くぁ、と欠伸を噛み殺して立ち上がる。それだけでも膝が痛かった。
ふらふらと眠りの足りない頭で部屋を出て、そのまま食堂へ向かう。当然ながら、まだ早い時間のためイアンナは出勤していない。
水差しから、ぬるい水をカップに移して一口。
「ふー……」
と、そこで。
バタバタと乱暴に廊下を歩く音が聞こえた。
「え……?」
「ああ、腹が減った……何か……あん? ああ、ジンじゃないか。アンタもう起きてたのかい」
「お師匠!」
「とりあえず、その辺に何か食うものないか? もう腹が減っちまってね」
「えーと……パンくらいですけど」
「よこせ」
エレオノーラにパンを渡す。
いつも通り――と言うには少々ファンシーすぎる猫柄のパジャマと、黒縁の眼鏡。その目の下には深い隈が刻まれており、いかに寝不足であるのかよく分かる。
そして恥も外聞もなくもっしゃもっしゃとパンを囓り、水を一気に飲み、それからげふーっ、と息を吐いた。
完全にオフモードだ。
「ジン」
「はい」
「ようやく完成したよ。丸二日もかかっちまった」
「本当ですか!」
「ああ、見に来い」
食堂の椅子から立ち上がるエレオノーラの、後ろをついていく。
アンデッド作りは慣れたものだが、俺が主に作っていたのはスケルトンだ。そして今回、エレオノーラが作り上げたのは
その完成品を見せてもらえるとなって、興奮しない魔術師など存在するまい。
「今回は、指揮官として役立ってもらうためのアンデッドを作った」
「うす」
「だが、指揮官ってのは狙われやすい。だから、近接戦闘にも優れた奴を作ったよ」
「ありがとうございます」
エレオノーラが、魔方陣の部屋を開く。
そこには、蠢く仔牛スケルトンの群れがいた。そういえば、ここに押し込んでたんだった、こいつら。モーモーうるさい。
エレオノーラ、この仔牛スケルトンが大勢いる中でひたすら集中していたのか。悪いことをしてしまった。
しかし、そんな仔牛たちの中央に。
明らかに、人間とは思えない何かが、立っていた。
「こいつが、
「――っ!」
人間と判断できるのは、それが頭と四肢を持ち直立しているからだ。
だが、それ以外がまるで異なる。
まず、身長よりも遥かに長く太い右腕。ずんぐりとした胴体に、申し訳程度に短い左腕がついている。その腰から下に見えるのは、太い両足だ。
そして、頭の位置にちゃんと頭がついていながら、僅かにしか顔のパーツが存在しない。顔の中央に片目だけが存在し、他に耳も鼻も口もない人間の顔というのは、これほど不気味に思えるのか。
「何度か実験したが、こいつは思考でスケルトンを操ることができる。仔牛スケルトンを一列に並べることもできる」
「マジ、ですか……」
「さすがにあたしも、頭のパーツまでは用意してなくてね。眼球だけはどうにか使えたが、死体になかったパーツは
エレオノーラが作った、アンデッドの将軍。
それが、思考によってスケルトンを操ることができる。
この不気味な大将軍が、スケルトンの兵団を率いて戦地に赴く姿を想像して。
「あの、お師匠」
「ああ」
「さすがに不気味すぎません……?」
「鎧でも着せときゃどうにかなるよ」
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