第18話 クリスの秘密

 人造人間フランケンシュタインが完成して、三日が経った。

 この三日間、俺はひたすらに魔術の研鑽に勤しんだ。それこそ、この三日間ほとんど屋敷から出ていないほどである。その結果、前回に比べて瞬間移動テレポートに使う魔力が四割ほど削減できた。最高の結果が訪れたとさえ言っていいだろう。

 少なくとも、フリートベルク領のどこに行くにも魔力を一割も消費しないくらいになってくれた。さすがに、帝都まで行くのはまだ不可能だが。

 それは、順調なのだ。

 だけれど。


「……どう思いますか、お師匠」


「なるほど。確かに回復していないね」


「……?」


 エレオノーラにも確認してもらったが、クリスの魔力量は全く変わりがなかった。俺が確認していたときと同じく、その魔力量は明らかに目減りしたままだったのである。

 それに伴う自覚症状などは特にないけれど、それでも心配であることには変わりない。

 どうすれば、クリスの魔力が回復してくれるのか――。


「あたしにも、てっぺんが見えないくらいのでかすぎる魔力量だったってのにね……今なら、あたしでもその最大値が見えるくらいだ」


「ええ。俺にも分かります。それでも膨大ではありますけど」


「むしろ、今までも減り続けていたのかもしれないね。嬢ちゃんは最初からでかすぎる、使い捨ての魔力を所持していた。けれど、それが減少し続けていたのをアンタが知覚できなかった……そう考える方が正しいかもしれない」


「……ええ。俺も、そう思いました」


 今のところ、最も信憑性の高い説はそれだ。

 クリスは最初から、巨大な魔力量を所持していた。俺が不死者ノスフェラトゥとして復活させた時点で、その魔力量は異常なほどだった。俺には、その最大値が全く分からないくらいに。

 だから、逆説的に。

 最初から、クリスの魔力は減り続けていたのだ。クリスが複製魔術や時間遡行魔術、長距離の瞬間移動テレポートを行うたびに。

 はぁぁ、と大きくエレオノーラが溜息を吐く。


「正直、あたしにはこの状況が理解できない。あたしは、純血のアールヴだからこそお嬢ちゃんが、途轍もない魔力量を持っているもんだと思っていたよ。他に、純血のアールヴなんて生きていないからね。比較のしようもない」


「ですが……」


「ただ、確かに妙な話ではあったのさ。いくらお嬢ちゃんが純血のアールヴだからって、それほど膨大な魔力を持っている理由なんてないんだよ。そもそもあたしが、人間とアールヴの混血だ。親の顔も親の魔力も見たことがないが、そのあたしが、お嬢ちゃんに比べりゃ木っ端みたいな魔力しか持っていない。お嬢ちゃんほどの大量の魔力を持っている相手を親に持ちながら、だ」


「……」


 エレオノーラの言葉には、頷くしかない。

 確かにエレオノーラには半分、アールヴの血が流れている。そしてアールヴが種族としてそれだけの魔力を持っていると仮定すれば、エレオノーラの生来持っている魔力はもっと多いはずだ。何せ、その半分がアールヴの血なのだから。

 だから、クリスを例外として考える方が確かに正しいのかもしれない。


「あの、お師匠」


「ああ」


「俺は、クリスを不死者ノスフェラトゥにしました。それが何か、関係あるのでしょうか?」


「同じような、水晶に封じられたアールヴの死体でも発見すりゃあ比較実験ができるが……無理だろうね。あたしもこの二百年、たった一度しか見たことがない。しかも爆発しちまった」


「……」


 確かに、無理な話だ。

 そもそもアールヴの魔術書すら、高額で取引される代物である。アールヴそのものは、死体であっても市場に流れることなどない。

 同じような実験をしようにも、あまりにも稀な例すぎて不可能なのだ。


「ただ、アンタから聞いた話から、予測することはできる」


「はい、お師匠」


「アンタがお嬢ちゃんを不死者ノスフェラトゥにしたとき、お嬢ちゃんを囲んでいた水晶は割れた。割れて光が放たれて、その光が収束してお嬢ちゃんが生まれた」


「ええ」


「別の村の村長を不死者ノスフェラトゥにしたときには、そういう光は生じなかったんだろう?」


「ええ」


 これは事実だ。

 バースの村のランディ村長や他の村民たちを不死者ノスフェラトゥにしたとき、クリスを生み出したときのような激しい魔力の損失もなかったし、激しい光もなかった。だから、あのときは「クリスとはちょっと違うけれど、人間とアールヴにやるのでは効果も違うのかな?」くらいに考えていた。

 それに加えて、クリスとランディ村長では若返り方も違った。ランディ村長は、老人から若者になったのだ。まるで、自分の最も最盛期の姿を選んだかのように。比べ、クリスは妙齢の女性から幼女へと若返った。その姿は、決して自分の最盛期とは言えないだろう。

 だけれど、それをどう考えるか――。


「あたしは前に言ったと思うが、お嬢ちゃんが水晶の中で受けていたのは、『封印』だ。アールヴに伝わる、最も過酷な処刑方法だったんだよ」


「はい、聞きました」


「だから、これは仮説なんだがね……」


「……?」


 エレオノーラは、じっとクリスを見て。

 クリスの方は、よく分からないとばかりに首を傾げていた。


「お嬢ちゃんは水晶の中に封じられて、その命を失った。だが人体ってのは、自分の命の危機を脱しようとする働きがある。酸素が薄くなればより求めようと呼吸の数は多くなるし、何も食わなければ自食作用オートファジーが働く。似たようなことを、お嬢ちゃんは水晶の中でやったのかもしれない」


「……どういうことすか?」


「もう少し、自分で考える努力をしな。まぁ、つってもあたしの仮説でしかない。本当にそれが正解なのかは分からんよ。だからまぁ……ええと、何て言えばいいんだろうね」


 ぽりぽりと、エレオノーラが頬を掻いて。

 それから宙に丸を描いた。


「この水晶の中に封じられた。本能的に、その水晶を内側から破ろうとした。そのために、お嬢ちゃんは魔力を使ったんだよ。決して破れることのない封印を破ろうと、内側からね」


「……」


「その結果、水晶の内側に決して漏れることのない魔力が溜まる。それをお嬢ちゃんは、死ぬまで繰り返した……結果的に、内側に魔力が異常なほどに溜まった。だからこそ……あたしは気付かなかったが、外側から無理やり水晶を壊そうとしたとき、内側にあった魔力が暴発したのかもしれない。その結果、爆発四散した。そう考えられる」


「……」


 エレオノーラが、いつだったか言っていたことだ。

 過去に一度、水晶の中に封じられたアールヴを見つけたとき、外側から無理やり破壊しようと考えた者がいたのだとか。

 その顛末は、爆発四散する魔術が込められていたことにより全員死んだと、そう言っていたが。

 それが、実は内側に溜まった魔力の暴発――。


「本気で、根拠のない仮説だがね」


「え、ええ……」


「ジンがお嬢ちゃんを不死者ノスフェラトゥにすると共に、周囲の魔力を吸収したのかもしれない。その吸収した魔力が、水晶の内側に溜まっていた大量の魔力だ。だからお嬢ちゃんは、大量の魔力を所持した状態で生まれた。もしかすると、アンデッドってのは生まれた瞬間に、自分が今後活動するための魔力を周囲から吸収してんのかもしれないね」


「……」


「んで、アンデッドはどいつもこいつも、魔力によって動いている。まだ完全に解明できていないが、それは間違いない。んでその魔力は、生まれたその瞬間から所持しているモンだ」


 背筋が、震える。

 もしもその仮説が、正しければ――。


「じゃあ、魔力を全部失ったら……アンデッドってのはどうなるんだろうね」


「……?」


 そんなエレオノーラの言葉に。

 クリスは、やっぱりよく分からないと首を傾げていた。

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