第21話 閑話:師匠の想い

「ふぅん……」


 ジンから受け取ったレポートを読みながら、『紫の賢者』エレオノーラは、小さく笑みを浮かべた。

 毎日、きっちり提出してくるジンのレポートは、エレオノーラからしても読み応えのあるものだ。最初に与えた課題――『店の中にある魔術用品や触媒の使用用途や魔力の通り道を勉強しろ』という、ある種放置しているような課題に対しても、ジンは真摯に取り組んだ。そしてミスリル粉やアダマンタイト、妖精の鱗粉といった難しい素材の解析に成功したことは、エレオノーラからしても評価に値するものだ。

 やはり、エレオノーラが見込んだ甲斐がある――そう思えるほど。


「一発で成功させたってんだから、恐れ入るよ……本人には、自覚がないだろうがね」


 エレオノーラの秘蔵魔術、『瞬間移動テレポート』――それを今日、ジンは実際に使ってみたらしい。その結果、魔力の八割ほどを削られる結果になったのだとか。

 それも当然だ。エレオノーラの属性適性と、ジンの属性適性は違う。ゆえに、まずはエレオノーラのレポートから魔術体系を理解し、その上で自身の適性に合わせた魔力の編み方をしなければならないのである。ただ単純に、エレオノーラのやり方を真似ただけでは、魔力の消費量も半端じゃないだろう。

 だが、それでも成功させた。それは、評価に値するものだ。自身に適性のない魔力を扱って、あれだけ高度な魔術を成功させる――それはまさしく、天才の所業だ。


 そもそもエレオノーラがジンを見込んだのは、ジンがまだ魔術学院に在籍している頃だった。

 今までエレオノーラは、数人弟子をとったことがある。もっともエレオノーラから声をかけたわけではなく、帝国魔術顧問としての立場もあって、他の魔術師から「見込みのある者を弟子にとってほしい」と要請されたからだ。当然エレオノーラにもやる気はなかったし、その『見込みのある者』も大した人物でなかった。結果、ろくな教育も施すことなく他の魔術師の弟子に鞍替えした。それが続き、「エレオノーラは弟子をとる気がない」とさえ噂されるほどになった。

 エレオノーラとて、決して後進を導きたいという気持ちがなかったわけではない。だがエレオノーラの特性――人間とアールヴの混血であり、並の人間に比べれば遥かに長寿であるせいで、人を導くことよりも自身の魔術を向上させることの方が優先されたのだ。


 だが、要請されて嫌々出席した、魔術学院の最終試練――そこで、エレオノーラは、ジンを見つけた。

 魔術学院を卒業する段階でありながら、三属性の中級魔術まで使い、五属性の初級は覚えている万能性。常に魔視サーチをかけ、異なる魔術生物の弱点を一瞬で見抜く洞察力。そして何より、エレオノーラにも及ぶのではないかと思えるほどの底なしの魔力。

 これは天才だ、と誰もが賞賛した。

 エレオノーラ以外にもやってきていた何人かの魔術師が、ジンを是非弟子にとりたいと騒いでいた。

 そんな彼らの口を塞ぎ、帝国魔術顧問にして大陸四魔女の一人という立場を強調し、エレオノーラがジンを弟子にとると宣言した。

 絶対に弟子に欲しいと、そう思えるほどの逸材だった。ジンならば、エレオノーラの全てを教えてやれる、と。

 もっとも、その後二年ほど実家に帰ることは、エレオノーラの想定外だったが。


「まぁ、色々と厄介な案件は揃ってるが……ほんと、こいつの成長が楽しみだねぇ」


 実家で見つけてきたという、アールヴの魔術書。そして、読むだけで発動させた死霊魔術。今でも領地の方では動いているらしいスケルトン。

 それだけを切り取っても、その凄まじさがよく分かる。並の魔術師ならば、アールヴの魔術体系など理解できないし、発動するなどもっての外だ。無意識のうちに全ての属性魔力を操るすべを覚えている、万能のジンであるがゆえにできることだろう。

 そして繰り返してきた魔力の枯渇と、一瞬での魔力の補充。それにより、ジンの魔力はただでさえ膨大だったものが、さらに伸びた。それこそ、エレオノーラを超えるほどの魔力を身につけていたのは、エレオノーラにとっても嬉しい誤算だった。


 そして何より、クリスというアールヴの少女。

 エレオノーラの『瞬間移動テレポート』を一瞬で使いこなし、それでも涼しい顔をしているだけの魔力量。あの娘がいなければ、ジンの魔力はあれほど伸びなかっただろう。

 それだけ、度重なる魔力酔いに耐えてきた彼のことを考えると、痛ましい想いはあるが。

 

「ジンなら、一月もあれば『瞬間移動テレポート』を自分のものにできるだろうね。あとは、巨人のスケルトンか……どれだけの魔力を消費するのか、全く見えないね」


 くくっ、とエレオノーラは笑う。

 巨人のスケルトンは、純粋なエレオノーラの興味で作らせるものだ。伝説に残る巨人が、どれほどの巨大さでどれほどの存在感なのか、それを見てみたいと思っただけである。そのためだけに、金にすればどれほどの価値になるか分からない巨人の骨を、ジンに提供した。

 だけれど、もしもその成果ができたとき、ジンはどれほどの脅威になるのだろう。


「ジン曰く、スケルトンを三体使ったデスナイトってのも随分な強さのようだしな……それに巨人のスケルトンまで加わったら、一体どうなるんだろうね。大陸四魔女どころか、唯一無二の最強になっちまうよ」


 想像する。

 ジンの後ろに揃う、全身鎧のデスナイト。武器を携えたスケルトンの群れ。決して死ぬことのない不死者ノスフェラトゥの兵士。そして巨人のスケルトン。

 彼らを従えたジンに、一体誰が勝てるのだろう。

 最早その軍勢は、帝国にも及ぶほどではあるまいか――。


「くくっ……」


 再びエレオノーラは笑みを浮かべて、呟く。


「そのときのあたしは、あんたの隣に立ってやるさ。ジン」


 もしもジンが世界を相手に戦争すると、そう決めたときは。

 エレオノーラは、ジンの隣にあろう――。

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