第22話 試行錯誤

瞬間移動テレポート――!」


 力ある言葉を紡ぐと共に、俺の視界がぐにゃりと歪む。

 魔力で作られた壁に入っている、俺とクリスの体が粒子のように溶けてゆくと共に、視界は暗く失われ、存在感が消えてゆく。最初はこの喪失感に恐怖を覚えていたが、やっていくうちに段々と慣れてきた。

 そして魔力が一瞬で移動し、俺とクリスの体を再構成し、エレオノーラの屋敷から見慣れた山小屋へと到着した。


「……ふむ」


 ここのところ毎日のように、魔力を編むやり方を変えて検証を続けている。とはいえ、何の改良もしなければ俺の魔力の八割を奪う大魔術だ。一日に一度、多くて二度しか試すことのできないこの毎日は、ただひたすら魔力の試算を行っていく日々だった。

 エレオノーラに初めて瞬間移動テレポートを教わって、二十日。

 今日は割と上手くいったか、俺の魔力の三割程度を削られただけだった。そこまで大きな疲労感もない。

 だが、エレオノーラはこの魔術を涼しい顔をして使っているのだ。やり方次第では、もっと消費魔力を削ることができるだろう。


「もう少し改良が必要か……最初の反作用に使う魔力を、もう少し削減できるかもしれない。その後の黒属性は、さすがにこれ以上減らせないか……」


「……」


「反作用を赤と青から、赤と黄でやってるからなぁ……そこまで大きい反作用が生まれないのが要因か? でも今のところ、これが一番上手くいっているわけだし……」


 ぶつぶつと呟きながら、レポートに筆を走らせる。

 ひとまず今日試した魔力式を、レポートでエレオノーラに見てもらうことにしよう。どうしても俺一人での試算では、これ以上の削減ができそうにない。

 そもそも得意属性が黄の時点で、あまり反作用となる属性が存在しないのだ。赤と青ほど顕著な反作用を生じさせる属性があればいいのだが、なかなか上手くいってくれない。本来赤と青、黒と白が反作用を生じさせる属性であり、その中間点にある黄は、万能性を持つ代わりに大きな反作用がないのである。

 そして、そんな風にぶつぶつと魔術の研鑽を続ける俺を、クリスは無言で見つめていた。


「はぁ……」


「ごしゅじんさま、おつかれ?」


「まぁ、今日はそんなに魔力を消費してないけど……ちょっと考えすぎて、頭がこんがらがってきた」


 試せるだけ試したが、まだ最適解は出ていない。

 これ以上考え続けても、堂々巡りになるだけだろう。今のところ、試してみた魔術式をまずエレオノーラに見て貰って、助言なり与えてもらうべきかもしれない。

 まだ寝ているだろうし、夜にでも今日作った魔術式をエレオノーラに見てもらうことにしよう。

 エレオノーラは夜型であるため、日中は食事の時間以外寝ているのだ。多分猫柄のパジャマで。


「よし……」


 そして、視界の中にある巨大な骨を見る。

 その一本だけで俺よりも遥かに大きい、存在感を持つ巨人の大腿骨――今までは、ここまで瞬間移動テレポートするだけで魔力をかなり消費していたため、全く触ることができていなかった。

 だが今日、俺の消費した魔力は三割。よく眠ったから、魔力は朝の時点で最大値まで回復している。つまり、残るは七割といったところだ。帰りに使用する魔力は残り三割ということで、残る魔力は四割。

 つまり今日、俺はこの場で、四割ほど魔力を使ってもいいということだ。


「……」


 ごくりと生唾を飲み込んで、俺はまず魔方陣の描かれた布を敷く。

 エレオノーラの前で、スケルトン作成を披露したときに使ったものだ。それを皺が作られないように敷いて、その中央に巨人の大腿骨を乗せる。

 まだ、俺に巨人のスケルトンを作ることができるほど、魔力は存在しないだろう。

 だが少しずつ、俺の魔力を消費して、この大腿骨と繋がる骨を形成していくことは可能だ。別段急ぐものでもないし、ゆっくり全身像を作っていけばいいだろう。


「ふー……」


 大きく息を吐き、魔方陣に魔力を通す。

 やり方は普段と同じだ。スケルトンを作ることは同じ。ただ、その大きさが桁違いなだけである。

 どれほどの魔力を消費して、どのくらい作ることができるのか。それはまだ分からないけれど。

 ただ、魔術師としての俺の知的探究心は止められなかった。


「――創造クリエイト骸骨兵スケルトンっ!」


 俺の体から魔力が抜けて、魔方陣を通り、中央に置かれた巨人の大腿骨へと集まってゆく。まるで無尽蔵に抜かれているかのように、分かりやすいほどに目減りしているのが分かった。

 渦巻く魔力は形となり、巨人の大腿骨と繋がるそれ――骨へと変わっていく。ゆっくりと形成してゆくそれと異なり、俺の魔力は膨大な勢いで減っていった。

 これ以上はまずい――そう本能が警鐘を鳴らして、魔力の通り道を遮断する。


「が、はっ……!」


 思わず、腰を落とす。

 魔力の残量は、ほぼゼロだ。一気に魔力が抜かれたせいで、全く体に力が入らない。七割程度残っていた俺の魔力が、吸い尽くされるように消えてしまった。

 そして、巨人の大腿骨――それに繋がる膝蓋骨と、脛骨と腓骨の一部が、そこにある。

 ただ、僅かなパーツを作るだけで、これほどまでの魔力を消費するなんて――。


「ごしゅじんさま」


「あ、ああ……」


「だいじょうぶ?」


「大丈夫、じゃあないな……とんでもないバケモノだ、この骨」


 全身像はまだ、全く掴めない。ただ、僅かな骨の一部を作るだけで、俺の魔力は吸い尽くされてしまった。

 どれほど膨大な魔力があれば、こんなスケルトンを作れるというのか。

 一瞬、クリスに魔力を補充してもらおうかと考えたが、エレオノーラから禁止されていることだし、やめておくことにした。俺も、魔力酔いで苦しみたくはないし。

 ただ、一歩進んだ。俺の魔力を吸い尽くせば、どうにか骨の一部ができる――それは、検証できた。大きな一歩であると言っていいだろう。


「クリス」


「はい」


「悪いが……エレオノーラの屋敷まで運んでくれ」


「はい」


 三割の魔力は残すつもりだったのだが、制御することができずに失ってしまった。つまり、帰り道はクリスに任せるしかない。

 とりあえず屋敷に戻ったら少し寝て、魔力の回復を待たねばならないだろう。


「てれぽーと」


 特に魔力を編むでもなく、クリスがそう呟いて。

 俺とクリスは魔力の塊に包まれて、存在感を喪失し、そして再び構成される。

 一瞬の歪みの後には、エレオノーラの屋敷だ。


「ふぅ……じゃあクリス、俺は少し休む」


「はい。クリスおそうじする」


「頼む」


 ふらつく体で、どうにかエレオノーラから与えられた自室に戻る。

 その道中、玄関ホール――そこで。

 珍しい姿が、見えた。


「うん……ああ、ジン。戻ったかい」


「お師匠? なんでこんな時間に」


 そこにいたのは、紫のワンピースに身を包んだエレオノーラだった。

 まだ午前中だし、エレオノーラは寝ているとばかり思っていたのだが。

 しかしエレオノーラは不機嫌そうに眉根を寄せて、それから顎で玄関の扉を示した。


「客が来たんだよ。ジンは不在だし、あたしが出るしかないだろ」


「あ……はぁ。誰が来たんですか?」


「まぁ、丁度良かったよ。客の目的は、あたしじゃない。アンタさ」


「へ……?」


 疑問に、思わず眉を寄せる。

 ジンがここにいることは、誰も知らないはずなのに。

 だが、その玄関扉。

 僅かに開いたそこから見える姿は、ジンもよく知る人物だった。


「これはこれは、お久しぶりです。ジン様」


「……アンドリュー、さん?」


 そこにいたのは。

 フリートベルク伯爵領における最大の町、フルカスの町の町長、アンドリューさんだった。

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