第22話 試行錯誤
「
力ある言葉を紡ぐと共に、俺の視界がぐにゃりと歪む。
魔力で作られた壁に入っている、俺とクリスの体が粒子のように溶けてゆくと共に、視界は暗く失われ、存在感が消えてゆく。最初はこの喪失感に恐怖を覚えていたが、やっていくうちに段々と慣れてきた。
そして魔力が一瞬で移動し、俺とクリスの体を再構成し、エレオノーラの屋敷から見慣れた山小屋へと到着した。
「……ふむ」
ここのところ毎日のように、魔力を編むやり方を変えて検証を続けている。とはいえ、何の改良もしなければ俺の魔力の八割を奪う大魔術だ。一日に一度、多くて二度しか試すことのできないこの毎日は、ただひたすら魔力の試算を行っていく日々だった。
エレオノーラに初めて
今日は割と上手くいったか、俺の魔力の三割程度を削られただけだった。そこまで大きな疲労感もない。
だが、エレオノーラはこの魔術を涼しい顔をして使っているのだ。やり方次第では、もっと消費魔力を削ることができるだろう。
「もう少し改良が必要か……最初の反作用に使う魔力を、もう少し削減できるかもしれない。その後の黒属性は、さすがにこれ以上減らせないか……」
「……」
「反作用を赤と青から、赤と黄でやってるからなぁ……そこまで大きい反作用が生まれないのが要因か? でも今のところ、これが一番上手くいっているわけだし……」
ぶつぶつと呟きながら、レポートに筆を走らせる。
ひとまず今日試した魔力式を、レポートでエレオノーラに見てもらうことにしよう。どうしても俺一人での試算では、これ以上の削減ができそうにない。
そもそも得意属性が黄の時点で、あまり反作用となる属性が存在しないのだ。赤と青ほど顕著な反作用を生じさせる属性があればいいのだが、なかなか上手くいってくれない。本来赤と青、黒と白が反作用を生じさせる属性であり、その中間点にある黄は、万能性を持つ代わりに大きな反作用がないのである。
そして、そんな風にぶつぶつと魔術の研鑽を続ける俺を、クリスは無言で見つめていた。
「はぁ……」
「ごしゅじんさま、おつかれ?」
「まぁ、今日はそんなに魔力を消費してないけど……ちょっと考えすぎて、頭がこんがらがってきた」
試せるだけ試したが、まだ最適解は出ていない。
これ以上考え続けても、堂々巡りになるだけだろう。今のところ、試してみた魔術式をまずエレオノーラに見て貰って、助言なり与えてもらうべきかもしれない。
まだ寝ているだろうし、夜にでも今日作った魔術式をエレオノーラに見てもらうことにしよう。
エレオノーラは夜型であるため、日中は食事の時間以外寝ているのだ。多分猫柄のパジャマで。
「よし……」
そして、視界の中にある巨大な骨を見る。
その一本だけで俺よりも遥かに大きい、存在感を持つ巨人の大腿骨――今までは、ここまで
だが今日、俺の消費した魔力は三割。よく眠ったから、魔力は朝の時点で最大値まで回復している。つまり、残るは七割といったところだ。帰りに使用する魔力は残り三割ということで、残る魔力は四割。
つまり今日、俺はこの場で、四割ほど魔力を使ってもいいということだ。
「……」
ごくりと生唾を飲み込んで、俺はまず魔方陣の描かれた布を敷く。
エレオノーラの前で、スケルトン作成を披露したときに使ったものだ。それを皺が作られないように敷いて、その中央に巨人の大腿骨を乗せる。
まだ、俺に巨人のスケルトンを作ることができるほど、魔力は存在しないだろう。
だが少しずつ、俺の魔力を消費して、この大腿骨と繋がる骨を形成していくことは可能だ。別段急ぐものでもないし、ゆっくり全身像を作っていけばいいだろう。
「ふー……」
大きく息を吐き、魔方陣に魔力を通す。
やり方は普段と同じだ。スケルトンを作ることは同じ。ただ、その大きさが桁違いなだけである。
どれほどの魔力を消費して、どのくらい作ることができるのか。それはまだ分からないけれど。
ただ、魔術師としての俺の知的探究心は止められなかった。
「――
俺の体から魔力が抜けて、魔方陣を通り、中央に置かれた巨人の大腿骨へと集まってゆく。まるで無尽蔵に抜かれているかのように、分かりやすいほどに目減りしているのが分かった。
渦巻く魔力は形となり、巨人の大腿骨と繋がるそれ――骨へと変わっていく。ゆっくりと形成してゆくそれと異なり、俺の魔力は膨大な勢いで減っていった。
これ以上はまずい――そう本能が警鐘を鳴らして、魔力の通り道を遮断する。
「が、はっ……!」
思わず、腰を落とす。
魔力の残量は、ほぼゼロだ。一気に魔力が抜かれたせいで、全く体に力が入らない。七割程度残っていた俺の魔力が、吸い尽くされるように消えてしまった。
そして、巨人の大腿骨――それに繋がる膝蓋骨と、脛骨と腓骨の一部が、そこにある。
ただ、僅かなパーツを作るだけで、これほどまでの魔力を消費するなんて――。
「ごしゅじんさま」
「あ、ああ……」
「だいじょうぶ?」
「大丈夫、じゃあないな……とんでもないバケモノだ、この骨」
全身像はまだ、全く掴めない。ただ、僅かな骨の一部を作るだけで、俺の魔力は吸い尽くされてしまった。
どれほど膨大な魔力があれば、こんなスケルトンを作れるというのか。
一瞬、クリスに魔力を補充してもらおうかと考えたが、エレオノーラから禁止されていることだし、やめておくことにした。俺も、魔力酔いで苦しみたくはないし。
ただ、一歩進んだ。俺の魔力を吸い尽くせば、どうにか骨の一部ができる――それは、検証できた。大きな一歩であると言っていいだろう。
「クリス」
「はい」
「悪いが……エレオノーラの屋敷まで運んでくれ」
「はい」
三割の魔力は残すつもりだったのだが、制御することができずに失ってしまった。つまり、帰り道はクリスに任せるしかない。
とりあえず屋敷に戻ったら少し寝て、魔力の回復を待たねばならないだろう。
「てれぽーと」
特に魔力を編むでもなく、クリスがそう呟いて。
俺とクリスは魔力の塊に包まれて、存在感を喪失し、そして再び構成される。
一瞬の歪みの後には、エレオノーラの屋敷だ。
「ふぅ……じゃあクリス、俺は少し休む」
「はい。クリスおそうじする」
「頼む」
ふらつく体で、どうにかエレオノーラから与えられた自室に戻る。
その道中、玄関ホール――そこで。
珍しい姿が、見えた。
「うん……ああ、ジン。戻ったかい」
「お師匠? なんでこんな時間に」
そこにいたのは、紫のワンピースに身を包んだエレオノーラだった。
まだ午前中だし、エレオノーラは寝ているとばかり思っていたのだが。
しかしエレオノーラは不機嫌そうに眉根を寄せて、それから顎で玄関の扉を示した。
「客が来たんだよ。ジンは不在だし、あたしが出るしかないだろ」
「あ……はぁ。誰が来たんですか?」
「まぁ、丁度良かったよ。客の目的は、あたしじゃない。アンタさ」
「へ……?」
疑問に、思わず眉を寄せる。
ジンがここにいることは、誰も知らないはずなのに。
だが、その玄関扉。
僅かに開いたそこから見える姿は、ジンもよく知る人物だった。
「これはこれは、お久しぶりです。ジン様」
「……アンドリュー、さん?」
そこにいたのは。
フリートベルク伯爵領における最大の町、フルカスの町の町長、アンドリューさんだった。
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