第17話 遠出
エレオノーラは『紫の賢者』と呼ばれている魔女の一人であり、帝都に住んでいるのも彼女自身、グランスラム帝国魔術顧問と呼ばれる立場にあるからだ。有事の際には帝国の力となったり、平時の際にも魔術用品の使用方法などの相談に乗る立場である。
本人曰く、「それで金が貰えるんだからぼろい商売だよ」とのことだ。その使用方法を相談された魔術用品が、どれだけ床に転がっていたのだろう。
さて。
そんな俺たちは今、帝都エ・ナーツを馬車で出発した。こちらの馬車は当然、エレオノーラが手配したものである。
唐突に巨人のスケルトンを作ってみないか――そんな提案をされて、俺も心躍って承諾した。その直後に、エレオノーラがいきなり馬車を呼び出したのである。
どこに向かっているのか俺は知らないし、状況を飲み込めていないクリスは相変わらずとろんとした眼差しできょろきょろしているだけだ。
「あの、お師匠」
「おう」
「その……なんで、馬車に?」
「ああ、ちょいと遠いからね。徒歩で行くには面倒な距離だ」
エレオノーラの言葉に、眉根を寄せる。
どこに行くのかは分からないが、とりあえずエレオノーラの言葉に従うのが弟子たる俺の勤めだろう。
七日で魔術用品を解析しろ――そんな指示にもとりあえず従って、魔術用品店の中にあった触媒の数々は、その九割程度解析ができているし、レポートにもまとめた。あとは、どうしても分からなかった十数点についてエレオノーラに教えてもらおうと思っていたのだが。
このタイミングで出発というのは、一体――。
「そんなに怖い顔すんな、ジン」
「えっ……」
「魔術師たる者、いつだって落ち着いてな。どんな訳の分からねぇ事態があっても、どんと胸を張ってろ。アンタの不安も、アンタの恐怖も、その子はそのまま受け止めちまうよ」
「……」
手綱をとるエレオノーラにそう言われて、クリスを見る。
俺からすれば変わっていない様子に見えるが、クリスにとって俺は「ごしゅじんさま」であり、常に俺に従ってくれるクリスだ。確かに、俺が下手に心を乱すことで、クリスにも悪い影響を与えてしまうのかもしれない。
もっとも、いきなり俺の解析中に乗り込んできて「なんであの子あっさり時間遡行魔術使ってんだ!?」と猫柄パジャマでやってきたエレオノーラのことを思い出すと、「どんな訳の分からねぇ事態があっても、どんと胸を張ってろ」という言葉の説得力が皆無なのだが。
うん。
それは黙っていよう。
「よっ、と。ちょっと登るよ」
「山……ですか?」
「ああ。あたしが個人的に所有してる山でね。色々と実験とかに使ってんのさ」
「はぁ……」
目の前にあるのは、ただの山だ。
そんな山道を馬車が駆け上る。そこそこ傾斜がある道だが、馬は大丈夫なのだろうか。
だがそんな俺の心配をよそに、馬車は問題なく山を駆け上がってゆく。そして暫しの時間、山道を登ると共に。
ようやく、一つの小屋が見えてきた。
「ここですか?」
「ああ。ほい、ご苦労さん。二人とも降りな」
「はい」
「はぁ……」
クリスと俺が共に頷いて、馬車から降りる。
割と長いこと馬車に揺られていたから、少しばかり尻が痛い。朝方に出発したというのに、もう日も随分と高くなっている。
エレオノーラは慣れた手つきで馬の手綱を木へと括り、馬車を固定する。そしてようやく終わったのか、ぱんぱん、と手を叩いて俺を見た。
「ジン」
「はい」
「アンタのレポートは読ませてもらったよ。ま、概ね及第点ってとこだ。ミスリル粉やアダマンタイトの解析に成功したのは、まぁ評価してやってもいい。あいつらは、割と分かりにくいんだけどね」
「ありがとうございます」
エレオノーラから与えられるそんな言葉に、嬉しくなる。
もっとも、ミスリル粉やアダマンタイト――これらの鉱石については、クリスに複製魔術で作ってもらったから、というのが大きいのだが。どんな素材であっても、魔力を通すことができれば解析は容易いのだから。
「んじゃ、次だ。アンタの魔力を見せてもらう」
「はい、お師匠」
「触媒にこいつを使って、スケルトンを作ってみな」
エレオノーラから投げ渡されたのは、人間の頭蓋骨。
それを受け止めると共に、確認する。
だが、俺が今からスケルトンを作るには、いくつかの問題点がある。
「……あの、お師匠」
「ああ」
「その……魔方陣を描かないと、スケルトンは作れないんですけど」
「ああ、そういえばそうだったね。んじゃ、こいつを使いな」
ほれ、とエレオノーラか渡されたのは、布――上質な綿でできた一枚布だ。
真っ白のそれは、確かに魔方陣を描くのに適している。今後は、下手に床とかに描くんじゃなくてこういう布を使った方がいいのかもしれない。持ち運べるようにしておけば、いつだったかバースの村で集会場の真ん中に描かなくても良かったし。
俺は布を広げて、地面に敷く。これだけの大きさがあれば、問題なく魔方陣を描くことができるだろう。
「それでは、始めます」
「ああ」
ぴっ、と自分の左手首を切り、じわりと血が滲む。
それを指先につけて、俺は布の上に血液で魔方陣を描いた。クリスが心配そうな目で見てくるが、この作業は今まで何度も見ているから分かっているだろう。屋敷の魔方陣も、何度か描き換えたし。
慎重に、血が溢れないように作業を進める。何度となく描いてきた死霊魔術の魔方陣は、もうアールヴの書を見なくてもそのまま描けるものだ。
もっとも、それをじっとエレオノーラに見られると、なんとも気恥ずかしいものだが。
「ふぅ……」
一通り描き終えて、クリスに左手を示す。
それだけでクリスは分かってくれて、俺の左手付近に手を翳し、暖かな光で包んだ。相変わらず、
そんなクリスの様子にエレオノーラが僅かに眉を顰めたものの、それ以上何も言わない。
「ありがとう、クリス」
「はい」
「それじゃ、お師匠。始めます」
「ああ」
魔方陣の中央に髑髏を置いて、魔方陣の全体に魔力を流す。
俺の血液からできたこの魔方陣は、俺の魔力に最も呼応するものだ。二年ほど、領主として領民の力になるために、作り続けてきたスケルトン――もう、慣れ親しんだ魔術だ。
「
魔方陣に、まるで吸収されるように奪われる魔力。
それが光の渦となり、中央の髑髏へと集まってゆく。そして残る骨のパーツを魔力により作りだし――。
「――
一瞬の光の後、そこに。
二足歩行で立ち上がる、骸骨の姿があった。
布の上に描いた魔方陣というのは初めての挑戦だったが、問題なく成功してくれたらしい。俺の魔力にも、まだ十分な余裕がある。
「ふむ」
そんな俺の魔術の一部始終を見ていたエレオノーラが、僅かに眉根を寄せて。
そして、言った。
「ジン」
「は、はい」
「アンタこの二年、何をしてたんだ?」
「……」
エレオノーラの、そんな厳しい言葉に。
俺は一瞬、何も返すことができなかった。
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