第9話 弟子入り

 国立魔術学院は、『入学するのは簡単。卒業するのは天才だけ』と言われている学院である。


 魔術学院への入学自体は、そこそこの貴族家であれば用意できる程度の支度金さえ渡せば、誰でも認めてもらえるのだ。そして魔術の教育も、全員が平等に受けることができる。

 だがその代わりに、一年から二年に上がる『昇級試練』、二年から三年に上がる『上級試練』、そして三年の最後に行われる『卒業試練』に合格しなければ、次に進むことができないのだ。

 特に卒業試練は、その難易度が前者二つと桁違いの代物となっている。


 俺は卒業試練で課題として与えられた、『弱点の異なる魔術生物百体撃破』を見事成功させて、どうにか卒業できた。これは教官の作った魔術生物――俺が以前に作った小鳥のようなモノを百体、連続で撃破しなければ最初からやり直しという鬼畜な試練である。しかも魔術生物はそれぞれ弱点属性が異なり、弱点となる魔術を当てなければ死なないという代物だ。

 これは『多属性を使いこなす』『弱点を一瞬で把握できる』『連続魔術発動でも尽きない魔力』の三つを備えておかなければ合格できない試練だ。そして俺は、二度ほど弱点を間違えはしたものの、どうにか合格することができた。

 ちなみに、同学年で卒業することができた者は、両手の指に満たない。そのくらい、厳しい学院なのだ。


 俺は、そんな魔術学院を規定年数の三年で卒業した。卒業試練も、他の生徒に追随を許さない、主席での合格となった。学院でも、歴代でも最大級の魔力量を持つ天才と呼ばれたほどのものだった。

 だから、卒業試練の監督役としてやってきていたエレオノーラから、声がかかったのだ。弟子にならないか、と。

 大陸四魔女の一人とされる、最強クラスの魔術師エレオノーラの直弟子。それは魔術を志す者ならば、誰だって飛びつく好条件だ。俺もエレオノーラから言われて、二つ返事で承諾した。これから魔術の道を邁進していくのだ、と。


 その三日後だ。

 親父が死んで、兄さんが駆け落ちしたと、そう知らされたのは。














 商店街に再び戻り、すぐに食べることのできるパンや焼き肉の串を購入して、俺は再びエレオノーラの屋敷へと戻った。もっとも路銀はほとんど尽きかけていたため、買ったのは安いものばかりだが。

 弟子入りするにあたっての手土産って、こんなものでいいのかなぁ、とちょっと不安にはなる。だけれど、さすがに先立つものがなければ何も買えない。世の中というのは世知辛いものである。


「えーと……」


 とりあえず、俺は再び獅子を象ったドアノッカーを叩いた。

 さすがに二度目だし、また追い返されるということはないだろう。ちゃんと言いつけ通りに、何か食べるものは買ってきたわけだし。

 と、そんな風に考えている間に、ぎぃっ、と重厚な扉が開く音。


「いらっしゃい」


「あ、ええと、エレオノーラさん……?」


「ああ、ジン。久しぶりだね」


 顔を出したのは、煌めくような金髪を後ろに流した美女だった。

 鋭く射貫くような鳶色の眼差しに、すらりと通った鼻筋に桜色の唇。人間のものよりも僅かに尖った両耳は、その血にアールヴのものが混じっている証左か。

 薄紫のワンピースに身を包んでいるが、ぴっちりとした布地は体のラインがより強調されるものだ。さらにスリットの入っているスカート部分から、惜しげもなく白い太腿を晒している。


 うん。

 間違いなく俺の知っている、魔術学院の卒業試練の際に監督役として来ていた、エレオノーラの姿である。

 さっき見た、見てしまった、良い言い方をすれば非常に日常的な、悪い言い方をすれば非常にガサツな格好は、多分忘れた方がいいのだろう。ほら、こんなにもちゃんとした魔術師らしい格好のエレオノーラだし。


「とりあえず、立ち話も何だ。入んな。お茶くらいは出してやるよ」


「失礼します」


「しつれいします」


「ん……?」


 エレオノーラの言葉に、俺は遠慮なく玄関へと入る。そして、そんな俺の真後ろをついてくるのはクリスだ。

 恐らく、先程の一瞬でクリスのことは認識できていなかったのだろう。エレオノーラが、僅かに眉根を寄せた。

 そして、暫くクリスをじっと見て。


「……あんたの従者かい? ジン」


「あ、はい。ええと、そんな感じです」


「そういや、貴族の三男坊だったっけな。あたしが弟子にしてやるって言ったのに、領主を継ぐことになったから、って断ったのを覚えてるよ」


「その節は、申し訳ありませんでした」


 頭を下げる。

 父さんの訃報と兄さんの悲報が重なり、俺はエレオノーラに弟子入りを断ってから、領地に戻った。そこからは貧乏領地をどうにかするために奮闘したわけだが、その間もエレオノーラから何度も文が届いていたのだ。

 内容は、『いつでも来い。あたしの弟子になるのはアンタだけだ』というものだったわけだが。


「まぁ、いいよ。頭を上げな。それで……ここまで来たってことは、あたしの弟子になるつもりってことでいいんだね?」


「はい。領地のことは、兄に任せることになりました」


「良かったよ。アンタはあたしが見込んだ、全てを教えてやれる逸材だ。僻地の領主で燻るような人間じゃない」


 エレオノーラに案内されて、客間であろう部屋へ通される。

 対面するソファの片方にエレオノーラが座り、「座りな」と促されて俺がその正面に座る。そしてクリスも同じく、俺の隣に座った。

 一瞬だけエレオノーラが眉を寄せたものの、それ以上何も言わない。


「では、改めて……エレオノーラさん」


「ああ」


「俺を、弟子にしてください」


「ああ。全てを教えてやる。あたしの知っている魔術の深淵を、アンタに見せてやる」


「ありがとうございます」


 そしてエレオノーラは頷き、腕を組む。その腕組みで、その胸にある双丘が際立つのが分かった。

 いかんいかん。

 これから師匠になる相手を、そんな目で見るわけにいかない。


「んじゃ、まずアンタに一つ。教えておくことがある」


「はい」


 真剣な言葉に、頷く。

 これから魔術の道を邁進する俺が、師匠から最初に教わること。

 それは――。


「女の家に、アポ無しで来るな」


「……」


 とても、今後に役立ちそうな教訓だった。

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