第31話 村人の想い

 バースの村の集会所。

 とはいえ、その外壁は崩され、中の一部は燃やされている。恐らくここを拠点にしようと考えたのであろう村人の屍も数体、周辺に転がっていた。

 俺はそんな集会所の床に、血を垂らす。

 既に一度書いたことのある魔方陣だ。その程度は魔術師として、覚えていて当然のこと。ゆえに俺は、一つ一つの記号が形状が羅列が持つ意味を把握しながら、少しずつ血を流して形を作ってゆく。

 本来これは、俺の屋敷にしか存在しないものだ。


「クリス」


「はい」


 最後の線を引き終わってから、俺は血の流れる手首――それを、クリスに示す。

 クリスがそこに手を翳すと共に、暖かな光が満たされ、傷がゆっくりと塞がっていった。相変わらず、『超回復グランヒール』なみの回復魔術である。

 そして、既に今日の時点で八体のスケルトンを作っているため、俺の魔力はほぼ枯渇している状態だ。だが問題ない。俺はそのために、無尽蔵の魔力タンクであるクリスを連れてきたのだから。


「あ、あの、ご領主さま、何を……」


「しっ。今、ご領主さまは真剣になされているべ」


「我々が、邪魔するわけにはいきませんね……」


 そんな俺を遠巻きに眺めているのは、ランディ村長の妻ラッチさん、セッキの村の村長パッチ、そして村人ケンの三人である。

 本来、俺の屋敷だけで秘密を保持したかったのだが、こうなってしまっては仕方ない。

 少なくとも、『聖教』に奪われないように、必要な分だけ作ったらこの魔方陣は消してしまおう。


「ふぅ……よし、それじゃクリス」


「はい、ごしゅじんさま」


「手を出して」


「はい」


 クリスがすっ、と右手を差し出してくる。

 そして俺は躊躇いもなく、その手を握り。

 魔術を発動――。


魔力吸収マジックドレイン!」


 滝のように、俺に向けて流れ込んでくるクリスの魔力。

 何度やっても慣れない吐き気と息苦しさに頭痛が襲ってくるが、そんなものは無視である。俺の魔力量がもっと多くなればいいのだが、魔力量なんて一朝一夕で増えるものじゃないんだよ。

 学院では、史上でも最大の魔力量だと言われていたというのに。


「ぐ、は……!」


 クリスから、手を放す。

 俺が吸収しきれなかった分は大気中のマナへと変わり、そして俺の魔力は全快だ。俺の魔力限界量というグラスから溢れそうなほどに補充されたそれは、少しでも気を抜けば行き場を失ってマナへと変わってしまうだろう。

 気を緩めないように、俺は魔方陣の中央へと骨を置く。

 それはランディ村長の最も近くに転がっていた骨――彼が、『スケ坊』と呼んで可愛がってくれていたスケルトンの骨だ。


「――創造クリエイト骸骨兵スケルトンっ!」


 魔方陣に魔力を流すと共に、力ある言葉を叫ぶ。

 スケ坊の骨を使っている以上、ここで作られるスケルトンはスケ坊であるはずだ。俺にはスケルトンの区別などつかないが、バースの村でスケルトンを可愛がってくれていたのだろうラッチさんには分かるだろう。

 魔力が形となり、骨を創造し、それが人型を成す。その光景を、ラッチさんたち三人はじっと見つめて。

 それから、小さく呟いた。


「……あれは、スケ坊!」


「分かるんべか!?」


「分かりますよ……スケ坊は、私の息子のようなものです……!」


 やはり、分かるのか。

 それだけの愛情をもって、スケルトンに接してくれていたのだろう。そう考えると、申し訳ない気持ちになってくる。

 俺が、『聖教』に対してもっと対策をしていれば、ランディ村長も死ななかったかもしれない。


「今から、この村で死んだスケルトンを全員、復活させる」


「そんなことが可能なのですか!?」


「俺にできることは、それだけだ。それに、分かたれた骨を使えば、さらに多くのスケルトンを作ることができる。この村を滅ぼされた恨み……決して、俺も許しはしない」


 奴らは、『聖教』の連中は、何の抵抗もしない村人たちを皆殺しにしたのだ。

 数がどれほどかは分からないが、俺は俺のできる限り、スケルトンを作ってみせよう。

 一個の軍勢になるほど作れば、この村からスケルトンたちを率いて、『聖教』の連中を追うこともできるはずだ。

 最低でも百ほど作れば――。


「ご、ご領主さま……」


「ん……?」


「あの、お伺いしたいのですが……」


「ああ……」


 さぁ、次の骨を――そう思って動いたときに、ラッチさんがそう話しかけてきた。

 ひとまずラッチさんは、他の村で保護してもらえばいいだろう。少なくとも、別の村では今回のような悲劇が起こらないように、俺が対策しなければいけない。

 ラッチさんに、二度と村を捨てさせるわけには――。


「ご領主さまは……死体を使うことで、動く死体を作ることが、できるのですか?」


「……ああ。できるが」


「でしたらっ……!」


 ラッチさんが、鋭く俺を見る。

 まるで、何かの決心をしたかのように。


「どうか、お願いがありますっ!」


「あ、ああ……?」


「夫をっ! ランディを、どうか、生き返らせてくださいっ!」


「……」


 ラッチさんの言葉に、思わず黙り込む。

 それは、俺も少しだけ考えていたことだ。この村には、至る所に村人の死体が転がっている。俺が彼らを動く死体――腐死体ゾンビにすることは可能だろう、と。むしろ、腐敗や損傷があまりない死体であるならば、不死者ノスフェラトゥにすることもできる。

 だが――。


「すまないが、夫人」


「は、はい……」


「俺の魔術はあくまで、俺の命令に従う不死者を作ることだけだ。村長を生き返らせることができるというわけでは……」


「で、ですが……! ご領主さまなら……!」


「……だが」


 少し、悩む。

 俺は、できれば領民の死体でアンデッドを作りたくない。まるで、死んだ領民を俺が束縛しているように思えてしまうからだ。

 そもそも死霊魔術は、生き返らせる魔術ではない。死体を使役する魔術であるのだ。それで復活したとしても、それはランディ村長であってランディ村長でない別の存在だ。

 そんな彼が動く死体になったとしても――。


「私は、本当に、悔しく、憎く思いました。夫を、スケ坊を、ヤン坊を、リー坊を、目の前で殺されて……!」


「む……」


「夫はきっと、私よりも悔しい思いをしていたと思います! どうか、夫の無念を! 夫の恨みを晴らすために、どうかっ!」


「……」


 確かに、俺も検証はしたかった。

 今のところ、新鮮な死体を使って作ったのはクリスだけだ。他の人間ならどうなるのか、それを調べるのは今後に有効だろう。

 それに何より、ランディ村長の妻、ラッチがそれを願っている。だったら、俺の倫理観にも抵触しないのではなかろうか。


「クリス」


「はい」


「ランディ村長の死体を、ここに持ってきてくれ」


「はい」


「ご領主さまっ!」


 俺の命令に従って、クリスが集会所から出てゆく。

 この所業を、周りはどう思うのだろう。この領地に住んでいない者からすれば、無辜の民をゾンビにして、死んだ後でもこき使っている――そう思ってしまうのだろうか。

 でも、それでもいい。

 俺は、彼らの無念を晴らしたい。


 一方的に『聖教』の連中に襲撃を受け、皆殺しにされた村。

 誰よりもそこに悔しい想いを抱いているのは、誰よりも彼らを憎く思っているのは。

 今、ここで死んでいる彼らなのだから。

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