第30話 急転直下

 急いでスケルトンホースに馬車を引かせて、俺は出立した。

 当然ながら、クリスは御者台に座る俺の隣である。ちなみに、セッキの村の村長パッチ、村人のケンも同じく馬車に乗せてだ。彼らは先日、俺が配備したスケルトンホースの馬車で俺の屋敷までやってきたとのことだが、急ぎであるために俺の馬車を用意したのである。

 ちなみにパッチ村長がバースの村の現状――皆殺しにされている姿を確認したのは、今朝方であるらしい。そして、村から離れてゆく一団の後ろ姿を見たということであるため、それほど時間が経っているわけではないだろう。


 俺が急いで向かったところで、現状は何も変わらないのかもしれない。

 だけれど、俺が守らなければならない領民たちが皆殺しにされてしまったと聞いて、黙ってはいられない。

 せめて、一人でも生き残っていれば――そう願いながら、俺は馬車を走らせる。


「ご、ご領主さま、は、早すぎ……」


「我慢してくれ! とにかく、急いで向かわないと……!」


「は、はい……!」


 御者台に座る俺でさえ、尻が痛い。それほどの速度で駆けている。

 疲れることを知らないスケルトンホースの、全力疾走だ。馬車もそれだけ揺れるし、荷台に乗っている二人は途轍もない振動を味わっていることだろう。

 だが、速度を落とすわけにはいかない。俺は一刻も早く、バースの村へ向かわねばならないのだから。


「ごしゅじんさま」


「ああ……」


「かお、こわい」


「……」


 自分でも、その自覚はある。

 今、俺には全く余裕なんてない。

 バースの村は、俺が最初にスケルトンを提供した村だ。盗賊たちに襲われて、若い者も一人もおらず、困窮していた村だった。だから俺は、この村ならばスケルトンを受け入れてもらえると思って、最初に渡したのだ。

 俺の予想と違って、ランディ村長を筆頭としたバースの村の村人たちは、スケルトンをまるで同じ村の一員であるかのように受け入れてくれた。ランディ村長など、『スケ坊』と名前をつけるほどに可愛がってくれていたのだ。

 だというのに。

 何故、そんなバースの村が、皆殺しに――。


「見えてきた!」


「ばーすのむら」


 本来、スケルトンホースの馬車でも半日はかかる距離。

 俺はそれを全力疾走で、半分以上も短縮してやってきた。そのため、まだ日も傾きかけている程度で、まだ輝いている。

 だけれど、そんな明るい視界の中に、あったのは。

 バースの村の入り口――そこで血を流して倒れている、村人の姿だった。


「くっ……! 止まれっ!」


「ヒヒィィィィィン!!」


 スケルトンホースが、全力疾走から一気にブレーキをかける。

 そして停止すると共に俺は御者台から飛び出して、倒れている村人へと駆け寄った。

 仰向けで、肩から腹にかけて斜めに斬られている、その村人は。


 バースの村の村長――ランディ。


「おいっ、おいっ!!」


「……」


 体は冷たく、当然ながら呼吸はしていない。

 くそっ、と小さく毒づく。一体何故、こんなにも平和な村が蹂躙されてしまったのか。

 見れば、以前に来たときには青々と実っていた畑の作物たちにも、一様に火が放たれている。余程恨みのある連中がこれを行ったのか、無事な家屋も一つもない。どれも壊されていたり、火を放たれていた。

 そして、村中に転がる村人たちの屍。そして同じ数だけ転がっている、かつてスケルトンだったのであろう骨たち。

 並の盗賊団では殲滅できないほどの戦力が、この村にはいたはずなのに――。


「クリス!」


「はい、ごしゅじんさま」


「パッチ! ケン!」


「へ、へぇ……!」


「全員で、この村の生き残りを探せ! せめて、一人だけでも……!」


「はい。ごしゅじんさま。あっち、いる」


「むっ……!」


 クリスが、外壁の崩された家の一つを指差す。そこは以前、俺が案内された村長の家だったはずだ。

 それと共に、俺も魔力を目に集中させた。それは当然、かくれんぼにおける最強の魔術、魔視サーチである。

 俺の目が、そんな崩れた家の中――そこに、微かに揺れる魔力を察知した。つまり、そこにはまだ生きている人間がいるということである。

 急いで、俺はその崩れた家に向かって。


「おいっ!」


「ひ、ひぃっ!」


「ああ、良かった! 生き残りがいてくれたか!」


「あ、あなた、は……」


 その家の中にいたのは、老婦人だった。

 恐らく、竈の中に隠れていたのだろう。その着ている服は煤に塗れていて、頬にも黒いものが残っている。汚れた姿ではあるものの、その女性は間違いなく、ランディ村長を訪ねた俺にお茶を出してくれた人だ。

 そんな老婦人――恐らく村長の妻であろう彼女が俺の姿を見て、崩れた家の中で腰を抜かしていた。


「俺は、領主のジン・フリートベルクだ!」


「ご領主、さま……」


「ああ。教えてくれ。ここで一体、何があったんだ!」


「う、う……」


 老婦人が、両の目に涙を浮かべて。

 それから、悲しそうに顔を伏せた。嗚咽と体の震えだけで、その心の苦しみがどれほどのものか理解できる。


「い、いきなり、現れた、連中が……」


「ああ」


「村人も、スケルトンも、皆殺しに……」


「ああ」


「夫も、殺されました……息子のように思っていた、スケルトンも……」


「……」


 村長の妻が、泣きながら続ける。

 聞きながら村全体を魔視サーチで探ってみたが、他に生き残りの気配は感じられなかった。この老婦人だけはどうにか難を逃れたものの、他の村人は全て殺されてしまったと考えていいだろう。

 それは、スケルトンも同じく。


「誰が、来たんだ?」


「兵士、でした。鎧を着て、馬に乗っていて、斧や鉄槌を持っていて……」


「どんな鎧だった?」


「金属の、ええと……肩と背中に、十字を草が囲んでいるようなものが、ありました……」


「……」


 十字に草。

 それは、俺も何度か見たことのある紋章だ。神聖なる十字を茨が囲んでいる、グランスラム帝国において最大の宗教派閥――『聖教』の印。

 つまり、バースの村は、『聖教』によって滅ぼされた。


「あいつらはっ……私たちを、邪教徒、だと……! これは、神罰だと……!」


「……」


「私たちはっ、ご領主さまの、ご命令通りに、スケルトンと一緒にいた、だけなのにっ……!」


「……」


「私たちがっ! 何か悪いことをしたのですかっ! ご領主さまっ!!」


「……」


 俺は、『聖教』についてよく知らない。

 そもそも無神論者である俺は、宗教について興味がなかったのだ。神に祈ったところで、意味がないと考えてしまう現実派である。いくら神に祈ったところで、うちの領地の税収は上がらない。いくら神に祈ったところで、税収をどうにかする方法など与えてくれない。だったら、信じるだけ無駄だ。

 そして、『聖教』はスケルトンを見て、この村を邪教徒の村だと認定した。


「憎いっ! あいつらがっ……! 私に、力があればっ……!」


「すまない」


「ご、ご領主、さま……」


「すまなかった」


 立ち上がる。

 俺がスケルトンを与えなければ、この村は滅びなかった。『聖教』によって、彼らの言い方からすれば『神罰』を与えられることなどなかった。

 宗教なんて、信じる者が勝手に救われてくれるものだと思っていた。俺の領地でどんな宗教が流行ろうとも、どうでもいいと考えていた。


 だが、考えを改めよう。

 覚悟しておけ、『聖教』。

 お前らは、俺を敵に回したんだ。

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