第23話 半年経て

 季節は変わって、秋になった。

 俺が領主としてこの地に戻ってきて、半年ほどが経ったと言える。まだ春先だったあの頃は、とにかく領地の絶望的な状況に悲観していたわけだが。

 今は、俺の行ってきた改革が芽吹き、形となってきてくれている。


「今月の税にございます、ご領主さま」


「ああ」


 目の前にいる、筋骨隆々とした禿頭の男――徴税官のウルージの言葉に、俺は頷く。

 徴税官とは、月末にそれぞれの村や町に赴いて、税を徴収する役割の官吏だ。そして、このフリートベルク領で雇っている、数少ない公務員の一人である。ちなみに、親父の代からこの地で徴税官を行っている男でもあったりする。

 強面と屈強な見た目は、農村からの徴税に対する反発を防ぐことと、徴税にあたっての農村からの敵愾心を彼に向ける効果の二つを担ってのものだ。税を徴収する領主――俺を憎むのでなく、月に一度やってくる徴税官に敵愾心を向けることで、領そのものに対する反発心を抑えているのだ。

 もっとも、親父の代にはそれでも、反発して払わなかった農村もいたらしいのだが。


「全ての村、問題なく徴税できてございます」


「そうだな。目録通りだ」


「これも、ご領主さまの安寧な政治ゆえ。このウルージ、ロバート様の代から仕えておりますが、これほどまでに円滑に徴税が進んだのは初めてですよ」


「ならば良かった」


 徴税官は目録の通りに納税品を仕入れて、納税品を商会に売り、貨幣にして俺の元に持ってくるのが仕事だ。そして、俺は各町村の納税品の目録、商会との取引記録、ウルージの持ってきた貨幣の内容を確認して、問題ないことを確認した。

 中には納税品の内容をごまかす徴税官もいるとのことだが、ウルージは粗雑な見た目と違って真面目な男であり、ごまかすような真似はしない。そのあたりは、俺も彼を心から信用している。


「だが、随分と良くなってきたな」


「はい。先月に比べて、二割以上の増加でございます」


「目録を提示したウルージもさすがだが、二割以上も発展してくれるとはな……」


 貨幣袋の中には、山盛りの金貨と銀貨が入っている。もっとも、その中身の九割以上は銀貨であるわけだが。

 それぞれの村の状態を巡察し、畑の面積や収穫量などを確認して、毎月の納税額を決定するのも徴税官――ウルージの仕事である。決して領民の負担にならない納税量を計算し、その量を提示し、農村はその額に従って納税をする。それが本来の流れであるのだが、突然それが二割も増えるとなれば、反発する農村も多いのだ。何故先月より増えているのだ、と。

 それを、不満の一つもなく徴税したのはウルージの手腕もあるのだろうが、何より領民が、二割もの増税を受けたとしても問題ないと考えてくれているのである。


「増税のほとんどはバースの村、カフケフの村、ダカオの村、そしてヤーブの村の四箇所ですな。こちらは、右肩上がりに生産量が増えております」


「スケルトンを派遣した甲斐があったな」


「それぞれの村で、骸骨が畑を耕していましたよ。最初に見たときは、何の悪夢かと思いましたな」


 はぁ、と大きく肩をすくめるウルージ。

 最初、徴税に赴いたときにはひどく驚いたらしいが、もう半年だ。見慣れたものだろう。

 そしてこの半年で、スケルトンを派遣した村はそれぞれ、生産量が上がっている状態だ。


「どうにも、他の農村にも噂が広まっているそうで」


「ほう」


「四つの村では、骸骨が働いている。その骸骨はご領主さまの与えてくださった労働力であり、盗賊からも村を守ってくれる存在だ、と。おかげで、他の村からも何人か議会所にやってきました。ご領主さまから骸骨をお借りしたい、と」


「なるほど」


 これは、良い兆候だ。

 スケルトンたちは四つの村で問題なく受け入れられ、労働力として重宝されている。見た目は恐ろしいが、それが村の発展のために働いてくれるのであれば、農村の民たちは喜んで受け入れるだろう。誰だって、飢えて死にたくはないのだから。

 そして噂を聞きつければ、誰だって欲しがるに違いあるまい。不眠不休で働くことができ、食事を必要としない労働力なのだから。


「その者たちは?」


「名前と、所属の村の名前を書かせて目録にしております。また後ほど、目を通してくだされば」


「分かった。その者たちの村にも、なるべく早くスケルトンを派遣できるようにしよう」


「承知いたしました」


 しかし、とウルージが腕を組む。

 それと共に顎で示すのは、貨幣の入った袋――その横に積まれている、綿花たちだ。


「綿花だけはそのままで構わないと聞いておりますが、本当によろしいのですか?」


「ああ」


 ウルージが他の商会と取引を行ったのは、食料品だ。主に農作物である。

 だが唯一、ヤーブの村から徴収してきた綿花だけは、商会に売らずに俺の元に持ってくるように言っていたのだ。


「まぁ、ご領主さまがそう仰るのならいいんですけどね……それじゃ、私はこれで」


「ああ。また来月もよろしく頼む」


「ええ」


 俺に一礼して背を向け、屋敷の玄関から出て行くウルージ。

 そして俺の元に残ったのは、今月の税収だ。ここ半年間、どうにか税収が上がるように尽力しつつ、毎日スケルトンを作る作業に勤しんでいた。その結果、領内四つの村には、合計百五十体ほどのスケルトンが派遣されている。

 だが、俺の持つスケルトンはまだ大勢いる。無駄に広いこの屋敷で、スケルトンを作っては仕事に従事させているのだ。時折カタカタ骨を鳴らす彼らは現在、屋敷の中に百体以上いるはずである。

 たまに揃ってカタカタ骨を鳴らすので、夜に起こされてしまうという悩みがあることは内緒だ。


「ふー……」


 ずっしりと重い袋の中の貨幣を見ながら、小さく嘆息。

 先月よりも二割増しで徴税できたということは、村自体の生産力は四割以上向上している計算だ。少しばかり多くは徴税しているが、それ以上の生産が見込めている状態と考えていいだろう。

 そして何より、ヤーブの村で問題なく綿花の生産を行えるようになったことが大きい。今までは小売商から綿花を買っていたが、今後はその量も減ってゆくだろう。


「クリス」


「……おわった?」


「ああ。出てきていいぞ」


「はい」


 一応、客が来ているときには奥に隠れているように言っていたクリスが、とてとてっ、と俺の元に走ってきた。

 突然の来客があってもいいようにと、常にフード付きのローブは被らせている。でも一応、クリスがアールヴだとばれないようにという配慮だ。


「これを、いつものところに運んでくれ」


「はい」


 綿花が山盛り入った木箱を抱えて、運ぶクリス。俺はその後ろを、手ぶらでついていく。

 そこ、幼女虐待とか言わない。これはクリスの仕事なのだ。

 そして向かった先は、この屋敷の大広間――かつてまだ我が家が貴族として成り立っていた頃、立食会とかを行っていたらしい広い空間だ。俺が戻ってきたばかりの頃は埃まみれで、絨毯にも虫食いが多くあり、とても大広間とは言えない空間だったが、クリスの掃除こと時間遡行魔術によって生まれ変わり、現在は普通の大広間になっている。

 そこに集まっているのは、百を超えるスケルトンたち。


「よし。それじゃ、始めてくれ」


「……」


 思い思いにスケルトンたちがクリスの置いた綿花を取り、それぞれの場所に置いてある糸車へと向かった。

 これが、俺の作りたかったもの。

 まず、古道具屋から壊れた糸車を格安で譲り受けた。そんな糸車をクリスの時間遡行魔術によって新品にして、クリスの物質複製魔術により何個も複製し、スケルトンの人数分だけ配備させた。

 そして、この場にいるスケルトン全てに行わせているこれは、糸紡ぎである。


 綿花をそのまま売るよりも、糸に紡いだ物の方が高値で売れる。

 食糧事情が満たされ、金銭を手に入れた領民たちは、今度は服飾品を求めるだろう。そのための基盤を、俺が作ることができるのだ。

 これこそが。


 スケルトンによる、工場制手工業マニュファクチュア――。

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