第22話 産業革命に向けて
俺は、まず領地の食料問題を解決するつもりだ。
腹が減っては戦ができぬという言葉もあるように、食べるものがなければ人間は耐えられない。それをどうにか、スケルトンを労働力として用いることで解決していくのが現在の課題である。スケルトンと牛スケルトンを用いれば、農地における作業効率はかなり上がるだろう。
その結果、休耕地にも手が伸び、生産量は上がる。生産量が上がれば税収も上がり、領民たちの手元に残る食料も多くなる。そして余剰の生産品を俺が買い取る形にすれば、農村の領民たちの手にも金が入ることになるだろう。
つまり領民たちは飢えることなく、ある程度の金を手に入れることができる。
そして、問題はここからだ。
食糧問題が解決すれば、それで終わりというわけではない。俺は、より領地を富ませるための手段を講じなければならないのだ。それが領主としての仕事だろう。
「きみたちが綿花の生産体制を整えることができれば、それが今後の、領地の発展に役立つ」
「綿花を……ですか? でも、それだと食べることが……」
「きみたちの生産した綿花は、俺が買い取らせてもらう。勿論、市場の相場に伴った金額で買い取りをしよう」
「ですが……」
不安そうに、表情に影を落とすソフィア。
今まで農民でしかなかった彼女らに、『食べられないものを作る』という選択肢はなかったのだろう。食料を作らなければ、農村は冬を越えることもできないのだから。冬を越えるための金がなく、末の子を奴隷商人に売るという農村も珍しくない。
そして綿花は、それ自体食べることができない。綿花の実に入っているのは繊維であり、紡績をして糸にするための素材なのだ。これを煮たところで焼いたところで、全く食料品にはならないのである。
「その……ご領主さま」
「ああ」
「ヤーブの村が、綿花の生産に向いているかどうか……」
「そのあたりも、今後の検証が必要になってくるだろうな。まずはある程度、休耕地の一部で綿花の生産を行ってほしい。他にも、幾つかの種子を用意しよう。何の生産が向いているのか分かれば、それを主として生産体制を確立させていきたい」
「はぁ……」
よく分からない、と首を傾げるソフィア。
そして俺の隣にいるクリスは、特に何を言うでもなくこてん、と首を傾げていた。その目から感じられるのは、「なんかむずかしいはなししてる」である。
とにかく、だ。
「まぁ、きみたちはスケルトンと共に、まずはヤーブの村の休耕地を復活させてくれ。当座の食料は、俺が準備しよう。それはこの後、ヤーブの村に届ける」
「そ、それは、ありがたいですが……本当に、私たちでいいのですか?」
「ああ。これも一つの縁というものだ」
俺の言葉に、おずおずとソフィアが頷く。
そしてその後ろにいるアンとティーダという少女二人も、渋々ながら頷いた。
「それじゃ、きみたちをヤーブの村に送るよ。乗ってくれ」
「は、はい!」
ヤーブの村は今、荒れた畑ばかりの場所だ。
誰も住んでおらず、誰にも手入れされなかった畑は荒れ放題で、そこをすぐに生産拠点にするのは難しいだろう。
だけれど、そこに不眠不休で働くスケルトンさえいれば、すぐに生産体制を整えることができる。
上手く適応してくれて、ヤーブの村で綿花を生産することができるようになれば。
そこはきっと、俺たちにとって、領地にとって、宝の山になるはずだ――。
ソフィアたちの案内で、彼女らをヤーブの村で下ろした。
予想通り、そこは荒れ放題の畑と今にも崩れそうな家屋ばかりの、とても人が住めそうに思えない環境だった。久しぶりにやってきた故郷だというのに、何故かソフィアたちはとても悲しそうにしていた。やはり、変わり果てた故郷の姿を見るというのは、心に来るものがあるのだろう。
そして早速、スケルトンたちには活動を開始させた。それぞれ持っているのは長剣だったが、元いた村人たちが残したのであろう農具が幾つか残っていたから、それを用いて荒れた畑の開墾をまず行わせる形とした。
その結果、スケルトンたちがソフィアたちの命令に従うことを確認して、俺とクリスはヤーブの村を後にした。食料品と種子は、また後ほど持ってくると約束して。
「ふー……疲れた」
「このまま、かえる?」
「いや、一旦バースの村に行く。ソフィアたちが、数日凌げる程度には食料を渡しておかないと」
バースの村に分けてもらうのも恐縮だが、無い袖は振れない。それに、女性三人だからそれほど量は食べないだろうと思う。
「かえり、さみしい」
「まぁ、全部のスケルトンを置いてきたからな」
クリスの言葉に、肩をすくめる。
俺はスケルトンホース以外の全部を、ヤーブの村に置いてきたのだ。牛スケルトンも含めて。
ちなみにソフィアの反応も、「牛がいてくれたら、荷運びとかがとても助かります」とのことだった。どうやら俺が知らなかっただけで、農村においては牛は必需品であるらしい。間違えて牛スケルトン作って良かった。あと十匹くらいは屋敷にいるから、また明日にでもバースの村とヤーブの村に持って行くことにしよう。
だが、スケルトンの戦闘能力を確認するだけのつもりだったのに、ソフィアたちは思わぬ拾いものだった。身寄りのない滅びた村の出身であり、その村をできれば再生したいという想いがあるならば、廃村も一つの村として復活してくれるだろう。
元より問題は、労働力だけだったのだから。
「屋敷に戻ったら、またスケルトンを作らなきゃな」
「また、やるの?」
「ああ。できればバースの村にあと十体と、ヤーブの村にあと十体……それに、盗賊の被害に遭っているっていう残り二つの村にも、優先的にスケルトンを提供しなきゃいけないから」
「ごしゅじんさま、また、つかれる」
「俺が疲れるのは別にいいんだよ。それで領地が発展するのならな」
スケルトンを作るのに、使うのは俺の魔力だけだ。
そして魔力はクリスからいくらでも供給できるし、骨だっていくらでもある。つまり、俺さえ耐えれば無限にスケルトンが作れるわけだ。
十体作るたびに襲ってくる、途轍もない吐き気と頭痛と息苦しさにさえ耐えれば問題ない。どうせ一瞬のことだ。
「ごしゅじんさま」
「ああ」
「むり、しないで」
「……」
心配そうな目で、俺を見るクリス。
まぁ確かに、傍から見ればちょっと無理している感じに見えるかもしれないのかな。
特に、俺の魔力の回復を担当してるクリスからすれば、真横で死にそうなほどの魔力酔いを起こしている俺を見ているわけだから。
なんか、そう考えると申し訳なくなってくる。
「ああ……クリス、大丈夫だ」
「でも」
ぽんぽん、とクリスの頭を叩く。
こうして話してる分には、普通の女の子のように見えるんだけどな。とてもじゃないけれど、アンデッドには見えないだろう。
「俺は、領主なんだ」
「りょうしゅ」
「領主は、領民のために自分の身を削らないといけないんだ。領地の発展のために、領民の幸せのために。それを第一に考えなけりゃいけない。だから」
にっ、とクリスに向けて、全力で微笑んでみせる。
ちょっと無理はしている自覚はあるけれど、それでも少しでも、安心させるために。
「だから俺は、死んでも領地を守らなきゃいけない。それが領主の仕事だからな」
「ごしゅじんさま……」
親父だって、身を削って魂を削って、領地の発展のために力を尽くしてきた。
そして俺には、領地を発展させるための技術が――死霊魔術があるのだ。
「わかった、ごしゅじんさま」
「分かってくれたか」
「はい。クリスは、ごしゅじんさまがしんだら」
うん、と頷くクリス。
相変わらずの無表情ながら、どことなくやる気に溢れている気がする。ぐっと握りしめた拳あたりが。
「ごしゅじんさまを、ほねにする」
「……」
えーと。
そんなクリスの、気持ちは非常に嬉しいのだが。
「……やめて」
「なんで」
「なんででも」
俺、領主だけどさ。
さすがに、アンデッドになってでも領地を発展させてやる、とまでは思ってない。
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