第20話 スケルトン無双の結果
「はー……」
感覚を同調させた小鳥と視界を共にしながら、俺はそう溜息を吐いた。
スケルトンたちは俺が命じた位置から散開して、それぞれ盗賊の位置を探るために別行動をしていた。俺はそれを、空に浮かばせた小鳥の視界で確認していたのだが。
まるでスケルトン全体が一つの大きな生き物であるかのように、先遣のスケルトンが草の中に潜んで盗賊団の住処を発見した。そして、特に伝令のような動きもなかったというのに、そんな先遣のスケルトンに呼応するかのように、全てのスケルトンがそこに集まったのである。
スケルトン同士で、何か同調するような信号でも発しているのだろうか。
「……しかし、凄まじいな」
「どうしたの?」
「いや……思った以上の成果に驚いてるだけだ」
スケルトンたちは集合すると共に、即座に見張りの盗賊であろう二人へと襲いかかり、その武器――長剣を奪って刺し殺した。そして、牛の骨を捨ててその長剣を二体のスケルトンが持つ形となり、そのまま廃砦の中へと侵入したのである。
俺も慌てて小鳥に命令を出して、スケルトンの侵入した廃砦の中へと追わせたのだが。
小鳥がようやく砦の中に辿り着いたときには、もうほとんどが終わっている状態だった。
スケルトンたちは一個の軍であるかのように、一糸乱れぬ動きで盗賊たちに襲いかかり、的確にその武器を奪い、一人ずつ丁寧に止めを刺していた。盗賊たちも剣でスケルトンに対応しようとしたのだが、彼らの骨を傷つけることはできなかった。
肉体が存在せず、骨しか存在しないスケルトン。その骨を剣で斬るというのは、余程の剣の達人でなければ不可能だろう。実際に何人かスケルトンを斬りつけたのだけれど、乾いた音が響くだけで骨を傷つけるには至らなかった。
あとは、もう蹂躙だ。二十人以上はいただろう盗賊団であるにも関わらず、数の劣る十五体のスケルトンを相手に全く歯が立たなかったのだ。
アンデッドという存在が、どれだけ凄まじいのか理解できる一幕だった。
「じゃ、あとは戻ってくるのを待つだけだな……」
「おわったの?」
「ああ。スケルトンたちが、問題なく盗賊団を壊滅させた」
「ほね、つよい」
「そう、だな……」
少しだけ、体に震えが走る。
俺は、とんでもないことをしているのではなかろうか。相手が盗賊団であるとはいえ、これほどまでに武装した集団を一蹴できるような存在を、こんなに簡単に使役できていいのだろうか。
いや、むしろ。
クリスの無限の魔力、無尽蔵に補給できる骨、そして俺がアールヴの魔術書から得た魔術知識――その全てを総動員すれば。
俺は、国を相手にすら戦争できるのではなかろうか。
「……いや」
ぶるぶるっ、とかぶりを振る。
俺は、あくまでグランスラム帝国の一貴族だ。それも辺境の一部を任されているだけの、貧乏貴族に過ぎない。
そんな俺が、国を相手に戦争できるとか、そんな烏滸がましいことを考えるべきでないのだ。
あくまでスケルトンを用いるのは、領地における生産力を向上させるためなのだから。
「ごしゅじんさま、どうしたの?」
「いや、何でもないよ。クリス。今日はもう、遅いから寝よう」
「はい。クリス、ねる」
スケルトンたちには、終わったら俺のもとへ戻ってくるように伝えている。
そして今俺たちがいるのは、バースの村から少し離れた街道の側だ。今夜はここで野営をするつもりで、干し肉などの保存食を持ってきている。
ちなみに、やはりクリスは肉を食べる習慣がないようで、兎や鹿を狩って食料にしようと提案したらもの凄く嫌な顔をされた。結果、食べられる野草とか自生している果物とかを取ってクリスに与えた。
馬車の荷台に毛布を敷いて、その上にクリスが寝転がる。
俺もその横に寝転がって、ただ馬車の幌――その天井を眺めていた。
程なくして、隣からすー、すー、という寝息が聞こえてきたけれど、俺はじっと天井を見つめながら、考え続けていた。
「おはよう」
「モー」
翌朝。
俺は、目覚めると共に馬車の隣にいた牛スケルトンにそう挨拶をした。
ちなみに、今回の遠征に連れてきたのはスケルトンが十五体と、牛スケルトンが一体である。
そもそも盗賊団を討伐するためにやってきたわけだが、かといって眠る俺たちに対しての防備を忘れるほど俺は愚かじゃない。盗賊団でなくとも、偶然通りがかったならず者が襲いかかってくる可能性だってある。だから、その防備のために馬車の周囲を牛スケルトンに見張らせておいたのである。
まぁ、スケルトンホースで十分じゃないかという意見もあるかもしれないが、そこはそれ。スケルトンホースは馬車に繋がれているから、自由に動けないし。
「お前たちも、お疲れさん」
「……」
そして、そんな馬車を囲む十五体のスケルトン。
俺が命じた通り、スケルトンたちは盗賊の討伐を終えてすぐに、俺のもとへ戻ってきたらしい。所々返り血は見えるが、特に目立った傷を負ったスケルトンはいないようだ。
行きと違うのは、全てのスケルトンが、その手に持つ武器が牛の骨から長剣に変わっていることだろうか。命令をただ遂行するだけでなく、達成するために最適な武器に持ち替える応用力がある。脳髄のない頭のはずなのに、何故そのように頭が働くのだろうか。
そして、何より違うもの。
それは、スケルトンたちの後ろ――そこに、三名の女性がいることだ。
十代の後半から、二十代の後半といったところだろうか。どの女性もぼろぼろの服を着て、手入れのされていない体だ。その状態で三人が身を寄せ合いながら、震えている。
何故、女性をここに連れてきているのだろう。まさか攫ったとかじゃないよな。そうなると俺、犯罪者になってしまうんだが。
「……スケルトン、そこの女性たちは?」
「……」
かたかた、と骨を鳴らすスケルトン。
当然ながら、全く俺には理解ができない。お前らに骨を鳴らされても、何言ってるのか分かんないよ。
そんなスケルトンたちの横で、牛スケルトンが「モー」と鳴いた。いや、お前は言葉を発することができるのかもしれないけど、お前の言葉も俺分からないからな。
「ふむ……どうすればいいかな……」
「おはよう、ごしゅじんさま」
「ん……ああ、クリス。おはよう」
馬車の中から、クリスが出てくる。
俺は結局、少しばかり仮眠をとった程度だった。だが、隣で眠っていたクリスはがっつり眠っていた。全く微動だにせずに。
クリスはアンデッドながら、睡眠が必要であるらしい。何故必要なのかは俺に聞かないでくれ。多分、アールヴだからとかじゃないかな。知らんけど。
あと、寝顔は超可愛かったです。
「……ほね、いっぱい」
「ああ。戻ってきたんだよ。それで……」
「ほね。おくにいたひと、つれてきた、って」
「……」
こてん、とクリスが首を傾げる。
スケルトンは相変わらず、かたかたと骨を鳴らしている。中には、両手を挙げているスケルトンもいた。
スケルトンとクリスを、交互に見て。
「……クリス?」
「はい、ごしゅじんさま」
「スケルトンの言葉、分かるの?」
「ごしゅじんさま、わからない?」
分からないから聞いているのだが。
それはクリスの何かしらの特殊能力とかなのだろうか。それとも、同じアンデッドだから分かるとかそういうものなのか。
どちらにせよ、問題はスケルトンが発したという言葉だ。
「奥にいた人を連れてきた……盗賊団の砦の、奥ってことか?」
「……」
こくこく、と頷くスケルトン。
どうやら盗賊を討伐したのみならず、盗賊団によって攫われた女性も取り返したと、そういうことであるらしい。
とりあえず、領主として俺のすべきことは、この女性たちをバースの村に返すことだろうか。
「なるほどな。よくやった、お前たち」
「……」
かたかたと骨を鳴らして、喜ぶ様子を見せるスケルトン。
こう見ると、なんとなく可愛く思えてくる。
「さて……それじゃ、ええと、君たちは……」
「ひぃっ!」
話しかけた瞬間に、そう悲鳴を上げられる。
その反応は、少し傷つくのだけれど。俺、そんなにメンタル強くないんだ。
だけれど、俺がそう話しかけた次の瞬間に、三人の女性――その中でも、最も年上であろう女性が、立ち上がった。
気丈に俺を睨み付けているけれど、足元は震えている。
「わ、私たちをどうするつもりなのっ!」
「え?」
「ど、どうせっ! 私たちを邪教の生け贄にするつもりなのねっ!」
「……」
いや、待って。
何か、とんでもない誤解が生まれている気がする。
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