第19話 閑話:盗賊団vs骸骨兵
ジョージは、この山を占める盗賊団の頭領である。
元々ジョージは、傭兵団の団長をしていた。だが大陸を巻き込んだ大戦争は数年前に終わりを告げ、戦場でしか稼ぐことのできない者たちは仕事を失ってしまったのだ。そして食うことのできなくなった傭兵団の末路は、野垂れ死ぬか盗賊に身を窶すかのどちらかである。
ジョージの率いていた傭兵団――『炎王愚連隊』は、後者を選択した。
元より、傭兵団というのは戦時でなければ仕事がない。そして、『炎王愚連隊』はその大仰な名前に見合うほどの規模でなく、最も多かった頃でさえ二十五人程度の集団でしかなかった。そんな小さな傭兵団にまで仕事が回ってくるほどの戦争でない限り、彼らに戦場における出番はないと言っていいだろう。
ゆえに、ある意味盗賊は、彼らの本業でもあった。
「おい、物資はどのくらい残ってる?」
「へぇ。もう三日もすりゃ、食料がなくなりますぜ、お頭」
「もうなくなっちまうのかよ。ったく、最近は実入りが少ねぇな」
「村から奪う量も、大分減っちまいましたからねぇ」
「ちっ……」
ジョージの率いる『炎王愚連隊』が主な稼ぎ場としているのが、この山から最も近いバースの村だ。
最初はそれなりに物資の蓄えもあり、収穫直後ということで豪遊できるほどの稼ぎになった。しかし、それから一度に奪える量は減ってゆくばかりであり、現在は一度の襲撃で四、五日生きられる程度の食料しか得ることができない。
それに加えて、めぼしい若い娘は全て攫って、そのうち半分程度は奴隷商人に売り払った。今となっては、バースの村にいる村民は老人しかいないと言っていいだろう。
そこまで奪い尽くしたのも全て、『炎王愚連隊』なのだが。
「拠点を変えるかねぇ」
「別の村を襲うんすか、お頭」
「ああ。最後にバースの村の連中を皆殺しにして、食料も金も全部奪い尽くして、別の山に拠点を変えるか。他の村なら、まだ若い女もいるだろうよ」
「うひょー! また若ぇ女攫うんすね!」
「おい、最初の味見は俺だからな」
ぐへへ、と下卑た笑みが浮かぶ。
この拠点の奥にも、まだ数人の女はいる。だが、既にジョージは味見を終えて、今は部下の慰安のために提供している状態だ。感情を失って、何をされても声を出さない者もいるほどに、遊び尽くされている。
あとは、新しい女さえ手に入れば奴隷商人に売り飛ばせるのだ。だというのに、新しい女が手に入らないために、いつまでも使われている状態である。
部下からの、「あいつら飽きたんすけどー」という声も多い。
「ま、奴隷商人がこっちに来るまで、あと二日ってとこだ。そのときに売っ払っちまおう」
「新しい女、買うんすか?」
「バカみてぇに高ぇ奴隷商人から買うかよ。女なんざ、新しい村から攫えばいいだろ」
「うす! 俺ら張り切りますぜぇ!」
うひょー、と笑う部下。
そんな部下の言葉に、ジョージも笑みを浮かべる。他人から奪うことに何の躊躇いもなく、攫った女に何をするのにも抵抗のない、人間の屑ばかりが集まった彼らだ。
この関係が、この空間が、途轍もなく心地よい。
「次の村は、生かさず殺さず締め付けなきゃいけねぇなぁ」
「あんまり派手にはしないってことすか?」
「まぁ、そんなもんだ。農民は働いて、俺らみてぇな特権階級に貢ぐのが仕事なんだよ。あいつらを無駄に殺しちまったら、俺らの実入りも少なくなるからな」
「ひゃほう。お頭、俺ら貴族みてぇっすね!」
「ひゃっはっは!」
部下の言葉に、ジョージは笑う。
元々は農村の生まれで、一攫千金を狙って傭兵になったジョージにとって、貴族というのは全く縁遠い存在だ。せいぜい、その農村もナントカ伯爵の領土だと聞いたことがあるくらいである。
そして貴族というのは本来、領地を守るのが仕事だ。こんな風に盗賊が村を襲えば、盗賊を殲滅し治安を維持するために軍を出すのが当然のことである。
だが、ジョージたちがこの地に拠点を設けて、既に一年近く経っているというのに、そんなお貴族様の軍は全くやってくる気配がなかった。
その理由は、ジョージも知っている。
この領地を占める貴族――フリートベルク伯爵家は、傭兵の耳にすら届くほど貧乏なことで有名なのだ。
とてもじゃないが、軍など派遣してこないだろう。
「よぉし、そんじゃ、三日後にはここを捨てる。てめぇら、準備しとけぇ!」
「うす!」
簡素ながら元は軍の砦であったここは、居心地もそこそこ良かったのだが仕方ない。
新天地を探して旅立ち、その先で落ち着ける場所を発見すればいいだろう。できれば、少しばかり大きめの洞窟でも発見できればいいのだが。
よいしょ、とジョージも空腹を感じ、少しばかり腹に入れておくかと立ち上がる。
その、次の瞬間に。
砦の中に、悲鳴が響いた。
「うぎゃあああああああ!!!」
「――っ!」
「な、何だぁ!?」
「入り口かっ!」
砦の中にいた部下たちが、驚きと共にそう叫ぶ。
その悲鳴が聞こえてきたのは、間違いなく砦の入り口だ。常に二人一組で入り口を守らせて、敵が現れたら報告するように告げてある。
だが、一体何がやってきたのか――。
「おい、一体……」
ジョージが、そして他の部下たちが。
そんな事態の変化をいまいち飲み込めずに、入り口を呆然と見て。
彼らの安住の地であったはずの、その入り口から。
絶望が――顕現した。
「な、な、な……!」
そこにいたのは、骸骨の群れ。
カタカタと骨を震わせながら進軍する、亡者の軍。
それがまるで、入り口を埋め尽くすほど――。
「な、何だこりゃあああああ!!」
「ひ、ひぃぃぃっ!!」
「が、ガイコツがっ……!」
「の、呪いっ……!」
先頭の骸骨が右手に持つのは、血の滲んだ長剣である。そして左手に抱えるのは、恐らく先程まで生きていたのだろう部下の首だ。
少し動くたびにカタカタと顎の骨を震わせて、まるで哄笑しているかのような骸骨。
その姿には、恐怖以外の何の感情も覚えない。
「ちっ……てめぇら、殺れぇっ!」
「くっ……!」
ジョージは、そこに集まっている二十人を超える部下に向けて、告げる。
骸骨を相手になど戦ったことはないが、見る限り十数匹程度しか骸骨はいない。そして数だけならば、こちらの方が有利なのだ。
部下たちがそれぞれ剣を手に、骸骨と戦う姿勢を見せる。
「うらぁぁぁぁっ!!」
部下の一人が、剣で骸骨に襲いかかる。その剣は間違いなく骸骨の、その肩へと当たって。
かんっ、と乾いた音がするだけで、その骨を砕くには及ばなかった。
元より、骨というのは固いものだ。腰の入っていない剣の一撃で、人間の骨というのは簡単に両断されない。
そして不用意に近付いた部下に警告を示すかのように、先頭の骸骨が思い切り剣を振る。それは間違いなく部下の腹を貫き、血が噴き出した。
動かなくなる部下の姿に、他の連中の動きも止まる。
「なっ……!」
「おっ、お頭ぁっ!」
「く、くそっ……! な、なんで、こんな化け物がっ……!」
ここは元々、軍の砦だ。
決して中に入られないように、その防備を固めるために、入り口は一つしかない。
そして、その入り口に集っている、明らかにこちらに敵意を向ける骸骨の群れ。
「な、何なんだよてめぇらぁぁぁぁっ!!」
「うわあああああああっ!!」
化け物に対する恐怖に自制心を失った部下が駆け、その命が一つずつ削られてゆく。
骸骨たちは的確に急所を狙い、一人ずつ一人ずつジョージの部下の数を減らしてゆき。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ!!」
最後に残ったジョージの目に映ったのは。
何の感情も浮かべていないがらんどうの瞳でジョージを見ながら、白骨の腕で剣を振り下ろす、骸骨の姿だった。
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