第65話 計画通りの恐喝
手筈は、順調に進んでいる。
私――リリシュ・メイウェザーは、間違いない手応えを感じていた。
「テディ。授業が終わって、放課後に決行するって」
「承知いたしました。それじゃ、ちょいと立場を分からせてやりましょうか」
先日、ネッツロース王立学院では試験が行われた。
一年生であり、まだ基本的な学習しか行っていない私たちは、一日の間試験を行うだけだった。だけれど、上級生は魔術の実践や基礎戦闘能力の実践なども試験に含まれているらしく、この一週間は全部試験期間であるらしい。
まぁ、今後の課題は今後に覚えればいい。
私が今やるべきことは、シノギの拡大だ。
「それで、どういった手筈で?」
「アニーさんたちが、伯爵家のご令嬢に文句を言う。理由は何でもいい、って言ってあるけど、割と気の強そうな人を標的にしてるから、すぐに出張らないと駄目かもしれない」
「大人しめの人の方がいい、ってあたしは言ったはずですがね」
「私もそう言ったんだけど、大人しめの伯爵令嬢ってあんまりいないみたいだよ」
伯爵家のご令嬢を虐める――その内容は、私は事前にテヤンディに相談して、その上で子爵家の娘たちに発破を掛けた。
その際に、テヤンディに言われた通りのアドバイスをアニーさんたちにはしたんだけど、残念ながら伯爵令嬢に大人しい方はいなかったらしい。
あと、アニーさんたちからしても、自分たちに強く言ってきてなかった人たちを相手に、無茶な絡み方をするのは罪悪感があったらしい。
今回の標的は、ノルージュ伯爵家のご令嬢、ハンナさんという人だ。
「ま、そういうことなら仕方ありませんね。ひとまず、手筈通りにあたしらは、教室の外に待機してましょう」
「うん。その後のことは、エイミーさんにお願いしてるから」
「ええ。それは同じ伯爵家の家格として、説得してもらわなきゃいけませんね」
テヤンディと、交わす悪巧み。
今まではテヤンディの悪巧みに対して、すごいなー、くらいの感情しか持っていなかった。だけれど今になって思う。本当に、テヤンディって凄い。
ちゃんと抑えるべき部分は抑えて、最適かつ効率的なやり方を簡単に導き出すことができる――これが、才能という奴なのかもしれない。
今回、私が間に立とうと思っていた部分もあったんだけど、それを止めたのがテヤンディなのだ。
下手に家格の低い私が出張ると、逆に向こうが意固地になるかもしれない、と。
確かに、子爵家の令嬢が絡んだ案件を、同じ子爵家の私が間に立つというのはおかしな話だ。だから、エイミーさんに今回は間に立ってもらうように言っている。
まぁ、コサージュを管理するのは私なんだけど。
「それじゃ、放課後に」
「うん」
今から、授業が始まる。
この授業が終われば、放課後。
私たちのシノギは、次の段階に至ることができる――。
「ちょっとあなた!? いきなりどういうこと!?」
放課後。
私とテヤンディ、それにエイミーさんの三人が隣のクラスまで赴いたときには、既に喧噪が起こっていた。
休み時間にトラブルを起こそうと思っていたのだけれど、それはテヤンディによって止められた。下手に休み時間を利用すると、次の授業の教師がやってくる可能性がある、と。
だから、時間に余裕のある放課後に、決行という形になったのだけれど――。
「どういうこととは……? 何か問題でも?」
「――っ!! あなたっ! 人に水を掛けておいて、何もなかったつもりですの!?」
「ああ、花瓶の水を入れ替えていまして、少し手が滑っただけですよ」
「明らかにわたくしに向けて掛けたでしょうっ!!」
到着。
既にトルーマン子爵家のアニーさんが、水浸しになった誰かに罵声を浴びせられている。
どうやら、花瓶の水を入れ替える振りをして、そのまま彼女へ向けて水をかけたようだ。髪も服も水浸しになっている状態で、真っ赤になって怒っている。
そして、このクラスの伯爵令嬢たちも同じく、「一体どういうおつもりですの!」と怒りながら周りを囲んでいた。
唯一、私が把握しているこのクラスの公爵令嬢――は、「庶民はうるさいですわねぇ……」と呟きながら、取り巻きを連れて教室から出て行っていた。
つまり、この教室には今、テヤンディを超える家格のご令嬢はいない。
「どういうおつもりか、言ってみなさいっ!!」
「おや……そんなにも、私に噛みついていいと思っているんですか?」
「何を言っているのよっ!!」
「私は今、白薔薇のコサージュをつけています。このコサージュをつけている限り、ゴクドー公国の公女様と同じ立場です」
「はぁ!? そんなものが言い訳になるとでも思っているの!?」
アニーさんが、そう強気に出る。
それに対して伯爵令嬢――ハンナさんは、全く退くつもりなどないらしい。
食堂での一件は、恐らく目にしているのだろうけど、自分には関係ないと思っていたのだろう。
だから。
「たかが白い薔薇を胸につけているからって、子爵家のあなたまで偉いと思うんじゃありませんわ!!」
「……その言葉、本気で言っているんですか?」
「当然よ! そんな安物のコサージュを……」
「失礼」
激昂して、叫ぶハンナさんに対して。
静かながら、よく通る声が教室の中に響く。
それは、恐らくハンナさんも何度となく聞いてきた声。だからこそその言葉も、今にも掴みかかろうとしていた動きも、止まる。
「えっ……?」
「ああ、失礼。あたしは通りがかりでね。ちょいと耳に障る声を聞いてしまいましたんで、入ってきたんですがねぇ」
「ど、ど、ど、どう、して……」
「さて、あたしの耳が悪いだけなら結構。ですが、教えていただきたいですね。おたく、今何と仰いました?」
テヤンディの迫力。
その言葉は決して、脅しているようなものではない。だけれど、その底冷えするような迫力と、飄々とした物言いが、恐怖を増長させていることだろう。
そして、自分が発した言葉――その重さを、彼女は知らない。
「『たかが白い薔薇』『安物のコサージュ』……そう聞こえたんですが、あたしの聞き間違いですかねぇ?」
「テヤンディ様、この女は、間違いなくそう言いました」
「ちょっ……! あ、あなたは黙って……!」
「いけませんねぇ」
テヤンディが、目を細める。
そして同時に、ハンナさんも身の毛がよだつ思いだろう。
今この場は、完全にテヤンディの支配下にあるのだから。
「あんた、どういう立場で、あたしの家族に黙れって命令してんですかね? そんで、『たかが白い薔薇』『安物のコサージュ』……ええ、ええ。そうですか」
「ひっ……!」
「たかが伯爵家の分際で、あたしの……『白薔薇のテディ』の金看板、なめてるってぇことでいいですね?」
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