第49話 中抜き
ぎぎぎっ、と歯を軋ませる寮母さん。
その前で足を組み、腕を組み、偉そうに見下すテヤンディ。
そこに挟まれた私。
もう私は、完全に空気である。
「なるほど、ゴクドー公家のご令嬢が……あなたが、本当は糸を引いていたということね」
「さて、何のことやら。あたしはただ、誰か来て-、って貴方さんの言葉を聞いてやってきただけのことですが」
「最初から、そこの娘と共謀していたのでしょう! そうでなければ、こんなことにっ……!」
「知りませんねぇ。あたしはリリシュさんから、貴方さんの部屋に忍び込むなんて話、聞いたこともありませんからね」
寮母さんの言葉に対して、飄々と答えるテヤンディ。
だけれど、テヤンディの言葉は事実だ。私はテヤンディにこの計画は話していないし、テヤンディが知りようもない。そしてこの寮母さんの部屋は、決してテヤンディの通る道ではない。部屋に戻るのも、食堂に行くのも、寮母さんの部屋の前など決して通らないのである。
だというのに、テヤンディはここにいるのだ。
それが私には、全く分からない。
「それで、寮母さん。お答えいただきたいのですがねぇ」
「何よっ!」
「ちょいと、あたしと金の話でもしませんか? まぁ、今まで随分貯め込んできたみたいですが、こうやって種が割れりゃあとは破滅の道ですよ。その前に、交渉の余地があるかと思いましてね」
「くっ……い、言ってみなさい!」
「へぇ」
にやり、と笑みを浮かべるテヤンディ。
状況としては、テヤンディが圧倒的に有利だ。寮母さんは裏金を横領していて、その証拠となる帳簿がテヤンディに握られている。寮母さんは、できる範囲でテヤンディの要求を呑まなければならないのだ。
もしも、無理やり取り返そうとして暴力沙汰になり、テヤンディの顔に傷の一つでもつけようものならば、公国を敵に回すことになるのだから。
これが、私を相手には強気で、テヤンディに対しては強気に出られない理由――。
「まず、そうですね。最初は金の話じゃありませんが……マッポに連絡するのは、止してもらいましょうか。リリシュさんがあたしに黙ってやったこととはいえ、ルームメイトにお縄がかけられるってぇのは、あたしの寝覚めが悪いんでね」
「最初から手を組んでいたくせに、いけしゃあしゃあと……!」
「ですからそいつは誤解だと言っているでしょうに。人の話を聞きませんねぇ。それで、いかがで? 返事は短くお願いしますよ」
「……ちっ、分かったわ」
言質はとった。これで、私の手にお縄がかけられることはない。
もしもテヤンディがここに来てくれなければ、私は完全に破滅していた――。
「さて、では次に金の話ですがね」
「……」
「この帳簿を見る限り、随分と食費の方を削減しているようで。倉庫のメシを子爵家のご令嬢に食わして、その分だけ材料費の上前を跳ねている……その認識で間違いありませんかい?」
「……」
テヤンディから、目を逸らす寮母さん。
素人の私でさえ分かった、不正の証拠が書かれた帳簿だ。テヤンディが叩けば、もっと埃が出てくることだろう。
ぱらぱらと帳簿を捲りつつ、テヤンディが再び笑みを浮かべ。
「さて、リリシュさん」
「…………………………へ?」
え、私?
テヤンディと寮母さんの交渉、邪魔しないように空気に徹していたんだけど、なんで私?
「リリシュさんは、中抜きって言葉ぁ聞いたことありますかい?」
「なかぬき……? いや、分かんない、けど」
「まぁ簡単に言や、この学院はネッツロース王立学院……つまり、国が運営しているわけですよ。つまり、運営費は国が出してくれるってことです」
「うん」
だと思う。
こういうのは税金で運営されているし。
「つまり、『聖グレイフット王国』ってぇ元請けから、下請けに仕事を回すんですよ。それが『ネッツロース王立学院学校法人』って下請けですね。その『学校法人』って下請けが、『理事会』って孫請けに仕事を回すんですよ」
「まごうけ……?」
「『理事会』ってぇ孫請けが、寮の管理について『寮母』へと曾孫受けをさせる。そんでもって、曾孫受けの『寮母』がまた別の仕事をしている者に仕事をさせる。食堂で働いている人たちだったり、たまに掃除のおばさんも見かけるでしょう。ああいった連中になると、
「はぁ……そう、なんだ?」
よく分からない。
テヤンディが何を言っているのか、私に何を説明したいのか。
そして、テヤンディが指を五本立てる。
「あたしは学校法人が、いくらぐらいで運営されてんのか分かりません。ですから、分かりやすく説明しましょう。元請けは、下請けに金貨五百枚で仕事を依頼します」
「うん」
「下請けに渡る金は、金貨四百枚。この時点で、元請けは金貨百枚を中抜きします」
「えぇっ!?」
「同じように、下請けから孫請けに渡る金は、金貨三百枚。この時点で、下請けも金貨百枚を中抜きします」
「ちょっ!?」
「孫請けから曾孫受けに渡る金は、金貨二百枚。この時点で、孫請けも金貨百枚を中抜きします」
「何やってんの!?」
意味が、意味が分からない。
仕事を他の人に丸投げして、ただお金だけ取ってるような、そんなシステム。
その意味が、全く分からない――。
「まぁ、そんな感じで金は循環しているんですね」
「……その上の方に、私行きたい」
「んで、この帳簿はそんな曾孫受けの寮母さんが、玄孫受けの皆様に払っているお金の流れを書いているわけです。それから、ちょいと見せてもらいましたが……こっちの手帳が、本来報告している金額ですね。そんでこっちが裏帳簿、と」
テヤンディがようやく寮母さんを見て、それから二つの帳簿を掲げた。
私が持っていた黒い帳簿と、机の上に置いたままだった茶色の帳簿。
そっか、あれ、どっちも必要だったんだ……。
「これを見りゃ、中抜きしてんのがいくらか……見えますよねぇ」
テヤンディが示す、二つの頁。
寮母さんの字で書かれた、月額。それが、金貨三百枚。そして裏帳簿に書かれている月額は。
金貨、二百枚――。
「月に金貨百枚の中抜きたぁ、恐れ入りますね。ですが、それも最近随分と減った様子で」
「……」
「そりゃ当然です。本来なら、子爵家の娘五十人程度の食費が、削減できていたんでしょう。ですが最近、食費の方が上昇している。何故なら、倉庫のメシを誰も食わなくなったから」
「……」
「ま、それでも月に金貨百枚もの利益を上げてんですよ。これを何と言うかご存じで? 公金横領ってぇ言うんですよ」
「……」
テヤンディの言葉に、答えない寮母さん。
そして、核心を突くように、言った。
「こいつを、学院長と七:三ってとこですかい?」
「――っ!」
その瞬間、寮母さんの表情に走ったのは怒りではなく。
恐怖、だった。
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