第48話 敵か味方か

 意味が分からなかった。

 どうして、ここにテヤンディがいるのか。私は今日、寮母さんの部屋に忍び込むことを、テヤンディには全く伝えていなかったというのに。

 むしろテヤンディよりも先に確たる証拠を発見し、テヤンディに高く売りつけようと思っていたくらいだというのに。


 何故、ここに――。


「そんで、寮母さん。どうなされまして? あたしはただの通りすがりですが」


「由々しきことに、この清廉潔白、神聖なるネッツロース王立学院に犯罪者が通っていたことが分かってしまったのよ」


「ほう。そりゃご大層な。犯罪者ってぇのは、一体?」


「あなたにも見えるでしょう。そこの子爵家の娘よ」


「へぇ……」


 僅かに開いた扉の、その向こう。

 テヤンディが私に向けて、にやりと口角を上げて笑みを浮かべているのが見えた。

 その笑みは――見たことが、ある。


「そりゃ大変なことですね。あたしは通りすがりなんで、察することしかできませんが……まさか、寮母さんの部屋に泥棒にでも入ったんですかい?」


「その通りよ。それも、恐らくは他の生徒と共謀して。私を無理やり部屋から連れ出して、その間に忍び込んでいたみたいね」


「へぇ……そりゃ興味深いですね。一体あちらの方は、寮母さんの部屋に入って何を盗もうとしていたんでしょうかね」


「そんなもの、盗人の気持ちなんて私に分かるわけがないでしょう。所詮子爵家の娘、お金にでも困っていたんでしょう!」


 テヤンディの言葉に、むっ、と眉を寄せる寮母さん。

 そしてゆっくりと扉が開かれ、テヤンディが入ってくる。寮母さんはそんなテヤンディを見ながら、僅かに混乱している様子だった。目が泳いでいる。


「……あなた、ゴクドー公国の?」


「ああ、あたしのことを覚えていてくれているとは、光栄ですね。確かにあたしはテヤンディ・ゴクドー。しがない公国の娘でさ」


「ということは……あなた、あの娘のルームメイトね」


「ええ、そうですよ」


 寮母さんが、鋭い眼差しでテヤンディを見る。

 それは、恐らくこいつも仲間か――そんな、疑心に満ちた眼差し。

 ルームメイトであり、こんなにも近くにいた。それは、怪しんで当然のことだろう。


「いやいや、しかし残念なことですねぇ」


「……どういうことかしら?」


「あたしは、この学院に入れたことを光栄に思っているんですよ。公国から今まで、この学院に通った者はいなかった。あたしで最初です。それだけ門戸は狭く、敷居は高く、才気に溢れた紳士淑女だけが通える学院だと思っていたんですけどねぇ」


 はぁぁぁぁ、と思い切り溜息を吐くテヤンディ。

 その目は、冷たい光を湛えながら、私を見て。


「いや、落胆しましたよ、リリシュさん」


「……テディ」


「まさかあたしのルームメイトが、こんな犯罪者だとはね。いやいや……まぁ、あたしとしても同じ部屋で暮らした仲です。多少授業で居眠りするだとか、仮病を使って休むくらいはまだ分かります。ですが、人様の部屋に忍び込んで何かを盗もうだなんてね……そんな恥知らずな人だとは思いませんでしたよ」


「……」


 言い返す言葉が、全くない。

 テヤンディにしてみれば、私はテヤンディが知らぬ間に寮母さんの部屋に忍び込んだのだ。いつかはテヤンディもやる気だったのかもしれないけれど、先にやった私が見つかった以上、二度目はないだろう。これからは、寮母さんも厳重に施錠をするだろうし。

 そう考えれば、私は。

 テヤンディから、シノギの機会を奪ったも同意――。


「さて、リリシュさん」


「……」


「大人しく、マッポのお世話になりましょうか。まぁ、学院にはもう居ることはできないでしょうねぇ。学院の中で警察沙汰が起きたってことは、つまり捜査の手が入るってぇことですから。誰にも秘密にゃしておけませんよ」


「……」


 そう、この目。

 そう、この笑顔。

 にやりと口角を上げていながらも、しかし笑っていない目。

 この目を見たのは、二度目。

 最初は――白薔薇のコサージュを、私に渡してきたとき。


――銀貨十枚、耳を揃えて払ってもらいましょう。よろしいですね?


 そう、私に。

 決定事項を告げた、あのときの笑顔だ――!


「と、とにかくあなた! 誰か警備の者を呼んできて頂戴! そこの娘を、捕まえさせるのよ!」


「おや……あたしが行かなくても、貴方さんが行けばよろしいんでは?」


「私がここを離れたら、その間にそこの娘が逃げるかもしれないでしょう!」


「そりゃ道理ですね。しかし、リリシュさん。一つ疑問があるんですがねぇ」


「ちょ……! なんで奥に!?」


 ずかずかと、寮母さんの部屋に入り込むテヤンディ。

 そんなテヤンディが、固まって震える私の前までやって来て。

 それから、私の手元を、指差した。


「リリシュさんは、確かに子爵家のご令嬢です。確かに、ゼニには困っているでしょうね。そりゃ、この国の貴族制度の最下層だ。平民よか稼いでいるかもしれませんが、平民に比べりゃ背負う責任も多い……そんな家ですよ」


「そ、それよりあなたも、早く出て行きなさいよ! 誰の部屋だと思っているの!?」


「ですが、解せないんですよねぇ。そんなゼニに困った子爵家の娘が、どうして胸に帳簿を一つだけ抱えてんですかね? ゼニが欲しけりゃ、金品の類を奪えばいいお話でしょうに。どう見ても、リリシュさんが盗み出そうとしたのは、この帳簿に見えますねぇ」


「――っ!」


「それ、見せていただいても?」


「や、やめなさいっ!」


 テヤンディが、差し出してきた手。

 慌てて、こちらに駆け寄ろうとする寮母さん。

 私は、一瞬だけ逡巡して。


 テヤンディに向けて、帳簿を手渡した。


「――っ!!」


「へぇ……なるほどねぇ……」


「そ、それをっ! 返しなさいっ!」


「いえいえ、これは見過ごせない案件ですねぇ。先程まで、随分と被害者ヅラしてたみたいですが、寮母さん」


 寮母さんの手を掻い潜り、にやにやと笑みを浮かべながら帳簿を読み進めるテヤンディ。

 私でさえ分かった、不正の証拠だ。テヤンディならば、なお分かるだろう。

 そして、一つの頁を開いて。


 寮母さんへと、突きつけた。


「こいつは、とんだ悪党がいたもんだ。この帳簿の内容から察するに、寮母さん……あんた、どれだけてめぇの懐に金貨を入れたんですかい?」


「く……!」


「なるほどなるほど、清廉潔白、神聖なるネッツロース王立学院ねぇ……」


 そしてテヤンディは、その帳簿を懐に入れて。

 それから、寮母さんの執務机――そこにある革張りの椅子に、腰掛けた。

 手を組み、足を組み、顎を立てて寮母さんを見下して。


「さて、寮母さん」


「な……やっぱり、あなたたちは、グルだったのね……!」


「ちょいと、金の話でもしませんか?」


 うん。

 私、やっぱり。


 テヤンディみたいには、一生かかってもなれそうにない。

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