第42話 お風呂

 怪しいのは寮母。それは、間違いない事実だ。

 そして寮母を糾弾するのは、銀貨一枚の得にもならない。私は、テヤンディからそう諭された。私たちがやるべきは金を稼ぐことであって、正義の名のもとに動くことではない。テヤンディの行動基準は、基本的にシンプルなのだ。

 そこに、金が絡むか。

 金を得る機会であるならば、テヤンディは動く。


「ふぅ。今日もようやく終わりましたね」


「そうだね」


 寮母さんについての疑念の話を終えて、午後の授業を終えて放課後、私とテヤンディは揃って部屋に戻った。

 まだ寮母さんに対して、押し寄せて詰めるほどの証拠は揃っていない。というか現状、まだ状況証拠だけだ。テヤンディも、この状況で寮母さんの部屋に押しかけるほど、常識知らずというわけではなかったらしい。

 そして私は、私のシノギについてひとまず整理することにする。普段は放課後にキリトリをするんだけど、今日は珍しく、誰からも徴収がない日だった。明日は三人からキリトリをしなきゃいけないんだけど、今日はのんびり休もう。


「それで、リリシュさん」


「うん」


「寮母さんが怪しいとは思うんですがね」


「うん」


 というか私、何か新しいシノギを考えなきゃいけないんだよね。

 現状、私のシノギはテヤンディのキリトリ代行だけだ。それも手間は一応かかるけど、さほどの時間はかからない。

 もし相手がゴネ出したとしても、テヤンディの名前を出すかコサージュを没収すれば済む話なんだから。それでも駄目なら最悪、ベアトリーチェさんにでもキリトリについてきてもらえばいいだろう。ベアトリーチェさんがが後ろにいてくれるだけで、ただのご令嬢では逆らえない気がする。

 だから、テヤンディの言葉も話半分に聞いてはいるんだけど。


「寮母さんは、確かに怪しいんですよ。ですが、寮母さんだけで本当にこんな慣習を作ることができるんですかね」


「どういうこと?」


「ええ。寮母さんは、やはり寮の中での絶対的な権力を持ってはいると思うんですよ。ですが、寮母さんの仕事ってぇのは、金勘定に関係があることなんですかね?」


「うん。分からないけどとりあえずシャワー浴びようか」


 テヤンディの話は右から左に聞き流して、その首根っこを掴んでシャワー室に向かう。

 シャワー室は、全部の部屋に設置されている。ちゃんと水の魔石と、温度を上げるための火の魔石が使われたものだ。これを設置するだけでも、平民では年収が飛ぶくらいの代物である。

 ちなみに私の実家では、火の魔石は使わずに水の魔石だけのシャワーだった。冬、超寒かった覚えしかない。


「金勘定を主に行うのは、あたしの考えじゃ事務方なんですよ。寮の金の管理まで、寮母さんにまで任されてるもんですかね」


「はい、両手挙げて。服脱がすよ」


「って考えりゃ、この辺の金勘定を行っているのは、寮母さんじゃないんですよ。むしろ、もっと上の方からの圧力があってやってることだと思います。大抵、悪さをする奴の主張は一緒ですよ。上の人間からやれと言われた、上の人間がやってるから大丈夫だと思った、ってね」


「はい、右足上げて。はいオッケー。次左足ね」


 テヤンディの上の服を脱がして、下の服を脱がせる。多分だけど、今までずっとメイドに任せていたのだろうから、私の指示に素直に従ってくれる。

 というか、毎日私これやってるんだけど、これお金請求してもいいんじゃないかな?

 ちょっと今度、身の回りのお世話するからコサージュ代の代わりにしてとか提案してみよう。

 今は思考の海の中に耽ってるから、下手に口は出すまい。


「って考えりゃ、寮母さんの上にいるのは誰ですかねぇ。寮母さんってぇのが、組織の中でどういった立場か分からないんですよね。副学長だったり主任だったりすりゃ、誰が上司なのか分かるもんですがねぇ」


「はい、お湯かけるよ」


「ひぃっ! まだ冷たいですよっ!?」


「すぐあったまるから」


 目の前のテヤンディは裸だ。

 そして当然、一緒に入ってるから私も服を脱いで裸である。というか、魔石の摩耗が進まないようにシャワーは早めに終わらさなきゃいけないのだ。だからテヤンディのお風呂のお世話をした後、私もそのまま入ってる。

 でも改めて見てみても、テヤンディは肌がすごく綺麗だ。多分、公国で蝶よ花よと愛でられて育てられたのだと思う。

 まぁ、随所の成長具合については、将来に期待だけれど。とりあえず胸囲の面では勝ってる。


「ったく……まぁ、そういうわけなんですよ。寮母さんの上司ってぇのが分からなくてね。そもそも学院ってのが、閉鎖的な空間なんですよ。内部の事情は外に漏れない。外部の事情は入ってこない。そんな中で自然と序列が決定される。世界の縮図ってぇ言ってもいいかもしれませんね」


「それは大袈裟じゃない?」


「縮図ってのはそんなもんですよ。あたしも偉そうな言い方をしてますが、世界を知らない未熟者に過ぎませんからね。ぶっ! 頭にかけるときには言ってくださいよ!」


「はいはい」


 テヤンディの全身を洗って、頭からお湯を流したら怒られた。

 そうやってテヤンディを洗いながら、私も自分の体を洗う。テヤンディがシャワーを終えるタイミングで、私も終わらなきゃいけないのだ。だって、お風呂から上がってもテヤンディ、体拭かないし。


「ま、そりゃいいんですよ。問題は寮母さんの上にいる存在が誰かって話です。ただ、男子寮の寮母さんは、特にそういったことに手を染めてない。こいつは、ジェラルド王子からも聞いたことですがね……男子寮の方では、それほど差別は生まれていないらしいんですよ」


「はい、それじゃお湯で体流してね」


「つまり、敢えてこの事件の黒幕は、女子寮にだけこのルールを追加した。どうして黒幕は、そんな真似をしたのでしょうね」


「はいはい」


 テヤンディの言葉を聞き流しながら、私も体を流す。

 そして、二人揃って脱衣場に向かい、テヤンディの体を拭く。全身をしっかり拭いて、用意していた寝間着を着せる。勿論、この寝間着を洗濯しているのも私だ。

 しっかりテヤンディの全身に服を着せてから、ようやく私も着替える。

 シャワーだけだから、春先の今はまだ寒い。


「ふぅ……いいお湯でしたね」


「なら良かったよ」


「ま、あたしの考えじゃ、寮母の上にはもう一人、黒幕がいます。それは恐らく、間違いないでしょう」


「そうなの?」


 ほとんど話聞いてなかったけど、そう合わせる。

 寮母さんの上にもう一人、黒幕。

 でも、そんなことをできる人間って――。


「あたしの知ってる悪党ってのは、口ではいいことを言ってんですよ。誰からも信頼されるような、そんな高潔な人物なんですよ」


「……え」


「ただ、そいつを隠れ蓑にして、あくどいことを裏でやってるってのが定石でさ」


「……」


 私も寝間着に着替えて、しかしテヤンディの話を真剣に聞く。

 誰からも信頼される、高潔な人物。そう聞くと、私には一人しか思い浮かばない。

 理想を語った、あの人物しか――。


「あたしの予想ですよ。まだ、確証も何もない」


「……」


「ただ、学院長は絡んでますよ。多分ね」


 それは。

 初日の夜、この学院では身分など関係ない――そう、声高に言った高潔な人物。

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