第43話 夜半の企み

 八つの鐘が鳴った。

 私にとっては普通のことだけれど、テヤンディはまだ慣れないらしく「もう寝る時間ですかい……」と不服そうな顔だった。入浴後、私とカードゲームを楽しんでいたからかもしれない。

 ちなみにカードゲーム、テヤンディ超強い。本人曰く、「公国では、賭場荒らしのテディって呼ばれてましたよ」とのことだけれど、実際のところは不明である。

 私も普通に、鐘の音が鳴ると共に寝台へと入る。


「いや、しかし未来は明るいですねぇ。まさかあたしも、こんな学院に来てまでゼニ稼ぎができるとは思っていませんでしたよ」


「普通、学院でお金稼ぎは考えないと思うよ」


「リリシュさんも、ただのカタギだったってのにあたしらに染まっちまってさ。今後の成長が楽しみですよ」


「……私、こんなことを学ぶために学院に入ったんじゃないと思うんだけど」


 はぁ、と布団を被って、大きく溜息を吐く。

 そもそも、私が学院に入ったのって将来の就職先を探すためであって、お金稼ぎを学ぶためじゃないんだよね。まぁ、結果としてテヤンディに認めてもらえているわけだから、別にそれはいいんだけど。

 まぁ、手元の銀貨も増えてくれたし、今後実家からお金を無心することはなさそうだ。


「ところで、リリシュさん」


「うん?」


「あたしらは、『白薔薇組』を作りましたよね」


「うん」


 いつだったか、テヤンディ自身で言っていたことだ。

 皆が皆、お金を得るために組を作る――私は正直、そのときはよく分かっていなかった。

 だけれど今、実際に自分でシノギをやっていて思う。確かにシノギは、人の手が増えた方がやりやすい。たった一人でお金を稼ぐよりも、二人の方が手が増える。三人の方がやり方が増える。そういった点、テヤンディの言葉は今では理解できるものだ。


「あたしは将来的に、うちの公国で自分の組を作りたいんですよ」


「そうなんだ?」


「それにあたって、前身という形で作ったんですけどね。正直、この学院生活さえ終われば解散しても問題ない集団です」


「……そう、なんだ」


 テヤンディの言葉に、僅かに落胆する。

 将来的にテヤンディは、自分で自分のシノギをする集団を作りたいのだろう。だけれど、私も思うところがある。

 この学院にいる生徒は、シノギに関しては素人だ。せいぜい、エイミーさんが多少詳しいくらいのものである。私だって、素人に過ぎないのだ。

 そんな素人が、学院で今シノギをやっていけている理由――それは、私と同じく学院の生徒も、シノギについて素人に過ぎないからだ。

 だから、この学院生活が終われば。

 テヤンディにとって、『白薔薇組』なんて必要のなくなるもの――。


「ただ、リリシュさん」


「うん……」


「あたしとリリシュさんは、盃を交わした身です。五分の兄弟として、あたしとリリシュさんは血よりも濃い絆で結ばれています」


「……」


 そんなに濃い絆だったんだ、あれ。

 もうちょっと説明して欲しかったんだけど。そんなにも大事なものだったら、私交わしてなかったかもしれない。


「ですから、リリシュさん」


「う、うん?」


「卒業したら、あたしと一緒に公国に来ませんか?」


「えっ……」


 テヤンディの言葉に、思わず私は身を起こす。

 当然、テヤンディは寝台で横になっている状態だ。明かりも消したから、寝姿がうっすらとしか分からない。

 でも、テヤンディは間違いなく起きている。

 そして、私に言った。


 卒業したら、一緒に公国に来ないか、と。


「いえ、ね」


「う、うん……えっと、一体……」


「最初は、まぁ三年くらい同じ部屋でのんびりやっていけたらいいかな、くらいに思ってたんですよ。正直、あたしもド素人を囲うようなつもりもなかったですし、身の回りの世話ならローラがいますし。ああ、覚えてます? 初日にいた侍女なんですが」


「あ、うん……」


 名前は覚えていなかったけど、侍女を連れてきていたことは覚えている。

 ただ、テヤンディ、そんな風に思ってたんだ。

 私、どうにかテヤンディの覚えを良くして、将来的には公女仕えの侍女を目指していたんだけど。


「ですが、リリシュさんにはシノギの才能がありますよ。それは、あたしの方が保証しましょう。あたしに染まっただけじゃ、こんな風にシノギはやれねぇ」


「……そう、なんだ」


「ええ。ですから、卒業後は公国に来ませんか? リリシュさんなら、あたしの右腕として活躍してくれそうでね。故郷を離れたくねぇってなら、止めませんが」


「ううん……」


 いい話だ。素直に、そう思う。

 そして私は、別に故郷に未練があるわけじゃない。むしろ、離れるつもり満々だ。

 だから。


「テディ、ありがとう」


「何ですかい?」


「テディのおかげで、私の人生、変わりそうだよ」


「はは……そりゃ、大層なことですね。あたしは、人一人の人生を変えちまったわけだ」


 テヤンディが笑って、そこで会話は終わった。

 すー、すー、とテヤンディの寝息が聞こえてくる。だけれど私は、興奮して眠れなかった。私のことを、テヤンディは認めてくれたのだ。

 音を立てずに、起き上がる。テヤンディはそれでも、寝息を立てたままだった。


「……」


 なるべく音を立てずに上着を羽織って、私は寝台を抜け出す。

 扉を開くときにも、扉を閉めるときにも、部屋を出るときも。

 絶対に起こさないように、と。


「……」


 そこから私は、迷いなく別の部屋へと向かう。

 既に八つの鐘は鳴ったし、廊下も消灯されている。だけれど、もう二ヶ月もこの寮に住んでいるのだ。大体の感覚は把握している。

 やはり他の人たちも既に眠っているのか、特に物音などはしない。

 そして私は、目当ての部屋の前まで辿り着いて。


「……」


 こんこん、と扉を叩いた。

 そして部屋の内側から、こちらへ近付いてくる気配。

 扉が、ゆっくりと開き。


「……待っていたぞ、リリシュ嬢」


「ベアトリーチェさん、今日は時間を作ってくれてありがとう」


「いいや、しかしリリシュ嬢も、度胸があるものだ。わたしに手伝えることがあるならば、何でもやろう」


「よろしくね」


 でも、テヤンディ、甘いよ。

 私のことを認めてくれたことは、素直に嬉しいと思う。私も、テヤンディのことは信頼しているから。

 だけどテヤンディは、私とユーミルさんからも銀貨十枚を要求した。つまり、シノギには信頼とか友情とかそんなもの、全く関係ないってこと。


「それで、テヤンディ嬢は何と言っていた?」


「怪しいのは、学院長。それは間違いない」


「分かった。では、私の方から少しばかり調べを進めよう。ひとまず、今後のことを話そうか。同居人には話してある。入ってくれ」


「うん」


 つまり、テヤンディが今進めているシノギ。

 学院長と寮母さんへのハイ出しも、私が先にやっちゃっていいってこと。

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