第40話 安穏とした一時
十七。
上記の数字が、ひとまず三日間での私の成果である。
「ごめんね、ユーミルさん。それじゃ、これ」
「うん、いいよ」
昼間の授業を終えてから寮の方に戻って、私はユーミルさんに銀貨を差し出した。
これは三日前に、ユーミルさんに借りたものだ。三日前に借りた銀貨二十枚――それを、銀貨二十一枚として今日返済したのである。
本当はユーミルさんにも借りたくはなかったんだけど、当座お金を持っているのがテヤンディかユーミルさんくらいだったから、仕方なく借りた。すぐに返すと約束して。
「それで、シノギは上手くいってるの?」
「うん、とりあえず十七人の管理だから……テディからは、毎月銀貨三十四枚貰えることになるね」
「わたしもそれすれば良かったなぁ。コサージュ、結構時間と手間がかかるんだよね。あ、お茶でも飲む?」
「うん、ありがとう」
まだユーミルさんと同室の人は戻っていないらしく、お茶に誘われた。
ちなみにそんなユーミルさんの机だろう場所は、コサージュを作るための布やら糸やらで埋め尽くされている。多分、全く勉強なんてせずにコサージュ作りをしているのだろう。
「結局、コサージュ一ついくらになったの?」
「こっちも折れずに交渉したら、一つあたり銀貨八枚で買い取ってくれることになったよ。最初に、言い値で頷かなかったら良かったなぁ」
「そうだね」
ユーミルさんのコサージュは最初、一つあたり銀貨二枚で買い叩かれた。勝手にテヤンディが値段を決めて、決定事項のようにユーミルさんに伝えて、そのお金まで用意していたのだ。
金貨なんて見たこともなかったユーミルさんが、舞い上がってしまうことを前提にした、テヤンディの罠だったのだろう。
「はい、お茶」
「ありがとう……うん、美味しい」
「うちの実家、茶葉が一応特産品なんだよね。一袋買わない? 銀貨四枚」
「もう少しシノギが上手くいったら、考えるね」
ずずっ、とお茶を啜る。
確かに、良い茶葉だ。あんまりお茶には詳しくないけれど、これがそれなりに高い茶葉であることは分かる。
シノギが成功してくれたら、一袋くらい買ってもいいかもしれない。
ただ多分、ユーミルさんも元値に利益を上乗せして提示している額なんだとは思うけど。銀貨四枚ってまぁまぁ高い。
「ふー……でもさ、リリシュ」
「うん?」
「なんかさ……見る世界が変わっちゃった、みたいな気がしない?」
「……」
ユーミルさんの呟きに、私は沈黙で返す。
見る世界が変わった――その感覚は、私も理解できる。というか、多分私こそ理解できる気がする。
三日で私は、十七人にコサージュを貸した。そのうち十人が、その場で銀貨三枚を私に支払ってくれた。残り七人も、実家から送られてくるのを待っているだけだ。その帳簿も、しっかり私の手元で管理している。
誰から、いつ幾らの銀貨を回収するか。その予定表も、作っている。
「ユーミルさん……私ね」
「うん」
「もしテディと同室じゃなかったら、多分、流されるままに生きてたんじゃないかなって、そう思うんだ」
「どういうこと?」
私がこのネッツロース王立学院に入学したのは、将来の就職先を見つけるためだった。
高位のご令嬢と仲良くして、あわよくば卒業後にそこの家に仕えることができればいいかな――それくらいに考えて、私は入学した。
でも、テヤンディに出会った。
彼女の破天荒な姿に、私は変えられてしまった。そう思う。
「子爵家の娘は、奥で食事をしなきゃいけない。伯爵家のご令嬢には差別されても仕方ない。侯爵家のご令嬢には見下されて当然――私は多分、そうやって生きていったと思う」
「うん……それは、わたしもそうだけど」
「テディと同室になって、よく分からないけど兄弟の盃っていうのを交わしたから、テディに守ってもらおうって、そう思ってたんだ。私はただ、テディのちょっと後ろを歩けばそれでいいや、って」
「……うん」
私は、変わった。
ただ流されるだけの人生から、自分で考えるようになった。
どうすれば私が銀貨を稼ぐことができるかを、必死になって考えた。
それは全て。
私のそんな甘い考えを、テヤンディが突き放したからだ。
「最初はさ……テディのこと、本当に憎んだよ。私からも銀貨十枚取るんだ、って」
「正直それは、わたしも。仲間だと思ってたからさ」
「でも……追い込まれたから、自分がやることを見つけた。自分がどうすれば銀貨を稼げるのか、考えた。私にはユーミルさんみたいな、手先の器用さはないからさ」
「……うん」
「だから、面倒なことを代行すればいいんじゃないかって、そう思ったの」
お金は、本当に大事だ。それを、痛感させられた。
だから私も、考え方が変わったのだと思う。
どうすれば効率的に銀貨を稼ぐことができるのか、ずっと考えていたし今でも考え続けている。
「リリシュは確かに、変わったよね」
「うん」
「強くなった。えっと……っていうか、強かになった、って言えばいいのかな?」
「ちょ……それ、は……否定できない」
ユーミルさんの言葉に、思わず笑ってしまった。
確かに私は、強かになった。私にとって今、同じ学院の通う子爵家の娘は、仲間じゃない。銀貨を得るための相手でしかないんだ。
仲良くしようと思わない。だけれど、味方として振る舞う。
それは全て、私が銀貨を得るために。
「わたしも、次のシノギを考えなきゃなー」
「そうだね。コサージュ、もう幾つ納品してるの?」
「前のと合わせて、もう百個は作ったよ。子爵家にコサージュを貸し出して、子爵家の全員がコサージュを持って、次は伯爵家にコサージュを貸す……その段階に来てもいいように、多めに作るように言われてるから」
「大儲けじゃないの」
「代わりに、次がないのよ。わたしがコサージュを納品できるのは、子爵家と伯爵家の人数分だけだから。それ以上は、もう買い取ってもらえなくなるよ」
「あー……確かに」
ユーミルさんも、次を見据えている。
確かにそれを考えれば、限界のあるシノギだ。私のように管理するのなら卒業までいけるけど、コサージュには確かに数の限りがある。
ただ。
「でもさ、ユーミルさん」
「うん」
「五十個のコサージュを、一つあたり銀貨八枚で買い取ってもらったんだよね?」
「うん」
「つまり、銀貨で四百。金貨で四枚で買い取ってもらったんだよね?」
「うん」
私の問いに、頷くユーミルさん。
ただ、私が気になったことは一つ。
「卒業まで、月に銀貨十枚払っても、お釣り来るよね?」
「……」
卒業まで三年。
月に銀貨十枚でも、三年で銀貨三百六十。つまり、ユーミルさんは既に卒業までコサージュの代金を払えるだけの稼ぎを得ているのだ。
それなのに、ユーミルさんは次のシノギを考えている。
それは――。
「……だって、ねぇ」
「うん」
「……お金って大事だよね?」
「わかる」
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