第39話 交渉

 七日間で銀貨三枚。

 それを、私はアニーさんに提示した。


 テヤンディの考えていたコサージュの値段は、最初の七日間を銀貨一枚、その後は一月――三十日で銀貨十枚。

 そして私は、テヤンディのこのシノギを、外注として任された。コサージュを貸し出して、その貸出料を取り立てる。それが私のシノギなのだ。

 そう、シノギだ。

 テヤンディには、歩合制という形で申請している。コサージュ一つの管理料が、一つあたり月に銀貨二枚。つまり私は、一月あたり銀貨十枚を取り立ててテヤンディに渡し、二枚を貰うという形で管理するのだ。

 だけれど、私はこれを両取りする。

 七日間で銀貨三枚ということは、大体月に銀貨十二枚。このうち十枚をテヤンディに渡し、そのうち二枚を私が貰い受ける。つまり私の手元には、月あたり銀貨四枚が入るということだ。

 最初の七日間は銀貨一枚とか、そんなものどうでもいい。

 値段をつけるのは、私なのだから。


「七日間で……銀貨、三枚、ですか……」


「うん。どうかな?」


「……」


 この値段は、決して無理のないものだ。

 市井の定食屋で食事をしようと思えば、大体銀貨一枚といったところである。そして、子爵家といえ貴族家の一員である者からすれば、決して出せない金額というわけではない。実際、私も実家に無心しようとしていたし。

 アニーさんも、少し悩んでいる。

 だけれど、悩むということはつまり払う能力は持っているということだ。

 最初から無理な値段なら、そもそも悩むことだってないんだから。


「あ、あの……」


「どうかした?」


「銀貨三枚を払えば、七日間は、ここで食事を摂れる……ってこと、ですよね?」


「うん、そうだよ」


「払えなくなったら……」


「そのときには、コサージュを返してもらうね」


「……」


 コサージュをつけていなければ、この食堂にはいられない。だけれど、コサージュをつけるためには銀貨を払わなければいけない。

 誰だって、美味しいごはんが食べたいのだ。アニーさんだって、その例外じゃない。


「コサージュの効果は、ちゃんと保証するよ。もしも今後、アニーさんがコサージュをつけていて他の人から何かを言われたら、必ずテヤンディが出てくる。テヤンディは、そのために食事の時間は、常にこの食堂にいてくれるから」


「……」


「後から他の人に何かを言われたり、何かをされた場合は、私に伝えて。その内容を、私の方からテヤンディに伝える。その人に、テヤンディが必ず報復するから」


「……」


「公女様の庇護を、たったの銀貨三枚で得られるんだよ。安いよね」


「……そう、ですね」


 そう、同意してくるアニーさん。

 貴族家の中でも、子爵家の家格は非常に低いと言っていいだろう。だから、伯爵家の者にも侯爵家の者にも逆らうことはできない。何を言われても、従うしかない。身分が低いから、彼女らに逆らうことは絶対にできないのだ。

 だけれど、このコサージュさえつけていれば、自分のことを公女が守ってくれる。そして公国の公女に逆らうことのできる身分は、王族くらいのものだ。

 それを、たった銀貨三枚で借りることができる。


「さっき、テヤンディが言ったでしょう? このコサージュをつけている者は、テヤンディの家族と見做す。テヤンディが近くにいない状態でも、コサージュをつけている間は、どんな貴族だって手出しできない」


「……」


「それでも嫌だって言うなら、別にいいよ。欲しいって人は、いくらでもいるから」


「――っ!」


 はっ、とアニーさんの目が見開く。

 今のところ欲しいと言う人はいない。これは、私のただのハッタリだ。

 だけれど、私は貼り付けた笑顔のままで、アニーさんに続ける。


「伯爵家の人からすれば、自分より下の身分って子爵家しかいないんだよね。侯爵家のご令嬢にいじめられる伯爵家のご令嬢にいじめられる子爵家のご令嬢、って感じかな?」


「あ、あ……!」


「でも、皆がコサージュをつけたらどうする? つけていないのがアニーさんだけになったら、彼女らの矛先ってどこに行くのかな? 私? 何か言われたらすぐにテヤンディに言っちゃうよ。私、ちゃんとコサージュの貸出料は払ってるからね」


「ひ、ぃ……!」


 最悪の未来を想像して、アニーさんの顔が真っ青になった。

 今、ひどい差別を受けている者が皆、コサージュをつけたらどうなるか。伯爵家のご令嬢が見下し、いじめる相手は誰になるのか。

 いや、むしろ。

 今まで仲間だったはずの子爵家のご令嬢すら、自分を差別する。

 まともな頭をしていれば、そこまで考えは及ぶはずだ。


「は、払いますっ……! な、七日で、銀貨三枚、ですよねっ!」


「うん。それじゃ、明日中に銀貨三枚を用意しておいてくれる? 何なら、今日でもいいけど」


「あ、あの、実家に、銀貨を送ってくれるように、言いますから……そ、その、数日、待ってもらっても……?」


「あ、そう? うーん……」


「だ、駄目、ですか……?」


 悩んでみせる。

 多分今、銀貨は手元にないだろう――それは考えていた。だから実家に連絡して、銀貨を送ってもらう形になるだろう。それは想定の内だ。

 でも、だからといって、コサージュを今回収するのは得策じゃない。

 私は、味方だ。そう思わせる。


「じゃあ……そうだね、アニーさん」


「は、はい……!」


「本当はね、テヤンディに言われてるんだ……銀貨をちゃんと出せない相手には、絶対にコサージュを貸すな、って」


「で、ですけど……!」


「だから、銀貨と引き換えに渡す形になるんだけど……」


「か、必ず、払いますからっ! どうか、待ってくださいっ!」


 言われてはいないけど、悩む素振りをする。

 私はアニーさんの味方だ。だから、ちゃんと助け船を出す。


「分かった。そこまでアニーさんが言うなら、信じるよ。それまでの代金は、私が立て替えておくから……すぐに、用意してね?」


「ほ、本当、ですか?」


「うん。ただし、帳簿の上では今日からつけさせてもらうから、次はちゃんと七日後に回収するからね」


「わ、わかりました!」


 頷き、アニーさんが嬉しそうに食事を始める。

 もぐもぐと嬉しそうに食べながら、「ああ、美味しい……!」と感動している様子を、にこにこと見守って。

 彼女が食べ終わるまで、私は手元の食事には手をつけなかった。


「今日は、ありがとうございました。あなたのおかげで、これからの学院生活、頑張れそうです」


「お礼なら、私よりテヤンディに言ってね。私はただ、代理で管理しているだけだから」


「分かりました」


 アニーさんが立ち上がり、食事のトレイを厨房に返す。

 そして私に一礼して、食堂を去っていった。

 これで一つ、と。

 ふぅ、と小さく嘆息して。

 私は再び、顔に笑顔を貼り付けた。


「メアリーさん、どうぞこちらへ」


「あ、あの……わたくしは、倉庫の中で食事をしろと……そう言われているのですが……」


「とりあえず、ちょっと私の話を聞いてくれるかな?」

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