第25話 王宮へ
「どうした、テヤンディ」
「いいえ……ちょいと気乗りしねぇことを言われたもんで、戸惑っているだけでさ」
「気持ちは分かる。だが、俺も同席はする。心配はするな」
ジェラルド王子の言葉に対しても、渋い顔をしているテヤンディ。
何故、そこまで嫌がっているのだろうか。ジェラルド王子は婚約者であるわけだから、その母君とは仲良くしておくべきだと思うのだけれど。
でも、よく考えるとジェラルド王子って王子様であるわけだし、その母上ということは王子の母。つまり王妃様だ。
え。王妃様が直々にテヤンディを呼びつけるって、なんかすごい。
「ジェラルド王子」
「ああ」
「ちょいと今、あたしらはシノギの話をしてましてね。もう少し煮詰めたいところなんですよ」
「そうか。ならば少し程度なら待つ。それまでに終わらせろ」
「……へぇ」
テヤンディの言葉に対しても、冷徹なまでにそう告げるジェラルド王子。
遠回しにテヤンディは、「王妃様には会いたくないからちょっと後日に」という拒否をしていたと思うんだけど。通じていないのだろうか。
いや、多分通じているのだろうけれど、ジェラルド王子も譲らないということだろう。
それだけ、王子にとっても母君の命令は絶対――。
「んじゃ、ちょいと申し訳ありませんが皆さん」
「……」
「ユーミルさんに、ひとまず『白薔薇のコサージュ』作りを任せます。経費はまた、領収書の方をあたしに提出してください。エイミーさんは、この食堂関連の裏がないか当たりをつける仕事を任せてもいいですかい?」
「う、うん!」
「裏ですか?」
ユーミルさんが頷き、エイミーさんが首を傾げる。
裏がないか――それは一体、どういう意味なんだろう。
「本来提供される食事の内容と、倉庫の中で提供される食事の内容から考えるに、本来かかる食費を水増しして報告してんじゃないかとね。誰がこのあたりの予算を管理して、誰がそのあたりを統括してんのか、調べてもらえます?」
「……なるほど。この一件の責任者が誰になるのか調べるということですね」
「ええ。場合によっちゃ、ハイ出しをかけてもいいでしょう」
「分かりました。私もそれほど交友関係が広くはありませんが、尽力しましょう」
「よろしくお願いしますよ」
そしてテヤンディは、次にベアトリーチェさんに目を向け。
「ベアトリーチェさんは、お知り合いに高位のお貴族様はおられますかい?」
「む……知り合いか? 最も高い位で、侯爵家のご令嬢ならば知っているが」
「でしたらその方に、ちょいと渡りをつけてくだせぇ。『白薔薇のコサージュ』について、ナシつける機会が欲しいですからね」
「分かった。テディの都合がいい日取りに、話ができるように調整しよう」
「お願いします」
そして最後に、テヤンディは私を見る。
ユーミルさんにもエイミーさんにもベアトリーチェさんにも、出した指示は仕事のことだ。私には、一体何ができるのだろう。
そう、ごくりと唾を飲み込んだ私に、テヤンディが告げたのは。
「リリシュさん」
「う、うん」
「ちょいと申し訳ありませんが……あたしと一緒に来てくだせぇ」
「…………え?」
一瞬だけ放心してしまう。
テヤンディが、何を言っているのか分からなかった。
「王妃様は、難しい方でさ。従者の一人も連れていないと、それで責められるかもしれませんからね……申し訳ありませんが、王妃様の前でだけ、あたしの従者になってくだせぇ」
「え……あ、う、うん。わ、分かった」
「そんじゃ皆さん、任せましたよ」
テヤンディが立ち上がる。それに伴って、私たちも立ち上がる。
私は、何故か従者として一緒に行く羽目になってしまったけれど。
それでも。
この国を統べる国王の伴侶、王妃様に会える――それが少しだけ、楽しみだった。
「通るぞ」
「は、はっ! 殿下!」
ジェラルド王子、テヤンディ、私の三人で王宮の入り口に到着した。
正直、どうして私がここにいるのか謎極まりないけれど、今の私はテヤンディの従者だ。あくまで主人に従う従者として、一歩退いた位置にいる。
もっとも、そんなテヤンディは物凄く嫌そうな、気乗りしない様子だったけど。
「はぁ……しかし、王妃様は性急すぎやしませんかい? あたしは昨日、この国に来たばかりなんですけどね」
「そもそも本来、お前の方から挨拶に来るのが筋だろうが。息子の婚約者が来ているというのに、挨拶の一つもないというのは不義理が過ぎる」
「そりゃその通りなんですがね……あたしとしちゃ、落ち着いてからご挨拶に向かおうと思っていたんですよ」
「面倒なことは先に済ませておくに限る。世の真理だ。覚えておけ」
ジェラルド王子の言葉に、はぁぁぁぁぁ、と深い溜息を吐くテヤンディ。
そんなにも嫌なのだろうか。
「おっと……ここだな」
そんな風に、ジェラルド王子を先頭にして王宮を歩いている途中で、止まる。
私はここに来るまで、「わぁお、あの調度品高そー」とか「絨毯ふかふか。敷くのにいくらかかるんだろう」とか「飾ってる鎧って何の意味があるのかなー」とかどうでもいいことばかり考えていた。
ふぅーっ、と大きくテヤンディが息を吐いて。
「構わんか、テヤンディ」
「ええ、いいですよ」
「では……母上、失礼いたします」
ぎぃっ、と扉が軋む音と共に。
ジェラルド王子が豪奢な扉を開いた、その先に。
廊下の調度品など捨て置いていいほどの、目が眩むような部屋があった。
「よく来たわね、ジェラルド」
「ええ。テヤンディを連れてきました」
対になった革張りのソファと、その間に置かれた大理石のテーブル。
そのテーブルの上に置かれているティーセットは、恐らく一流の職人が作り出したものなのだろう。
照明は輝くような水晶のシャンデリア。壁にかけられたランプの一つ一つが、精巧な技術をもって作られた芸術品である。
そして、そのソファに座る、年齢を感じさせない美しい女性の姿。
「久しぶりね、テヤンディ。会えて嬉しいわ。お座りなさい」
この方が。
グレイフット王国を統べる国王、その隣にいる伴侶――王妃マリアベル・グランヒラ・グレイフット。
そんなマリアベル王妃に対して、テヤンディは軽く頭を下げ、ちょんとスカートの端を摘まみ。
まるで普通のご令嬢のように、挨拶をした。
「ご無沙汰をしております、王妃様。わたくしも、お会いできて嬉しく思いますわ」
「ありがとう、可愛いテディ」
そんな姿を見て、私が思ったことは一つ。
誰、このご令嬢。
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