第24話 今後の指針

 話が一段落し、全員が食事を終えた。

 私は自分に用意された分と、ベアトリーチェさんが分けてくれたものを食べてご満悦である。いや、別にベアトリーチェさんがくれた分、そんなに多くはなかったからね?

 私、別にそんなに食い意地張ってるわけじゃない。多分そう。


「しかし、ベアトリーチェさんは随分いい体格をしていますねぇ」


「ああ……まぁ、鍛えているからな。我が家は武門の名家だ。今まで将軍を八人輩出しているがゆえに、末娘のわたしも相応に鍛えられた」


「ベアトリーチェさんがいりゃ、どんな出入りも勝てる気がしますよ。あたしは、口先だけは回りますがケンカに関しちゃてんで駄目でさ」


「階段では、随分と大きなことを言っていた気がするが」


「ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやろうかぁ、ですかい? ありゃ常套句みたいなもんですよ」


 ベアトリーチェさんにそう答えながら、ケタケタと笑うテヤンディ。

 エイミーさんは無表情のままでお茶をすすり、ユーミルさんは居心地が悪そうに体をもじもじさせている。

 私も黙ったままで、とりあえず話を聞くだけだ。特に何もすることないし。


「それで、テディ」


「はいな、エイミーさん」


「白い薔薇のコサージュは、どうやって作るのですか? 業者に頼むのならば、加工費だけでも初期費用がかかりそうな気がしますけど」


「あー……それは考えてなかったですねぇ。まぁ月額で貰う形にしますし、多少足が出ても問題はないですがね」


「しかし、その費用をまずどうするかが問題ですが……」


「あ、それなら私が作ろうか?」


 エイミーさんの言葉に対して、口を挟むのはユーミルさんだ。

 お茶を飲みながら、そう何気なく言ったユーミルさんに対して、全員の視線が集まる。そう全員の視線を浴びたからか、一瞬びくっ、とユーミルさんの肩が震えた。


「え……わ、私、へ、変なこと言った……?」


「ユーミルさん、コサージュ作れるの?」


「え、あ、うん。うち、そんなに裕福じゃないから、よく内職とかしてたんだけど……」


「気持ち超分かる……」


 ユーミルさんのところも子爵家だし、うちの実家も子爵家だ。

 子爵家なんて、正直爵位を持ってるだけの平民みたいなもんだよね。私は内職とかしてなかったけど、家のことはほとんど私がやってたし。


「ですが、白い薔薇のコサージュですよ。まず薔薇を用意しなければいけませんが……」


「……わたしはコサージュというものに詳しくないが、生花を使用するのか? それだと枯れてしまうと思うが」


「それは……ドライフラワーにしてみては?」


「それだとすぐに傷むし、半年程度しか保たないと思う。密封された容器の中なら数年程度保つだろうが、外気に触れる状態でしかも持ち運ぶとなれば、ドライフラワーはそれほど長持ちしない」


「そうなんですか……知りませんでしたね」


 エイミーさんとベアトリーチェさんの会話を、交互に聞く。

 ベアトリーチェさんが、案外ドライフラワーについて詳しいことに驚いた。そういえば、趣味が家庭菜園とか言ってた気がする。案外女子力高めなのかもしれない。

 そんな二人の会話に対して、ユーミルさんがおろおろしながら。


「そんなことしなくても、布で作るけど……」


「作れるんですかい?」


「え、あ、うん。白い薔薇だよね? 互い違いに白い布を重ねて、薔薇っぽい飾りにすることはできるけど……」


「おぉ……」


 ユーミルさん、手芸力が高いようだ。

 でも確かにそれなら、大した初期費用はかからない気がする。コサージュにするための金具代や布代はかかるだろうけれど、それだけだ。正直、私のお小遣いでも買える程度の値段である。

 なるほど、とテヤンディが手を叩いた。


「そいじゃ、コサージュはユーミルさんにお任せしましょう。デザインの方も、ユーミルさんのセンスに任せます」


「えっ……い、いいの?」


「ええ。試作品が仕上がったら、あたしに見せてください」


「う、うん、分かった」


 テヤンディの言葉に、そう頷くユーミルさん。

 白い薔薇のコサージュという話だったから、どう用意するのか疑問だったけど、ユーミルさんが作ってくれるのなら大丈夫かな。


「とりあえず、考えてるデザインなんだけど……」


「ふむ、なるほど……」


 あれ。

 なんか私、この面々の中で一番役に立ってない気がする……?











 会話をしているうちに、食堂から次々と人がいなくなっていった。

 私たちも、食器は既に洗い場の方に戻している。全員、お茶のカップだけ手元に置いている状態だ。でも割と話が盛り上がって、なかなか帰ろうという雰囲気にならない。

 そろそろ帰って、荷物の整理とかしなきゃいけないなー、と思いつつ。


 ざわっ、と。

 人の少なくなった食堂の入り口に、ざわめきが走った。


「えっ……!」


「おや……」


「ふむ」


「あっ」


「おっと……」


 ユーミルさんが驚きに声を上げ。

 ベアトリーチェさんが訝しげに眉を上げ。

 エイミーさんが落ち着いた様子でお茶を口に運び。

 私は改めて、絵姿よりも格好いいそのお姿に驚いて。

 テヤンディは――ばつが悪そうに、頬を掻いていた。


 そんな食堂の入り口にいたのは、今朝見たばかりの姿。

 食堂に残る数少ないご令嬢たちの秋波を受けながら、それを華麗に受け流してこちらへ歩いてくる――ジェラルド王子。

 その表情は、僅かに不機嫌で。


「お、王子様……! ジェラルド王子様が、こちらに!?」


「落ち着け、ユーミル嬢」


「今後、慣れますよ。学院は、王族も通っていますからね」


 慌てているのはユーミルさんだけらしく、ベアトリーチェさんもエイミーさんも落ち着いている。

 私も最初に見たときには、かなり焦ったんだけどな。やっぱり、伯爵家以上の家格となると王族と会うことも多いんだろうか。

 かつかつと靴音を鳴らして、ジェラルド王子はこちらに近付いてきて。


「テヤンディ」


「あー……ええ、どうも、ジェラルド王子」


「友人ができたようだな。何よりだ。彼女をよろしく頼む」


「はっ、はひっ!」


「で、だ。テヤンディ」


「へぇ……」


 ジェラルド王子から、目を逸らすテヤンディ。

 そういえば今朝、昼休みくらいは来いって、そう言ってたような……。


「昼からは休みだろう。母上が会いたいと言っている。一緒に来い」


「やっぱりそうですかい……」


 そんなジェラルド王子の言葉に。

 テヤンディは、物凄く嫌そうに大きな溜息を吐いた。

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