第23話 閑話:エイミー・オストワルド

「そんじゃ、あたしらの組は『白薔薇組』とでも発しましょう。組長はあたし、若頭はリリシュさんに任せます」


「若頭? どういうこと?」


「二番目に偉ぇ役職ってことですよ。ま、あたしらは家族みてぇなもんだ。皆さんは、あたしを呼ぶときにはテディ、もしくはオヤジと呼んでくだせぇ」


「え。どうして私が二番……?」


 テヤンディの決めた、突然のそんな言葉に戸惑うリリシュ。

 そして、よく分からないと食事を頬張るユーミルと、我関せずとばかりに黙しているベアトリーチェ。

 エイミー・オストワルドはそんな、どこか違和感を覚える五人の中にいた。


 今日初めて会ったばかりの面々ではあるが、テヤンディのどこか特殊な人懐こさ、壁を作らない性格のために、エイミーはここにいる。本来、テヤンディはゴクドー公国の公女様であり、エイミーたちからすれば『殿下』と敬称をつけなければならない相手だ。

 だというにも関わらず、テヤンディはエイミーたちを家族だと言い、組を作りこれからシノギ――仕事を行っていくのだと言う。その態度はまさに、エイミーの知っているゴクドー公国の『一家』である。

 その一人となれたことを嬉しく思いながらも、表情に出すことなくエイミーは一口、用意されたお茶を啜った。


「実際に行ってみないと分かりませんが。倉庫の中にはどれくらいの人がいるんでしょうかね?」


「えっと……わたしが朝に確認したときには、五十人くらいはいたと思うけど……」


「ってことは、昼にあたしらが食堂にいるだけで、銀貨五十枚の儲けってことになりますね。一家を養うには、さすがに少ねぇ金額でさ。他にも何か、シノギを見つけなきゃいけませんね」


「その、前から疑問なんだけど、シノギって……」


 テヤンディ、リリシュ、ユーミルたちの言葉を聞きながらエイミーは、薄く笑みを浮かべた。


 エイミーの生家、オストワルド伯爵家はグレイフット王国の西端に小さな領地を持つ貴族家だ。

 そしてグレイフット王国の西に存在するのがゴクドー公国であり、立地としては最も公国に近い地と言っていいだろう。それゆえに、エイミーが子供の頃からゴクドー家の商人が領地へやってくることも多かった。そのため、恐らくこの王都では不思議に思われるゴクドー公国の立ち振る舞いも、ある程度知っている。

 テヤンディが自己紹介の際に切った仁義、そしてエイミーの仁義の返し――それが、エイミーが幼い頃から親しくしているゴクドー公家の御用達商会、メーヨ商会の長女であるタリーから教わったものだ。

 そのとき、エイミーは思った。

 なんて、格好いい文化があるのだ、と。


「エイミーさん、どう思います?」


「ええ。ケツモチから始めるのであれば、まず後見という形を『白薔薇組』の生業にしてはどうですか? 食堂の一部を、縄張りシマという形にしてみては」


「なるほど。ただ、そうなると向こうさんとやり方が同じになっちまいますね」


「子爵家以下の身分に対する庇護を与えるならば、同じように伯爵家にも与えてみてはどうでしょうか。どうしても、公爵家や侯爵家のご令嬢たちからすれば、伯爵家の者も同じように差別の対象になりますから。虐める相手がいなくなれば、次の対象は伯爵家になるでしょう」


「ほほう……あたしらが子爵家の生徒を守ることで、その差別対象が伯爵家になるかもしれねぇ、ってことですか」


「ええ」


 テヤンディの言葉に対して、流暢に答えるエイミー。

 恐らく、テヤンディの言葉の端々を理解できるのはエイミーだけだ。何故なら、タリーに色々教わって以降、様々な文献でエイミーはゴクドー公国の文化について調べたのだから。

 仕事を『シノギ』と言い、独特な価値観を持って活動する『一家』。その集合体が、ゴクドー公国だと言っていいだろう。

 その文化に憧れ、調べ、ひたすらに研究した。

 結果こうして、エイミーはテヤンディという、まるで運命すら感じる相手に出会ったのだ。


「ですが、伯爵家の連中を相手にするには、さすがにちょいと駒が足りねぇ気がしますね。リリシュさんやユーミルさんじゃ、子爵家ってことで舐められちまいそうです」


「……ふむ。ならば、その矢面にはわたしが立とう。例え暴力沙汰になったとしても、わたしならば相手をする自信がある」


「ベアトリーチェさんは、実に頼もしいですね。よろしく頼みます。ですが、まだ絵図の段階ですからね。実際の白い薔薇のコサージュを貸し出して、効果が見えてきてからやってみましょうか」


「そのときは、いつでも言ってくれ、テディ。わたしは、おまえを家族と思っている」


「あたしもですよ」


 ゴクドー公国において、『一家』とは家族だ。

 そこに血の繋がりがなくとも、盃を交わせば彼らは兄弟であり、親子なのだ。そしてその縁は、血の繋がったそれよりも重い。

 盃を交わした兄弟のためならば、死すらも厭わない――それが『一家』にいる者の矜持であるのだ。


 ぞくりと、背中が震える。

 今、エイミーは憧れ続けた『仁義なき争い』、『ゴクドー侠客伝』、『残侠伝・博徒心中』、『ゴクドーの妻たち』――様々な任侠物語の、その中心にいるような感覚だ。

 これから、テヤンディを中心にして、エイミーたちはグレイフット王国に任侠の道を示すのだ。これから大陸に伝説を残す『白薔薇組』の、その始まりの地に存在するのだ。大いなる物語の、まだ序章に過ぎないのだ。


 思えば初日、生徒会長に対して「仁義がねぇ」と告げたテヤンディの姿。そして、偉そうな生徒会長をやり込めた気風。

 階段から落ちそうになったリリシュの、足を引っかけた相手に対して告げた「ここにいる全員、ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやろうかっ!」という言葉。

 そして何より、自己紹介の際に切った、見事なまでの流麗な仁義。 

 あれを聞いた瞬間、彼女は「ほわあああああ! しゅきぃぃぃぃぃ!!」と心の中だけで叫んだ。超叫んだ。


 うふふ、うふふ、と意図せず笑みが漏れる。


「あの……エイミーさん? どうなされたんで?」


「……いえ、別段。失礼しました。少しばかり思い出し笑いを」


「エイミーさんも笑うんですねぇ……いや、失礼。まぁ、次のシノギについて考えるのはまだ先だ。今のところは、倉庫の連中のケツモチを、まず成功させましょう」


「ええ」


 エイミー・オストワルド伯爵令嬢。

 冷静沈着な美人に見える、そんな彼女の本質は。


 任侠物語の、そしてテヤンディの大ファンである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る