第21話 シノギ

「……ふむ。皆が皆、幸せに金を得る、ですか」


 テヤンディの言葉に、まず口を開いたのはエイミーさんだった。

 どことなく懐疑的な感じで眉を寄せるエイミーさんに、テヤンディはにやりとシニカルに笑みを浮かべる。このタッグなんかこわい。


「ええ。そのまんまですよ」


「結局、誰かから搾取をしなければ金というのは手に入りません。金は天下の回りものですが、水と違って下から上に流れるものでしょう」


「その通りですね。反吐が出そうな事実です」


「ゆえに、テヤンディ嬢の言葉は詭弁にしか感じません。一体どういうことか説明してもらいましょうか」


「ええ、勿論です」


 そんなエイミーさんの威圧に対して、飄々と受け止めるテヤンディ。

 ベアトリーチェさんはそれを静観しつつ、私とユーミルさんは食事を続ける。目だけでユーミルさんと、「この魚ちょー美味しい」「こっちのサラダもちょーおいしいですよ」「ドレッシング最高」という会話が成り立っていたりする。そんな私の昼食のプレートは、もう数口も食べれば終わってしまう。

 もぐもぐ。あ、終わっちゃった。


「あたしは、最初から疑問でしてね。向こうの倉庫の中じゃ、子爵家以下の家柄の娘が昼食を摂ってんですよ」


「そうですね」


「ねぇ、ユーミルさん」


「ふぁ、ふぁひっ!?」


 いきなり話を振られたからか、そう思い切り驚くユーミルさん。当然、その口の中は食事でいっぱいである。

 きょろきょろと周囲を窺ってから、まるで助けを求めるように私を見る。ごめん。私何の役にも立てない。

 私はただ、食後の一服にほぅ、と息を吐いた。お茶うまー。


「リリシュさんは、最初からあたしと一緒でしたからね。向こうの食事のこたぁ、よく知りませんが」


「え、あ、はい……」


「向こうの食事は、こっちよりも数段は落ちる。その認識は間違っちゃいませんかね?」


「……はい」


 テヤンディの言葉に、そう頷くユーミルさん。

 そもそも最初に、生徒会長が言っていたことだ。子爵家以下の家柄の者に対しては、別途に食事を用意させる――つまり、内容は今食べ終わったこの昼食とは、比べものにならない代物だということだ。

 そうでなければ、私がここで美味しいごはんを食べられることをユーミルさんに伝えても、あんな風に簡単に心変わりなどしてくれなかっただろう。


「あたしは、その……今日の朝しか食べてないんですけど」


「ええ」


「パンはかちかちで、かなり古いものが一人一つ。それに、野菜を煮ただけの薄味のスープがついていました。あとは、牛乳が一人一杯まで。それだけです」


「……リリシュさん。今朝の、こっちの食事は?」


「ふわふわの白パンが一人二つ。小瓶に入ったジャムは苺味。スクランブルエッグにベーコンのソテー、生野菜サラダにプチトマト。一緒についてたのはじゃが芋の冷製ポタージュに、果物の盛り合わせ。めちゃくちゃ美味しかったよ」


「なんでそんないいもの食べてるんですか!」


「私は朝からこっちだったからね!」


 ユーミルさんの怒声に、私も勢いよくそう返す。

 本当に、実家で出た食事に比べれば、この学院は天国だと思えるくらいに食事の質がいいのだ。ちょっとお肌もつやつやしてきた気がする。

 でも、ユーミルさんの言った食事内容を考えると、地獄だ。私ももし、初日にテヤンディと出会っていなかったら、そんな食事を三年間与えられてきたのだろう。

 まるで、奴隷に与えられるような食事を。


「まぁ、けんかはよしてください、お二方」


「……い、いえ。けんかしているわけじゃ」


「うん、大丈夫。テディ」


「でしたら結構。この状況、どう思いますか? お二方」


 そう言って、テヤンディが見るのはエイミーさん、ベアトリーチェさんの二人だ。

 なるほど、と目を伏せるエイミーさんに、ふむ、と眉を寄せるベアトリーチェさん。私にはこの二人の考えがさっぱり分からないけれど、テヤンディには分かっているのだろうか。

 そこで、まず口を開いたのはベアトリーチェさん。


「悪いが、テヤンディ嬢」


「ええ、ベアトリーチェさん」


「残念ながら、わたしはあまり頭が良くない。その……テヤンディ嬢の言うところの、『シノギ』とやら……わたしには、よく分からないというのが本音だ」


「そうですかい」


「だから、わたしは別段反対などしない。わたしはこうして、友人と共に食事を共にできることを嬉しく感じている。こうしてわたしたちが仲良く食卓を囲むことに、テヤンディ嬢のいうところの『組』だの『シノギ』だのが必要であるならば、わたしはそれを手伝うこと、吝かではない。わたしのことは、存分に利用してくれ」


「なるほど」


 ベアトリーチェさんの長い言葉に対して、そう頷くテヤンディ。

 見た目から、物凄く怖い人だと考えてしまっていたけれど、ベアトリーチェさんって実は物凄く優しい人なのだろうか。

 こうやって食卓を囲むのが嬉しい……私正直、自分が美味しいごはんを食べることに必死だった。みんないっぱい残ってるけど、私の食事はもうなくなっちゃったし。

 とりあえず、うん。

 お茶のおかわりを注いでこようかな。


「まず、ベアトリーチェさん」


「ああ」


「あたしはさっきも言ったように、組を作るつもりですよ。そんでもって、ベアトリーチェさんにはあたしの弟分になってもらう」


「……妹ではないのか?」


 ベアトリーチェさんの、至極真っ当な疑問。私もそれ思った。

 でもテヤンディは華麗にスルーして、ベアトリーチェさんに鋭い視線を向ける。


「だからあたしは、ベアトリーチェさんのことも、家族だと思ってんですよ。まだ盃を交わしてねぇ段階ではあっても、ここで既にあたしらは心の友だ」


「……それは、ありがたい言葉だが」


「んでもって、あたしは家族を、友人を利用するつもりなんざない。ベアトリーチェさんにシノギをしてもらうにしても、それはあたしらで共に納得し合ってのことですよ」


「……ああ」


「ですから、あたしからも一つ願います」


 テヤンディは、悲しそうにベアトリーチェさんを見て、それから、告げた。


「てめぇを、まるで道具のように言わねぇでください。あたしにとって、ベアトリーチェさんは家族であって友人だ。今までどう扱われてきたか、あたしにはそんなもん関係ねぇ。あたしにとって、ベアトリーチェさんは可愛い弟分ってことでさ」


「……ありがとう、テヤンディ嬢」


 ずずっ、と僅かにベアトリーチェさんが鼻をすする音。

 テヤンディの言葉が、彼女の中で響いたのだろう。

 そして、気恥ずかしさを堪えるようにベアトリーチェさんが周りを見て。

 私のランチプレートに、目をやった。


「おや、リリシュ嬢。もう食事がなくなっているじゃないか。わたしの分で良ければ分けてやろう」


「ありがとうベアトリーチェさん!」


「……リリシュさん、本当にそれでいいんですかい?」


 うん、大丈夫。

 今後はまぁ今後考えるとして、今一番考えるべきは、美味しい食事のこと!


「それで」


「ええ、エイミーさん」


「テディの考えている絵図を、教えてもらえますか? これから、どういったシノギをやっていく予定なのか」


「簡単ですよ」


 エイミーさんの言葉に、テヤンディは頷いて。

 そして、ちっちっちっ、と指を振った。


「ちょいと、白い薔薇のコサージュを借りてもらおうと思いましてね」


「……?」


 うん。

 ごめん、意味が分からない。

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