第19話 女子会

 食堂。

 既に昼過ぎということで、授業を終えた生徒たちがここに集まっていた。昨日見たときよりも人数が多く感じるのは、恐らく二年生や三年生も集まっているからだろう。

 四つの鐘が鳴ってもう結構な時間が経つし、既に食事を終えている生徒も多かった。


 そんな中で、テヤンディを先頭に食事のトレイを持って並ぶ。

 だけれど、そんな私たちの中で驚いたように、私の手をとった者がいた。


「あ、あの、リリシュさん!」


「え……どうしたの、ユーミルさん」


「私たちは、こっちに行かないと駄目ですよ!」


「あ……あー、ええと」


 そう言ってユーミルさんが指すのは、食堂の向こう――倉庫だ。

 先程から、何人もの生徒が中へと入っている。恐らく、子爵家以下の家柄の娘なのだろう。そして私も、本来ならばその中へと入らなければならない。生まれた血は絶対――それが、王国の流儀であるのだから。

 だけれど――。


「ユーミルさん」


「は、はひっ! テヤンディ様!」


「あたしのことは、テディで結構。それから昨日、あたしがその風習に真っ向から文句を言ったのはご存じで?」


「そ、それは……は、はい」


 テヤンディの言葉に、小さく頷くユーミルさん。

 生徒会長――ユーリ・イストランド公爵令嬢に対して、真っ向から喧嘩をふっかけたのだ。覚えていない方がおかしいだろう。

 それに加えて、今朝は王子殿下も「食堂の席など気にしたことはない」と言っていた。私としては、あの時点でこの食堂を利用するのは平等であると勝手に考えていたのだけれど。

 私の考えていた以上に、身分に対する考えというのは根深いらしい。


「あのときも言いましたが、身分で食うメシが違うなんておかしい話でさ。この国の王子でさえ、食堂の席なんざ気にしねぇってんだ。あたしらみてぇな人間が、気にしたところで意味などありゃしません」


「で、でも……」


「それに、あたしらに文句を言える奴がいるってぇなら見てみたいもんでさ。ねぇ、ベアトリーチェさん」


「……何故、わたしを見るのだ?」


 テヤンディから話を振られたベアトリーチェさんが、僅かに眉を寄せる。

 でも確かに、ベアトリーチェさんの迫力は凄い。身分どうこうじゃなく、その造形から放たれる圧だけで誰にでも勝てそうな気がする。

 私はただ、ユーミルさんの肩をぽん、と叩いた。


「えっと、ユーミルさん」


「は、はひ……」


「テディは、私たちのことを、身分なんて関係なく見てくれる人だよ。子爵家でも、公爵家でも、テディの前では一緒」


「で、ですけど……」


「誰でもない、公国の公女様が私たちの味方なんだよ。文句を言えるのは王族くらいだよ。だから、安心して」


「でも……」


 テヤンディの身分は、公女様だ。そしてこの場で、テヤンディを超える身分の者はいない。恐らく王族ならば文句を言えるだろうけれど、その王族である王子が、テヤンディの婚約者なのだ。

 軽々にテヤンディを敵に回そうという輩はいないだろう。


「ただ、ユーミルさん」


「……はい」


「ユーミルさんが、どうしても向こうに行きたいって言うなら、止めない。誰だって、諍いを起こすのは嫌だもんね。私も、最初はそう思ってた。だから、倉庫に行こうって、そう思ってたんだ」


「……ええ」


「でも、ね」


 ごくり、とユーミルさんが唾を飲み込む。

 そして私は、言った。そのトレイに乗せられた、昼食を指して。


「こっちに並べば、美味しいものが食べられるんだよ!」


「私こっちに並びます! 身分なんて知りません!」


「……それでいいんですかい?」


 当たり前。

 身分云々、トラブルどうこう、そんなものより美味しいごはんである。

 嬉々として私たちの後ろに、ユーミルさんも並んだ。これで解決。


 そしてテヤンディの言う通り、誰も私たちが並んでいることに文句は言ってこなかった。

 今朝方、私に向けて文句を言ってきたご令嬢の姿も見えたけれど、それ以上は何も言ってこない。テヤンディにやりこめられたことと、ベアトリーチェさんの迫力が凄まじいからだろう。

 他にも遠巻きに見ている人たちはいたけれど、特に気にすることもなく私もユーミルさんも食事の提供を受けて、テーブルへと向かった。


「よいしょ、っと。いいとこ空いてましたねぇ」


「……そうですね」


「このように、友人と席を囲むというのは初めてだ。何か無作法があったらすまない」


「だ、大丈夫ですよ、ベアトリーチェさん。私も初めてですから」


「そうか、ならば良かった。ユーミル嬢」


 六人掛けの丸テーブルを、五人で囲んで座る。

 ベアトリーチェさんの体が大きいけれど、五人座っても十分な広さがある。頑張れば、八人くらいは座れるだろう。

 六人掛けであるのは恐らく、最初に言っていたルール――子爵家以下の者は別室に行く、という件があるからだと思う。それゆえに自然と、席の数が少なくなっているのだ。


 全員が、各々に食事を開始する。

 そのスプーンで一口肉を口に入れた瞬間、幸せが口に飛び込んだ。ああ、お肉柔らかい。お貴族様の食事素晴らしい。

 野菜も新鮮だし、お肉も柔らかい。パンもふわふわ。こんな食事、年に一度の誰かの誕生日くらいしか食べたことない。これが毎日のように食べられるなんて、幸せだ。

 ユーミルさんもその感覚は同じなようで、嬉しそうにパンを囓っていた。


「ところで」


 そこで、会話の口火を切ったのはテヤンディだった。


「エイミーさん、ちょいと聞こうと思ってたんですがね」


「……私? どうしましたか」


「いえ、見事な仁義の返しに驚いたんですよ。リリシュさんに仁義を切ったときには、ぽかんとされちまったもんで。エイミーさんが返してくれたことに驚きましてね」


「ああ……別に、それほど。親戚に、ゴクドー家に縁がある者がいるだけです」


「それじゃ、あたしとは遠縁の親戚筋ってことですか」


 エイミーさんの言葉に、驚いたように喜ぶテヤンディ。

 こうやって話すと、穏やかで大人しい人だと思う。あのとき、口上を返した人と同一人物とは思えないほどだ。


「……いえ。ゴクドー家のお抱えの商人です」


「ああ! もしかしてタリーの親族で?」


「タリーは私の従姉妹です。年に二度ほど会いますが、その際に教えてもらったんです」


「あの子の商会には、よく世話になっていますよ。また、あたしのことをよろしく言っといてくだせぇ」


「……ええ」


 いやー、なるほどー、と呟くテヤンディ。

 周りを囲む私たちにしてみれば、全く分からない人間関係だけれど。まぁ、そんなこと関係ない。ごはん美味しい。


「それで、ベアトリーチェさんの出自……アングラード伯爵家は、どこかに属しておられるんで?」


「属している、とは?」


「どこぞのお貴族のお抱えになっておられるんでって意味でさ」


「いや、そういうのはない。アングラード家は、代々武門の出だ。歴代の将軍を、八人輩出している」


「なるほど。そんじゃ、生粋の武闘派ってわけですね」


 テヤンディは一人で何やら納得をして、次にユーミルさんに目を向けた。

 ユーミルさんはそんなテヤンディの視線に気付くことなく、うまうまと食事を口に運んでいる。その気持ち、超分かる。


「ユーミルさん」


「うまうま……はっ!? えっ!? 私!?」


「ええ。ちょいと聞きたいんですがね。ユーミルさんのご実家は、イストランド公爵家に仕えているんでしょう?」


「えっ……あ、は、はい。そう、です」


「ユーミルさん自身は、どこかに仕えておられるんで?」


「えっと……」


 テヤンディの言葉に、ユーミルさんは顔を伏せた。


「私は……末娘だから、どこかに奉公に出る、予定、です。だから、どこかのご令嬢と親しくなれたら、そこの家で雇ってくれたらなって……」


「私と一緒。ユーミルさんもそうだったんだ」


「リリシュさんも、そうなんですか?」


「うん。どこかの家で就職できたらと思って、学院に来たんだ」


「なるほど。でしたら話は早ぇ」


 くくっ、とエイミーさん、ベアトリーチェさん、ユーミルさんの話を聞いて、テヤンディが頷く。

 そしてお茶を一口含んで、飲み込んで、告げた。


「皆々様に、提案がありまして」


「……提案?」


「ええ。あたしらで、組を作りましょう」


「……?」


 何かまた、テヤンディが分からないこと言い出した。

 私たち、既に一年C組なんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る