第176話 日常の終わり

その日も王城ではいつものように朝から政策についての会議がある筈だった。


 しかし会議室には王とインネレしかおらず、時間になっても誰一人現れない。


「何故誰も来ない? まさか余は時間を間違えたのか?」

「いいえ、王が間違える事などあり得ません。私もきちんと確認しております、既に会議の予定時間から十分過ぎています」

「何か起きたのか? しかしアルバートまで来ないというのは流石におかしいぞ。……っ!?」


 王が異変に気づくと同時に会議室のドアが勢いよく開き、武装した騎士団が入り王達を取り囲むように剣を向けた。


「そなた達……余に剣を向ける意味を分かっておるのだな」

「勿論、全て承知の上です」


 そう答えた副団長フィリップの剣に迷いは見えず、降ろす様子もない。

 しかし周りの騎士達には戸惑いが見られ、中には僅かとはいえ剣先が震えている者もいる。


「そなた達、まさか……」

「無駄な抵抗はされませんように。国を治めてきた者が醜く抵抗するなんてそんな無様な姿は見たくありませんし、最期は王らしく美しく散るべきだと思いませんか?」


 王が何かに気づいたようだったが、それを遮るように誰かが部屋へ入ってきた。


「ドミニク様……貴方が反乱を、王を裏切ったのですね!?」


 大臣の中で一番身分が高く、また最も優秀と言われているドミニク=シュヴァーベン。

 王相手に真正面から立ち塞ぎ、インネレに睨まれ責められても全く表情を変えていない。


「裏切り、確かにそうですね。ですがこれも国の未来の為ですよ」

「何を……!」

「インネレ」


 激昂しかけているインネレを黙らせ王はドミニクの目的を理解しているのか言葉を続けた。


「そなたの目的は戦争であろう。以前からそなたは他国が武力を高め侵攻をちらつかせる度に同じく武力で立ち向かうべきだと主張してきた。だが余はそれを良しとせず防衛力と交渉でそれを避けてきた。それが原因で一部の国から余の国は武器を見せれば簡単に従う弱小国と勘違いされているのが許せぬのだろう」

「そこまで理解していながら何故……! っ、他国から自国が見下され嘲笑されているのに何の対応もしない腑抜けた王などいりません。王とは他国からも恐れられる強い存在であるべきです」


 一瞬感情のままに叫びかけたドミニクだがすぐに落ち着いたもののその表情は変わらず冷たく、目は明らかに蔑んでいる。


「ドミニク、守る力と攻める力は全く違う。余の国の防衛力が高いのは地の利もあるからだ。仮に戦争を起こし他国に勝てたとしても得るものは少なく失うものの方が遥かに大きい。そんな大きな負担を国民達に負わせるわけにはいかぬ」

「それは分かっています。ですがそうやって守りに徹していれば国は徐々に周りに押されいずれ消滅します。そうなれば国民達の負担は比にならないでしょう」


 お互いの主張はどちらも正しく譲れるものではない、だからこそ静かな対立が続くもその静寂はすぐに破られた。


「ドミニク様、いつまでそうやってお喋りしているつもりですか。さっさと王の首を斬り落としてしまいましょう。貴方が出来ないのでしたら私が……」

「陛下!! ご無事ですか!!」

「がっ!?」


 別の大臣が現れ剣を抜き王に近づいたが、アルバートが壁を破り飛び込んできた。

 息は荒く所々顔に血がついているが返り血らしく、特に怪我はないように見える。


「遅くなり申し訳ありません! この場は私が引き受けますので陛下とインネレ・オルガーネ様は今すぐお逃げください! 南側はあらかた片づけています! 今ならそこから逃げられます!!」

「なっ、肝心な時に役に立たん奴らめ! おい、誰でもいいからさっさと王を殺せ!!」


 壁の向こうからは別の大臣が叫んでいるが、アルバートに殴り飛ばされ動かなくなった。


「陛下! 人が集まる前に早く!! 魔法妨害装置が発動している今ここは走って逃げるしかありません!!」

「う、うむ……アルバート! 胴体だ! 余は胴体へ向かう! そなたも必ず来い! これは命令だ! よいな!」

「陛下……承知致しました!」

「よし、行くぞインネレ!」

「はい!」

「させません!」


 逃げようとした王を捕らえようとしたフィリップだが、アルバートに遮られた。


「お前達の相手は私だ」

「アルバート様……いくら貴方といえどこの数を相手には無謀としか言えません。どうか大人しく投降してください、決して悪いようにはしませんから」

「フィリップ……心遣いには感謝するが、私に引くつもりは一切ない。たとえ家族を人質に取られているのだとしても、敵として立ちはだかるのならば相手にするだけだ」

「!! 私は……いえ、ならば私も本気で相手をするだけです」


 事情を察せられ動揺したフィリップだったが、落ち着く為に目を閉じ一度深呼吸をしてからアルバートに剣を向けた。

 開いたその目に躊躇いは見えない。


「王国騎士団団長アルバート=ホフマン、参る」


 その言葉と共にフィリップだけでなく周りの騎士や敵達が一切にアルバートに襲いかかってきた。

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