第173話 勝負の行方と勝者

「邪魔するぞ」


 そう言ってノックはしたが返事を聞く前にヴィルモントの執務室のドアを開けたのは四大貴族の一人クラウス、の弟クライス。


 机に向かい書類を作成していたヴィルモントは明らかに不機嫌になり眉間にも深いシワが入っている。


「返事をする前にドアを開けるな、礼儀を知らん無骨者が」

「俺がノックをして返事をした事がないだろう、なら待つだけ時間の無駄だ。それが嫌なら断るにしてもきちんと返事をしろ、常識だろう」


 チクリと嫌味を言えば即座に言い返され、ヴィルモントが握っているペンからミシッと不穏な音が小さく響いた。


「……見ての通り私は執務で忙しい。見て分からんからわざわざ聞いているのだろうが雑談ならば日を改めろ、事前に申し入れろ、飛び込みで来るな」

「事前に言っても許可しないから話をするにはこうして飛び込む以外にないな。それが嫌なら話を聞く姿勢を見せろ」

「今こうして手を止め会話をしてやっているというのに聞いていないように見えるのか、そんな目でよく今まで生き残れてきたものだ」

「これを会話と認識しているお前の頭でよく今まで生き残れたな」

「私を苛つかせる事しかしてこない奴の話など聞く必要がない」

「そうか。ところでここに来た時ダルマに迎えられたんだが母親として受け入れたのか?」


 いきなり話を変えられヴィルモントは片眉をしかめた。

 このまま意味のない会話を続けるようなら何の反応も返さずにいようとしたが、こちらが対応せざるを得ない事を聞かれては無視するわけにもいかない。


 何とも絶妙なタイミングで尋ねてきたクライスにヴィルモントは静かに怒りを堪えた。

 

「受け入れてはいない。ダルマの心を読む力は私以上に強く使えるので来客の選別と対応を任せる為に滞在を許し雇用しただけだ。そもそも私のお父様は存命中、私が勝手にダルマを母として受け入れるとややこしい事態になりお父様に多大な迷惑がかかる、二度と口にするな。これで満足したな? なら雑談はもういいだろう、さっさと帰れ」

「ああ、それじゃあ本題だ。ほら」


 そう言ってクライスは手に持っていた小さめの紙袋をヴィルモントの目の前に置いた。

 袋からは微かに薬草の匂いが漂い、とうとうヴィルモントのペンはバキリと音を立てて二つに折れた。


「何のつもりだ?」

「俺もドルドラとの試合を見ていたが最後の膝蹴り、あの体勢から察するに腰を痛めているだろう。あと膝も」

「お前の勘違いだ、節穴め」

「それなら今から食事でもどうだ。確か今期間限定で季節の野菜を使ったピザと果物のタルトを出している店があったな。お前だけだと全ては食べきれない上に期間内に複数回行くのは難しいだろう? 俺なら四枚は食えるし勿論口をつける前に切り分けるから上手くやれば一度で全ての期間限定メニューを食べる事が出来るぞ。勿論断っても構わないが、その場合は事の経緯を詳しく話してからクラウスを誘うが構わないな」

「…………」

「…………」


 無言で睨みつけるヴィルモントだがクライスも静かに見つめ続けているとやがて諦めたのか一つ息を吐いた。


「この程度で薬を使う程私はヤワではない。放っておいても数日で治る、分かったのなら薬も持って帰れ」

「そうか、この薬は医師のハーヴィーに頼んで早朝から薬草の採取を頼み調合してもらったものだからこのまま持ち帰ると使う者はいないから捨てるだけになるな。薬草もハーヴィーの労働も無駄になるが、使う者が誰もいないのなら仕方ないか」

「貴様……!」


 ヴィルモントは勢いよく立ち上がると、帰ろうとしているクライスの手から袋を乱暴に奪い取った。


「使えばいいのだろう、使えば!」

「そんな急に動くと悪化するぞ。今も急に立って痛いんじゃないのか」

「そうさせたのは貴様だ!!」


 そのまま怒りに任せ色々言うもクライスは特に気にした様子もなく、それがまたヴィルモントの怒りを増発させている。


「いつもだが今日は特にピリピリしているな。ああ、蹴られたドルドラより蹴った自分の方がダメージが大きくて後を引いているのが悔しいのか。まあ、一族最強と言われる鬼の肉体がただの蹴りでどうにかなるわけないか。そういえばあの試合の後子供達がドルドラを心配して飴やお菓子を渡していたぞ、あと早く元気になるようにと道端で摘んだ花も。……お前が理想とする一般市民や子供達から慕われる領主の姿そのものだったな、ははっ」

「笑うな!!」

「いや笑うに決まっているだろう、こんなにも見事な試合に勝って勝負に負けた奴なんて滅多に見ない。しかもドルドラは無自覚で勝利に微塵も気づいていないのがまた……ふ、ふふっ」


 そう言って笑いが堪えきれないクライスにヴィルモントは怒りで身体を震わせていたが、一度深呼吸をすると静かになった。


「?」

「そうやってお前の思い通りに動くと思うなよ。私はもうお前の相手はしない、薬は受け取った、きちんと使ってやるから早く帰れ」

「……そうだな」

「おお、間に合ったの!!」


 話が落ち着いた感じになると同時にドアが勢いよく開きダルマが入ってきた。

 手に持っている銀のトレーには白い陶磁器の可愛らしいティーポットにセットであろうカップが二つ、そしてクッキーの乗った皿が置かれている。


「……何の用だ」

「もてなしじゃ! 邪な心なく純粋にヴィルモントを心配して来てくれた友を歓迎して迎え入れるのは親として当然の事」

「!!」

「ほう」


 前触れなく本心を暴露されクライスは顔色を変え、ヴィルモントは勝機を得たと言わんばかりの笑みを浮かべた。


「それに自身の不調に気づき見舞いに来てくれた友の来訪を喜んでいるヴィルモントの為に少しでも長く居てほしいと願うのも普通の事であろう」

「…………」


 しかしこちらも同じく本心を暴露され一瞬で表情を無くした。


「来訪者が来た場合は妾がきちんと応対する故、こちらは心配せずお互い信頼している友との語らいを楽しむがよい。む、早速来たようじゃの。妾はこれで失礼する」


 そう言ってダルマはトレーを机に置くと最初に来た時と同じ勢いで外へと出て行った。


「…………」


 残されたヴィルモントとクライスの間に沈黙が流れる。


「何だったんだ、今のは……それにいつ心を読んだ?」

「私より心を読む能力に長けていると言っただろう。私と違い対面せずとも読め、更に城だけでなく世界中の生物の心の声が勝手に聞こえてくるらしい。一応制御は出来るようだが……」


 再び沈黙が流れる。


「あー……その、何だ。……仕事を手伝おうか」

「ああ……まあ……。……助かる……」


 その後どちらも一切口を開かず、ただひたすら黙ったまま書類を作成する静かな音だけが響いた。

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