第170話 ヴィルモントVSドルドラ
沈黙で満ちた闘技場の中、周りから騒音並みに強い視線を浴びていたドルドラは静かに立ち上がるとそのまま一気にヴィルモントの前まで飛び降りた。
「……言っておくがここは闘技場、謝罪も何も関係なく俺は本気で戦うぞ」
「何を当たり前な事を。まさかお前は相手と状況によって手を抜くという観客の信頼を裏切り対戦相手を侮辱するような事を行うというのか、成程だからそんな発言が出来るのだな」
「ぐっ……」
そんなつもりで言っていないのは誰が見ても分かるのだが、肝心のドルドラは一つ言っただけで十を言い返してくるヴィルモントに既に怯み何も言えなくなっている。
「ちょっと隣失礼するよ」
「え? ひっ」
「これはもう勝敗が決まっていないか?」
「ひいっ」
ヴィルモントが離れた事で内心ホッとしていた解説者は、今度はローラントとクラウスの二人に挟まれ小さな悲鳴をあげた。
二人は闘技場で売られているカップに入ったビールを手にしている。
「ヴィルモント、お喋りはそれぐらいで。戦う前から戦意喪失されては意味がないだろう」
「というより今ので大分やられている。そんな状態で勝ってもお前は満足しないだろう、早く試合を始めてトドメを刺してやれ」
「それもそうだな。聞こえているだろう、いつまでそうやっているつもりだ。さっさと始めるぞ」
二人に言われヴィルモントは珍しく素直に頷くとドルドラに向けて人差し指だけを立ててクイクイと招いた。
「お前……! いつものようにいくと思うなよ!!」
あからさまな挑発に乗ったドルドラはいきなり足元を殴りつけた。
その大柄で筋肉質な体躯から繰り出された打撃は周りの予想以上に強く、たった一撃で闘技場を砕き二人は地面へと難なく着地する。
「何だ、まさか私と揃って場外負けの引き分けにするつもりか?」
「そんな腑抜けた事を誰がするか! その口うるさい小言を封じ、この十秒でお前を倒し勝敗を決める!」
「……お前の口はこんな時でも余計な事しか言えんのか?」
「あいつ自分から戦略と弱点を晒しているぞ」
「うーん、一応ヴィルモントの罵詈雑言を止められているから一理ある、のかな」
ヴィルモントだけでなくクラウスとローラントからも呆れられているが、最初の口攻撃が相当効いていたのかドルドラに相手の表情を観察する余裕はない。
「あの、ドルドラ様は長期戦が苦手なのですか?」
そんな三人の様子に解説者が恐る恐るといった様子でローラントに話しかけた。
「いいや。普通に口喧嘩が……ヴィルモント限定で弱いんだよ。何せヴィルモントは次から次へと、まるでマシンガンが如く相手の揚げ足取りにダメ出し罵詈雑言と息継ぎなしで延々と話し続けるからね」
「今のところアレと対等にやり合えているのはクライスだけじゃないか?」
「だがヴィルモントの口を封じられたのは中々良い作戦じゃないか。もしかしたらこれはまさかの結果になると思うが……どうだい、賭けないか?」
「お前まさかドルドラが勝つと思っているのか?」
「おや、残念。賭けは成立しなさそうだ」
そんな何処か呑気に話している二人だったが、不意に観客席から大きなどよめきが上がり話を止めた。
視線を戻せばヴィルモントが顔に手を当て前屈みになっている。
どうやら飛んできた闘技場の破片が別の破片とぶつかり石礫となってヴィルモントの目に当たったらしい。
「これで終わりだ! 今日こそ勝たせてもらうぞ!!」
渾身の力を込めヴィルモントの顔を狙った一撃はしかし、当たる事なく空振りで終わった。
「なっ!?」
「例え視界が潰されようと、そんな大きな声を上げ大きく動けば何処からどんな動きで攻撃するか教えているも同然。だからお前は愚かなのだ」
勢いあまって体勢を崩し転けかけたのを何とか耐えたドルドラだったが、後ろから静かに現れたヴィルモントに首をそっと優しく触れられ動きを止めた。
「お前、確かに目に当てた筈なのに何故平然としている……!」
「公衆の面前でお前に負けるという屈辱を前して痛みに構っている暇などない、それだけだ」
「ただの痩せ我慢だろ。あと痛みに云々は敵と命をかけた戦いで言う言葉だ」
「ヴィルモントにとっては敵や命よりもドルドラに負ける方が嫌なんだろう、特に今回は」
「いつも、だろう」
観客達はもうすぐ決まる勝敗に固唾を飲んで見ているが、クラウスとローラントは既に勝者が分かっているのか温くなったビールを飲みつつ野次をいれている。
「さて、このままでは両者場外により引き分けになるが私はいついかなる時でもお前と同じ結果など受け入れるつもりはないし自ら招くつもりもない」
そう言い終わった瞬間、今まで撫でるだけだったヴィルモントがドルドラの首を力を込めて掴み立たせるように無理矢理引っ張りあげた。
恐らく殴ってくるのだろうとドルドラは予想し、ならばヴィルモントが攻撃を終えた隙を狙い殴り返す為にこの一撃はわざと受けようとその衝撃に備えて歯を噛み締た。
「がっ!?」
しかしヴィルモントは首を掴む手はそのままにドルドラの鳩尾に強烈な膝蹴りを喰らわせた。
威力は相当なものなのか蹴り上げた場所からはゴギリと嫌な音が鳴っている。
予想外の場所、しかも鳩尾に入った蹴りは流石のドルドラも耐え切れずドサリと地面に倒れた。
それを見届けてからヴィルモントはふわりと大きめな闘技場の破片の上に乗った。
「さて、破片といえど闘技場は闘技場。これで私は場外にいるとは言えなくなる。対してドルドラは今も地面で無様に倒れている。ならば……」
ヴィルモント右手を高くかかげパチンと指を鳴らした。
誰がどう見てもヴィルモントの勝利である。
その事に理解が追いつかなかったのか、一瞬の間を置いてから観客席から大喝采が上がった。
ちなみにクラウスとローラントはドルドラが倒れた瞬間にヴィルモントの勝利を確信したのか、お互い視線は闘技場に向けたまま何も言わずコツンと拳を当てた。
「な、殴るのではなかったのか……」
「敵の言葉を素直に信じるな。だからお前は負けたんだ」
意識はあるものの動けないドルドラにヴィルモントは容赦なく罵詈雑言を投げつけてくる。
「無能。脳筋。単純。短絡的」
「ううううう……」
最早うめく事しか出来ないドルドラだが、ヴィルモントの口は止まらない。
しかし先程までと違いその表情は楽しそうで、言葉も内容はともかく声は棘もなくどこか優しく聞こえているような気がしなくもなかった。
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