第154話 ブラックコーヒー

 あれからトクメはゼビウスに近くにあったカフェへと連れられた。


「何故わざわざ店に? 何か話があるのでなかったのか?」


 特に話す事はないとコーヒーだけを頼んだが、ゼビウスも同じくコーヒーだけを頼んだ事にトクメは疑問に思った。

 いつもならば話がある時は何か甘いものを用意するのが暗黙の了解のようなものになっていただけに、不思議で仕方ないらしい。


「別にわざわざ冥界行くほどの事じゃないし、聞かれて困る内容でもないしな。俺は」

「……」


 ゼビウスの言い方に心当たりがあるのかトクメの表情が変わり、無言になった。

 その様子にゼビウスは自分の考えていた事が当たっていたと分かり話を続けた。


「何、聞かれて困る程の内容? ヒールハイ着いてヴィルモントと別れたら同時にそのまま旅行終わりそうで嫌だから無駄に長引かせているのが」

「……気づいていたのか」


 運ばれてきたコーヒーをジッと見つめたまま、ゼビウスの顔を見ずにトクメは話す。


「ムメイちゃんとヴィルモントも気づいている。結構な街行っているし日数も考えたらもう十分だろ」

「まだ大陸二つ、しかも一つは全ての街を巡っていないというのに『十分』とは言えんだろう」


 そこでようやくトクメは顔を上げいつもの表情と口調になっているが、無理をしていると気づいたゼビウスの眉間に軽くシワが入った。

 

「お前まさかこの世界全ての街巡る気? 流石に止めとけ。今だってムメイちゃん結構疲労溜まっているみたいだし、あとヴィルモントが弱ってきているからヒールハイにはなるべく早く戻してやれ」

「しかしこんな中途半端な状態で終わらせるなど……!」

「別に一回で終わりじゃないだろ。ヒールハイで一旦終わって、また数ヶ月後くらいに旅行すればいいじゃん。それなら俺だって付き合うし、時間なら幾らでもあるから特に問題はないだろ」

「……」


 ゼビウスがそう言うとトクメは何故か俯き再びコーヒを見つめたまま黙り込んでしまった。


「トクメ?」


 いつもなら言い訳じみた事を言うか反論するか、どちらにしろ饒舌になるのが今は全く話さなくなった事にゼビウスは心配そうに声をかけた。


「……『次』の保証は何処にある?」


 そのままトクメは静かに話しだした。

 

「は?」

「お前の言うその数ヶ月後、この世界がまだ存在しているという保証が何処にある」


 一瞬またおかしな事を言い出したと拳に力を込めてすぐに止めた。


 元々トクメが生きていた旧世界は何の前触れもなく全てを消されている。

 恐らくトクメはその事を言っているのだろう。


 誰かがまたこの世界を壊したら、と。


「……カイウスはもういないし、カイウス程の力のある奴もそういない。それに、たとえそんな奴が現れてもこの世界ならすぐには無理だ、必ず前兆が起きる。そうなりゃ世界が壊れる前に俺達で何とか出来る、そうだろ」

「……そう、だな……」


 納得したのかトクメは冷めて温くなったコーヒーに口をつけた。

 それでも不安はあるのかやはりゼビウスの方は見ず何も話さずにいる。


「……なあ、お前旧世界に友達とか何か仲の良い奴でもいた?」

「いいや、そのような存在はいなかった」

「そっか」

「ただ」


 即答され安堵にも似た息をつくゼビウスだがすぐに言葉は続けられ、無意識に唾を飲み込んだ。

 

「ただ……」

「…………」

「明日も昨日と変わらない日々が続くと……親しいだとかそういった存在はいなくとも、あの穏やかな時間がとても好きだった。……それだけだ」

「……そっか……」


 そのままゼビウスも話す事をせずトクメと共に静かに温いコーヒーを飲み続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る