第146話 Bランクに

 王都の冒険者ギルドの受付でヴィルモントは何やら難しそうな書類の束に目を通しながらサインをしていた。

 その後ろではシスがそわそわと居心地悪そうにしている。


「なあ、Bランクに上がるのってそんなに大変なのか? Cランクの時はそんなのは必要なかっただろ」

「本来なら必要ないものだが今回は特別だ」


 シスの疑問にヴィルモントは書類から視線を外さずに答えた。


「ギルドで依頼を受けたのなら特に問題ない。しかし依頼を通していない場合は証拠を提出する必要がある」

「証拠?」

「Bランクに上がる条件はオーク、もしくはゴブリンの集落壊滅だがその報告だけではただの討伐となり条件は満たされない。虚偽の可能性があるからな。だから集落を潰したという証拠が必要になる。ゴブリンならば大きな魔物の頭蓋骨が施された杖、オークならば様々な飾りがついたクラウンかティアラだが、お前は回収していないだろう?」

「ああ、そういえば……」


 そもそも討伐自体トクメだけ、しかも一瞬で潰しているのでシスが討伐したというのも虚偽報告になるのだがそこは問題ないらしい。


「普通ならそこで終わりだが今回は陛下からの勅命。更にインネレ・オルガーネ様も同行していたのでその事を申請すれば問題はない。ただ相手の身分が身分だけに必要書類が多いというだけだ。討伐に関しても必要なのは本人が参加していたという事実であり、倒していなくともお前の実力ならばAランクでも十分通じるので何の問題もない」


 話が終わると同時に書類のサインも終わり、受付嬢はそれを受け取ると慌てたように奥へと姿を消した。


「さて、これでBランクに上がるのは確実だがどうする。せっかくだから何か依頼を受けるか? ワイバーンの討伐依頼がないのが残念なところだが、Aランクならあるぞ」

「せめてBランクの依頼にしてくれ」

「丁度キングマンバの討伐依頼があるな。アレは血や皮、毒に肝と売れるものが多くしかも中々良い値がつく。これにするか」

「聞いていないだろ。まあ、それなら前に倒した事あるからいいけど……食っちゃダメか? 結構美味かったんだが……」


 シスがそう訊ねるとヴィルモントは驚いたのか目を丸くした。


「……食べた? キングマンバを? ……肉だけならまあ、しかしそれでも……」

「いや全部。あれぐらいの毒なら問題ないし……あ、でも皮は食っていない」

「そこはどうでもいい」


 キングマンバは猛毒で有名な魔物だが精力剤としても知られており、その血は効果が強すぎるので他の材料と混ぜて緩和されている程である。


 それを全部。

 しかもシスの様子を見るに精力剤としての効果は全く無かったというのが分かり、ヴィルモントは反応に困り何と言えばいいか分からずにいる。


 しかしそのシスの発言に強い反応を示した者が一名いた。


「へー。シスってばキングマンバに毒があるの知ってて食べたんだ。しかも丸一匹」

「!!? ゼ、ゼビウス……」


 後ろからかけられた声と言葉にシスは反射的に振り返り固まった。


 ゼビウスの口調はどこか軽く表情も柔らかい笑みを浮かべているが、これは怒る前兆か既に怒っているか。

 どちらにしろ叱られるが、もしかしたら怒られずに済む可能性もまだ僅かにある。


 シスは何とか説教を回避しようと背筋を正した。


「そろそろ昼だし一緒にご飯でもって思って来たんだけど……そのキングマンバ食べたの最近っぽいな。いつ頃の話? 俺が毒喰いやめろって言った後? 前?」


 ボロを出さないように気を引き締めたがいつ食べたかと聞かれた瞬間シスは大量の冷や汗を流したが、キングマンバを食べた翌日にムメイが冥界へ送ってくれた事を思い出した。


「ま、前っ。前というか前日というか……うん、前日」

「前日……それなら仕方ないか。でもキングマンバの毒も、血も効かないってそれはそれで大丈夫なのか逆に心配になるな……」


 ゼビウスは安心したようにシスの頭を撫で、シスも説教を避けれて安心するがある事を思い出しまた冷や汗が流れた。


 確かにキングマンバを食べたのは毒喰いで説教された前日だが、その翌日にムメイを守る為とは言え毒入りケーキを複数食べた事を。

 しかもウィルフに毒喰いの事を指摘されたが無視して食べ続けている。


 幸いゼビウスは気づいていないようなのでこのまま黙っていれば大丈夫だろうが、シスは冷や汗が止まらなかった。


「……シス、隠し事はよくないぞ」

「!!?」

「隠し事? 何、もしかして毒喰いしてんの?」

「し、してないっ!」

「隠し事はよくないが、嘘はもっとよくない。そのゼビウスからの説教の翌日に毒入りケーキを食べたのだろう。正当な理由はあるみたいだがウィルフ、という者に指摘されても食べ続けたようだな」

「…………」


 ヴィルモントの発言でゼビウスのシスを撫でる手が止まり、シスはザッと全身から血の気が引くのを感じた。


「嘘自体は構わん。相手が敵であるならばむしろ嘘を推奨する。仲間や友の場合もいいだろう。だがお父様はダメだ、しかも保身の為の嘘など他が許しても私が許さん」

「……ああ、ダルマの息子だったな。って事は心を読んだのか。で? シス、ヴィルモントの言っている事は本当?」

「う、えっと……いや、その……」


 目が泳ぎどもっているシスの様子からヴィルモントの言葉が本当なのが分かりゼビウスは深いため息を吐いた。


「何か理由があったみたいだけどそれも言えない?」

「い、言えないわけじゃないけど……その、ちょっと……」

「……はーー、ヴィルモント。ちょっと付き合ってもらうぞ」

「私を嘘発見器の道具扱いするとはいい度胸だ。だがいいだろう、ゼビウスは私のお父様でないがシスの父親。その父に嘘をついたシスを私は許さん」

「えっ」


 ゼビウスの説教だけでなく更にヴィルモントからの説教も加わる事が決まり、そのままシスは今から処刑台に向かう罪人のような表情でゼビウス達の後を大人しくついていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る