第144話 不運な王

「……以上でオーク討伐及び集落の完全崩壊の報告を終わります。次に襲撃された村についてですが怪我を負った村人達の手当ての他、破壊された家屋の修繕、奪われた食糧の補給を行い襲われる前の状態に戻った事を代表者から確認致しました。使用した資材などについては後で書類にしてお渡しします」

「うむ、よくやった。怪我はしていないな?」

「はい。トクメ様が魔法を使い一瞬で片付けてくださいましたのでこちら側の被害は勿論、消耗も一切ありません」


 今日の朝にシス達は戻りインネレは早々に王の元へと向かい報告しているが、肝心のトクメの姿が何処にもない。


「……ねえシス、トクメはどうしたの?」

「トクメなら……」

「陛下へ報告の最中だ、私語は慎め」


 一応それも配慮して小声で話しかけたムメイだったが、ヴィルモントに注意され多少の躊躇いを見せながらも静かに従った。


「あの……それで、以上で王より命じられました内容を全てこなしましたのでまた内臓を戻してもよろしいでしょうか? あっ、元は王の内臓という事は承知しておりますが長く共有しておりましたしその、何と言いますか……もう王の内臓を保有していないと落ち着かないといいますか……離れていた間王はどう過ごされていたかをいち早く、内臓からでも知りたいのです……」

「ああ、うむ……まあ良いだろう。だが胃以外の消化器官は認めぬ、後は自由にするがよい(……さらば余の愛した酒達よ、特にビール。またいつか飲める日まで、それまではこの数日間に飲んだ味は忘れんぞ……)」


 側から見れば慈愛に満ちたような目でインネレの願いを受け入れているかのように見える王だが、心の中を読んだヴィルモントは何とも言えない表情で目を細め、その後慌てたようにダルマに視線をやった。


 ダルマは心得ていると言わんばかりに力強く何度も頷いている。


「ああ、王の内臓……うふふ。これでもう私だけの身体ではなくなりましたのでより一層食事や栄養面に気をつけませんとね……」


 そうこうしているうちに内臓の交換は終わったらしく、インネレは王の隣で恍惚とした表情で腹を撫でている。


「……。ふむ、ではオーク襲撃はこれて解決だな。次にヴィルモントの言っていた税金……ヴォエッ」

「!!?」


 若干、割とインネレの様子に引きながらも次の話へと入ろうとした瞬間、急に王がえずきだし全員の視線がそちらへ集まった。


「お゛っ、う゛……イ、インネレ……そなた、村で何か……グッ……! 何を、し、食、した……? っ」


 見る見るうちに王の顔は青くなり口を押さえているが、無表情になり一瞬だが完全に動きが止まっている時がある。


 誰がどう見ても嘔吐を堪えている。

 しかもその限界は近い。


「え、え、村ですか? 確か今朝にオーク退治と村復興のささやかな感謝として魚の干物をいただきました。あ、あと魚卵の干物も……」

「!! インネレ・オルガーネ様! 陛下は今朝ワイン、それも赤ワインを飲まれています!!」

「王!! 今すぐお手洗いへお連れします!!」


 ヴィルモントが叫ぶと同時に事態を把握したインネレは王に寄り添うとその場から姿を消し、辺りは沈黙に包まれた。


「……何があったんだ?」

「お前達、いやシスだけか。シスならば覚えておく必要はないだろうが……食材には特定の食い合わせによって強烈な生臭さを発生させ嘔吐したり消化不良を起こしたりなど身体に異常を起こすものがある」

「王、様が今消えたのもそれなのか?」

「ああ、そうだ。インネレ・オルガーネ様の食べた魚卵の干物と陛下が飲まれた赤ワインの相性は最悪で強烈な生臭さを放つ。内臓を共有、交換したと言っていたので確実にそれが原因だろう」

「ねえ、そんな事よりトクメは何処に行ったの?」

「お前……」


 ムメイとしては王の体調よりもトクメの居場所が気になるらしく、悪気はないのだろうが王の不調を『そんな事』と言い放ちヴィルモントは思わず周りを確認したが幸いアルバートや騎士達はいないので安堵の息をついた。


「トクメなら帰る途中にゼビウスに冥界へ引きずり込まれていった」

「冥界? またゼビウスに何かしたの? あ、やっぱりオーク討伐がダメだったのかしら」

「いや、真っ先にトクメがそれを言ってゼビウスは違うと言っていたからそれはない。怒っている感じはしなかったし……ただ、神妙な顔をしていて……俺が何があったか聞く前に消えたんだ……」


 そう話すシスは見るからに落ち込んでいる。

 いつもなら一言だけでも必ず声をかけてくれていたが、今回はそれも無かったのでかなり気にしているらしい。


「……シス」


 そんなシスを心配してか、ムメイが声をかけた。


「冥界に何があったかは知らないけどトクメを連れて行ったのなら大丈夫よ、原因もトクメだと思うけど。冥界についても多分忙しくてそれどころじゃなかっただけで、ゼビウスが戻ってから聞いたらいいと思う。だってゼビウスはシスの話をちゃんと聞いてくれるし、いつだって答えてくれているもの」

「ムメイ……そうだな、ゼビウスが戻ってきたら聞いてみる。……ありがとう」


 あまり大した事は言えなかったがそれでもシスにとっては十分だったらしく、まだ少し不安気ではあるが笑顔で礼を言った。


「……」


 その横でヴィルモントはシスとムメイの心を読んでいたが特に何か言う事もせず、静かに王が戻ってくるのを待っていた。


******


「税金についてだが実はこの数日余とアルバートで調べていてな、大臣の一人がクーデターを企んでおった。今アルバートが他に仲間はいないか調べておるからじきに全員捕まるだろう。そなたが来てくれたおかげで未然に防ぐ事が出来た。礼を言うぞ」

「へ、陛下に忠誠を誓う者として当然の事です……」


 五分程してから戻った王は何事もなかったかのようにかなり重大な事を話しているが、その王の顔色は青や白ではなく何故か薄い緑色になっており、ムメイ達は勿論ヴィルモントですらそちらの方が気になりまともに話を聞けずにいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る