第143話 アルフォイと騎士
アルフォイが嬉々として連れてきた店は初日にお勧めされ、ムメイもヴィルモントに連れられた店だった。
「おや、アルフォイちゃん。女の子と一緒なんて珍しいね、って昨日も来てくれた子じゃないか。また来てくれたんだね、ありがとう」
「え、ああ、まあ……うん」
店主はふくよかな体型をした四十手前の女性で昨日と同じように歓迎してくれているが、ムメイからすればまさか昨日来た店に案内されるとは思わず、しかしそれを正直に言うわけにもいかず曖昧な笑顔を浮かべながら答えた。
アルフォイはそんなムメイを気にする事なく慣れた様子でムメイをカウンター席へ案内して自分も隣へと座る。
「よいしょっと、こんにちは姐さんっ! このお店は毎日でも来たくなるし姐さんに会いたいから来ちゃった。この後王都を色々案内する予定だから今日は飲み物だけで。俺はオレンジジュース、ムメイちゃんは?」
「んー、紅茶のストレートで」
「おいアルフォイ、昼間から女連れていいご身分だな」
注文を終え女主人が奥に消えたのを見計らってか、それまで少し離れた場所で座っていた男性達の一人が近づいてきた。
酔ってはいなさそうだが、アルフォイに話しかけるその目と態度からは嫌悪感が漂っている。
「この子はそんなんじゃないし、あと俺女の子連れた事ないよ。何てったって俺は好きな子に一途だからね」
しかしアルフォイは全く気にした様子はなく自信満々に胸を張る様子に相手は更に苛立ったようだったが、ムメイの首にある模様に気づくと先程とはまた違う目つきになった。
「ん? その模様は……失礼だが貴女の名前は?」
「……ムメイ」
「ムメイさん……その永久奴隷の印は何処で? 主人の名前は?」
「ムメイちゃんに犯罪歴は無し、主人はヴィルモント・クロイツ。ヒールハイの四大貴族の一人だから、あんま詮索しない方がいいんじゃない」
「ヒールハイ……」
ムメイが答える前にアルフォイが答えた。
その事に相手はまたムッとしたようだがすぐに表情を戻し、ムメイに軽く頭を下げた。
「これは失礼しました。……問題なしだ」
そのまま同じ席で飲んでいた男性達にそう告げると向こうは向こうで様子を窺っていたらしく、男がそう告げると緊張が解けたようにそれぞれ持っていたグラスの中身を飲み始めた。
「……もしかして見張られてた?」
「ただの確認だから大丈夫。この人達は騎士団に所属しているから、奴隷が一人で歩いているのを見つけたら色々確認する義務があるだけ。休みなのに仕事熱心だよね」
「街を守る騎士として当然の事だ」
「そうだそうだ! お前みたいな遊び人とは違うんだよっ」
ちなみに向こうにいる人達も騎士だと告げると相手にも聞こえたらしく言い返してきた。
やはり目の前の男だけでなく向こうもアルフォイの事を嫌っているらしい。
「アルフォイって騎士団から嫌われている?」
「当然だ。その男は我らが騎士団長、アルバート様を侮辱したのだ! 騎士団どころか王国最強と評されながらも決して驕る事はなく、更に魔法や魔道具にも詳しい頭脳の高さ! それでいて誰にでも優しく平等に接し、まさに騎士の中の騎士! そんな完璧な方をこいつは……!」
「騎士団長の事嫌いなの? 少ししか話していないけど嫌な感じはしなかったのに」
ムメイに聞かれるとアルフォイは少し困ったような笑みを浮かべた。
「うーん、いや、まあ好きか嫌いかでいえば嫌いなんだけど……。ほら、あいつ頭が固すぎるというか決まった事以外しないというか……中身がないんだよ」
「お前はアルバート様の偉業を知らないのか! あの方は世が世なら勇者と呼ばれてもおかしくないお方なんだぞ!」
「あんたムメイさん、といったか? あんなちゃらんぽらんな胡散臭い奴なんかと一緒にいたらダメだ」
「そうだそうだ! アルバート様についてある事ない事吹き込むに決まっている。いいかいお嬢さん、アルバート様は当時では珍しい平民から騎士になった方で、その実力で騎士団長にまでなられた方なんだ。三年前に魔物の群れが暴走して王都を襲った時の話は有名だが、他にも他国との戦争とか活躍に活躍を重ねた英雄! そう、まさに完全無欠の英雄なんだ!」
アルバートの話が出るとテーブルにいた男性達も寄ってきてアルバートがいかに素晴らしい人物かを語りだし、ムメイは興味があるのか静かに聞いているがアルフォイは明らかに嫌な顔をしている。
「過大評価し過ぎ。あいつは自分の意志より体裁や周りの目とかの方が気になる臆病者なだけ」
「どんな魔物や敵であろうと恐れる事なく果敢に立ち向かう方のどこが臆病者だ! 知ったような事をっ」
「臆病の方向性が違う。それにお前らアルバートと騎士団関係以外の事で話した事ある? 一緒に酒飲んだ事は? 酒どころか食事もないだろ。世間一般のアルバートの評価を俺達に話すより、自分達がアルバートと話した方がいいんじゃない」
「ぐっ……」
「はい、お待たせって……あら、またアルバート様の事で喧嘩かい?」
騎士達が黙り込んだタイミングで女主人がジュースと紅茶をお盆に乗せて戻ってきた。
どうやらアルフォイと騎士達の喧嘩は日常茶飯事のようで、女主人は特に気にした様子もなくアルフォイとムメイの前にジュースと紅茶を置いていく。
「姐さんっ! 喧嘩って程じゃないよ、ただ俺と騎士団の人達とじゃアルバートの評価が全然違うってだけ。俺、アルバートはともかく騎士団の人達は全員好きだから。でも一番好きなのは姐さんだよ」
「あははっ、アルフォイちゃんは相変わらずだね。こんなおばさんをからかってないでもっと若くて可愛い子に言ってあげな」
「俺は姐さんがいいのっ」
女主人が戻ると先程までのきつい言動が嘘のようにアルフォイは目を輝かせそんな事を言っているが、女主人は全く信じていないようで次に入って来た客に呼ばれてそちらへ行ってしまった。
「……ねえ、もしかしてアルフォイの好きな子って……」
「うん、スザンナさん」
率直に聞くムメイだが、アルフォイも特に隠す事も恥じらう事もなく素直に認めた。
「姐さんはさ、凄い人なんだよ。たった一人でこの店を作って、切り盛りして……。相談事とかにも親身になって聞いてくれるし、決して相手を馬鹿にしたり貶したりもしない。理不尽なお客にも毅然と対応して……ちゃんとした自分を持っている芯の強い人なんだよ」
話し終えるとアルフォイはゴクゴクとオレンジジュースを飲み「ああー」と深く息を吐いた。
「やっぱ甘いジュースはいいね、身体の隅々に染み渡る感じがしてやる気が満ちる」
「うん……甘いのが好きなのはいいんだけど……アルフォイって幾つ?」
見た目だけなら若く見えるのだが、どうにも言動が若く見えない。
ムメイも普段なら気にしないのだが、間近で何度も見てしまうとどうしても気になってしまう。
「え、歳? 永遠の二十八歳」
「嘘をつくなっ。お前の言動はどうみても三十後半、もしくは四十代のそれだ」
ムメイが言うより先に側にいた騎士がそういい、ムメイも心の中で頷いた。
「ムメイちゃん、表情から心の声が漏れているよ。とにかく、誰が何と言おうと俺は永遠の二十八歳。ほらほら、もうアルバートの事は話さないしムメイちゃんにも何の問題はないんだから席に戻った戻った」
アルフォイは雑に手を振り騎士達を追い払った。
騎士達はまだ何か言いたそうだったが、先程言われた事を気にしているのか渋々といった様子で戻っていった。
「殴り合いの喧嘩にはならないのね」
「ん? まあ、相手は騎士で俺は一応一般人だしね。俺はただアルバートを嫌いなだけで何もしていないし、騎士達も子供じゃないからそこは分かっているみたい。それでも気に入らないからああなるだけ」
「……それ、アルフォイがアルバートの事を言わなければいいだけなんじゃ」
「それは無理。俺が言わないと向こうがアルバートの事話出すから俺が黙っていられなくなる」
「はあ」
「ん、この話は終わりっ! さて、何処行こうか。特に決まっていないならここ出て時計回りに歩くのはどう? 店や施設、設備の説明をしつつ気になったのがあったら入るって感じで」
「そうね、それが無難かしら」
「よし。姐さーん、今日の勘定ツケといてー!」
「はいはい、気をつけてね」
「! うんっ、じゃあね!」
スザンナからの返事にアルフォイは一気に顔を輝かせムメイを連れて出て行った。
******
「相変わらずアルフォイの奴は腹立つが……あいつの言う事も一理ある。俺達はアルバート様と世間話や食事をした事ないよな……」
「だがアルバート様だぞ? 王様からの信頼もあつく多忙な方の時間を無駄に潰すような事はしたくない」
「だよなあ。食事だってあの方は執務室で取られているし、その為にあの部屋に入るのは畏れおおいし……」
少し黙り込んだ後、一人の騎士が手を上げスザンナを呼んだ。
「スザンナ、今日のアルフォイの代金は俺が払う」
「おいっ」
「今日に限ってはあいつの言う事が正しい、一つだけだが。だから今日の分だけだ」
「なら俺も一回分のツケを払ってやるか。毎回ツケてるから大分溜まってるだろ」
「え? アルフォイちゃんにツケは溜まっていないよ」
「、は?」
スザンナの言葉に騎士達の目は驚きで丸くなった。
アルフォイとはこの店でよく会う為毎回ツケにしているのは知っているが、払う姿は一度も見た事がない。
「アルフォイちゃんね、次はいつ来れるか分からないからって翌日の朝に毎回払いに来てるんだよ」
「毎回……」
「払う金があって次の日には来るのに何でツケてるんだ……?」
「『ツケといて』って言うのに憧れてたんだって。でも日を空けるとお店に迷惑がかかるからって……アルフォイちゃん、アルバート様の事になると少し厳しくなるけど根は真面目でいい子なんだよ。必要以上に嫌わないであげてね」
「…………」
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