第131話 善意はない
トクメが企画したこの旅行はほとんど思いつきで決めたようなものなので、どの街にどれぐらいいるかなどは全てトクメの気まぐれで決められている。
しかしゼビウスが合流してからは基本街で一日過ごし、次の街へも移動は一日で終えるが必ず一度野宿するようになっていた。
そして野宿の時の見張り役はトクメとゼビウス、そしてダルマの親組が順番に担当している。
今夜の見張り役のゼビウスはトクメから借りた本を読んでいたが、ふと前触れもなく顔を上げた。
「人か! ならここは安全って事だよな!!」
「お願い! 少しだけ場所を貸して! 仲間が魔物に襲われたの! お願い! お願いしますっ……!!」
その直後、三人組の冒険者が駆け込むような勢いでゼビウス達のいる場所へとなだれ込んできた。
よく見ると冒険者の一人の男性が左から斜めにザックリと身体を斬られ、血が流れている。
傷自体はそれほど深くはないみたいだが毒にやられたのか傷口は黒く変色し、相手の顔色は悪く息も荒い。
「……まあ、静かにするってんなら。ただ、それ以上騒いで子供達を起こしたら追い出すからな」
「ああ、それでいい! 助かる!」
「ウェイン、ここなら魔物は来ないわ。もう大丈夫だから、頑張って……!」
「…………」
言ったそばから大きな声で話し出した冒険者達に、ゼビウスは子供達が起きていないのを確認してから静かに本を閉じた。
その間に重傷の男は症状が悪化したらしく、呻き声だけでなく身体全体がビクンビクンと激しく痙攣しだした。
「う、あ……! あああああ!!」
「そんな、嘘……! ウェイン! しっかりして! ウェイン!!」
「身体を押さえろネリカ! これ以上動いたら本当に死んじまう!!」
「ウェイン! 動いちゃダメ! お願い! 死なないで!!」
ーーガシャン。
女性が悲痛な叫びを上げると同時に何処からか勢いよく瓶が投げつけられた。
瓶は女性の額に当たると粉々に割れ、中の液体は女性の髪や顔だけでなく周りにも散らばった。
「……喧しいぞ貴様等。私は寝ているんだ、静かにしていろ」
瓶を投げたのはヴィルモントだが、いつもより声が低く目つきも悪い。
「仲間が死にかけているんだ! 頼む、助けてくれ!」
「私には関係ない事だ。静かに出来ないならば私が永眠させてやろう」
「てめぇ……!! なっ!」
ヴィルモントのあまりな言い分に男が詰め寄ろうとしたが、ふわりと急に身体が浮き動きを止めた。
横を見ると男だけでなく冒険者全員の身体が浮いている。
「な、何だこれ……」
「嘘、転送魔法……? まさか森の中に戻すつもり? 待って、止めて!」
「静かにするっつったのにしなかったのはそっちだろ。それに、子供達が起きたらここから追い出すって言っただろうが」
「子供達って……」
「ヴィルモントは子供達に含まれるんだよ、じゃあな」
ゼビウスが軽く指を鳴らすと冒険者達は更に高く浮き、そして音もなく姿を消した。
「はー……ヴィルモント、無意味に殺そうとするな。ケルベロスとガルムの仕事が増えるしやり過ぎると俺まで働く事になる。……ヴィルモント?」
無視しているにしてはあまりにも静か過ぎるとそちらに視線をやれば、ヴィルモントは恐らく瓶を投げたであろう手を伸ばしたまま眠っていた。
「は、こいつ寝ぼけてたのか? それで物投げるってどんだけ寝癖悪いんだよ。ああーもう、このままじゃ手が日光に当たるじゃねえか、もうちょっと危機感持てよ」
そう言ってゼビウスは立ち上がるとヴィルモントが日光に当たっても大丈夫なように優しくローブをかけ直し、改めて子供達の様子を確認してから元の位置まで戻ると再び本を読み出した。
******
その頃ゼビウスに飛ばされた冒険者達は見知らぬ場所に落とされ途方に暮れていた。
毒を受けた男も呻く体力すらないのか今にも消えそうな程弱い呼吸をしている。
「うぅ、ウェイン……」
「ネリカ、今は泣いている場合じゃない。とにかくここが何処なのか調べて、魔物もいないかどうか……!」
現状を把握しようと辺りを見回した男はすぐ後ろに大きな壁がある事に気づいた。
「何でこんな所に壁が……? いや、違う。これは……ネリカ! 街だ!」
「あ……本当だわ! これならウェインは助かるかもしれない! 急いで教会まで運びましょう!」
「ネリカ、お前も瓶を投げつけられて額を切っていただろう。ウェインは俺が運ぶから血だけでも止めたらいい」
「う、うん。……あら?」
ネリカは血を止める為に傷口を確認しようとしたが、どこを触っても傷はなく痛みもない。
「え、え? あ、この瓶の中身……もしかしてポーション? ううん、こんなすぐに傷が治る筈は……もしかしてハイポーション!?」
「何!? それならウェインの毒も治せる筈だ! ネリカ! まだその中身はあるか!?」
「瓶が割れちゃったから……そうだ! まだ私の髪に雫はあるはずだからこれで……!」
そう言ってネリカはウェインの前にくると髪を力一杯絞った。
髪から垂れた雫がウェインの傷口に落ちるとあっという間に傷口は塞がり、呼吸も安定して顔色も大分良くなった。
「良かった……これならもう安心ね」
「ああ、だが体力は消耗しているからもっとちゃんとした場所で休ませよう」
「うん……あの人達、酷い人と思ったけど違ったのね……もしまた会えたら謝らないと……」
「そうだな……」
******
「ん? ハイポーションが一本足りん。何処かに落としたか?」
「昨日寝ぼけて投げたやつがそれなんじゃねえの」
「そういえば昨日、煩いのがいたので適当なのを投げたような……夢ではなかったのか。チッ、ドルドラの奴に一切使わず突き返そうとしていたのが台無しになった」
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