第132話 死告獣という魔物

 次の街へと向かって歩いていた途中、ふとシスが足を止めた。


「どうした、シス。私は止まれとは言っていないぞ」

「いや、何か、遠吠え? のような、声が聞こえて……」


 耳をピクピクさせ周りを見ていたシスだが、少し離れた場所にある茂みに気づくとそちらを見つめたまま動かなくなった。


「あそこに誰かいるな…… 襲ってくる感じはしないが……」


 それでも正体不明の気配にシスは警戒して、耳をピンと立てて前に向けている。



 そのまましばらく見ていると茂みの中からシスより一回り程小さな黒い犬の魔物が飛び出し、そのまま森の奥へと走り去ってしまった。


「あっ。……今のは?」

死告獣しこくじゅうじゃん、珍しい」

「死告獣、って確か……」

「災害を察知し遠吠えする習性を持つ魔物だ。この習性から長い間死告獣は災害を招くと誤解され狩られ続けた為絶滅寸前までいったが、一人の人間がこの誤ちを正し現在は百頭近くまで増えている。ちなみにこれは今からニ百年程前の出来事で当時は十頭をきっていた。これだけの時間が経って百頭弱はまだ絶滅の危機はあるが、狙って狩られる事はないのでこのまま緩やかではあるが着実に増えていくだろう」

「……随分好意的に話すのね」


 ムメイが興味を示したからか、トクメが自信満々な表情で死告獣の説明を始めた。

 このまま放っておくとどこまでも話し続けるのでそれを避ける為に何とか会話にして早々に終わらせるつもりだったが、ムメイが返事をしただけでなく話に乗ってきたと勘違いしたトクメは目を輝かせた。


「当然、私はこういった少数が多数を打ち負かす話が大好きだからな。少数の数が少なければ少ない程、多数の数が多ければ多い程、更に多数側に権力の強い者がいれば尚良い。この死告獣に関しては、一人の人間と一匹の猫が生き残っていた七匹の死告獣の為に王家だけでなく世間一般に広まりきっていた常識に立ち向かい打ち勝ったので気に入っている。ちなみに猫とは言ったがこれはこの人間の師匠だった者が生まれ変わった姿であり、更に言うならばこの師匠というのは……」


 無視をしても返事をしても結局話が続くのならば無視しているべきだったかと、いつの間にか本を取り出し頼んでもいない死告獣の読み聞かせを始めたトクメに、今更ながら選択を誤ったと後悔しているムメイの横でヴィルモントは納得したように頷くとシスから降りた。


「ヴィルモント?」

「ムメイ、お前もシスから降りろ」

「え? あ、うん」


 いきなり言われ思わずヴィルモントが差し出した手を素直に取りシスから降りるが、ムメイだけでなくトクメも話を止め成り行きを見ている。


「よし。ではシス、先程の死告獣を追いかけてこい」

「え、何で」

「死告獣がいれば事前に災害が起きる事を知れるのだろう? だからあの死告獣に住処を探しているのならヒールハイ周辺に来ればいいと伝えてこい。支援はせんが不用意に狩りをする者からは守ってやる。見た目からしてお前と同じ犬系統の魔物だ、ならば言葉が通じるだろう」

「確かにそうだが……でも……」

「別にいいんじゃない? 狩れって言っているわけじゃないし、ヴィルモントも言っているけど同じ系統なら多少言葉があやふやでも通じるしいい練習になるだろ」

「それなら……じゃあ行ってくる」


 ゼビウスからも言われシスは死告獣の後を追って森の中へと進んでいった。


 実はシスは人語を話せる反面、魔物の言葉はあまり上手くない。

 一応相手が言っている事は分かるのだが、相手に自分の言葉は伝わらないので会話はいまいち成立しない。

 下手すると成立しない会話に苛立った相手に襲われるのでより一層魔物言葉を使わなくなってしまい、それが益々言葉の下手さを加速させている。


「……言っておくが死告獣は人語を使えるぞ」


 シスが死告獣を追ってしばらくしてから、トクメがポソリと呟いた。


「は? いつの間に」

「先程人間のおかげで死告獣の誤解が解けたと言っただろう。その恩を忘れないようにと死告獣の中で人語習得は当然の事となっている」

「えーと、つまり……?」

「人語を使えばいいものをわざわざ下手な言葉を使い恥を晒しに行ったという事だ」


******


「伝えたには伝えたけど……言葉が下手すぎて何言っているか分からないと人語で言われて、逆に言葉を教わって、何というか……優しくされた……」

「ちゃんと私が言った事は遂行出来たのだな、よくやった。次にまた死告獣を見かけた時は人語で伝えればいい。初めての行いで成功するのは稀だ、失敗しないなんて事はない。失敗を恐れるな、その経験を生かし次に活かせばいいだけの事だ。ダルマ、お前も何か言わんか」

「へあっ!? あ、いや、そうじゃの……う、うむ。その……その死告獣が優しい性格で良かったの。思ったことを口にせずしっかり教えてくれたのじゃろ、そなたも賢いから次は上手くいくぞえ」


 今回ばかりはヴィルモントもシスを素直に褒めて慰め、ムメイは少しでも慰めになるかと頭を撫でている。


 その後ろでは「知ってたなら最初から言え!!」とゼビウスがトクメをブン殴っていた。

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