第119話 最大の敵『空腹』

「あ、穴だ」


 ムメイの解毒は上手くいったらしく、特に症状が出る事なく安全に探索を続け、相変わらず瓦礫などに邪魔されながらもムメイ達はようやく下へと進められそうな場所を見つけた。

 丁度廊下に大きな穴が空いており、下を覗けば特に瓦礫もなく降りても問題はなさそうに見える。


「どうする、降りる? 多分戻って来れなさそうだけど」

「この階はあらかた調べたが何処を進んでも行き止まりになっていた、ならば降りる以外の選択肢はない。シス、降りられるか?」

「ああ、これぐらいなら大丈夫だ」


 そのまま何の問題もなく降りて軽く進むと上の階とは違い瓦礫などが少なく、部屋数も多い。


「研究員達の寝所か何かか? しかしやはりプレートは剥がされている……まあ当然か」

「どうする? 片っ端から調べていく?」

「いや、いい。どうせ個室だ、それより出口を探すぞ」

「?」


 先程に比べ急いでいるようなヴィルモントをムメイが不思議そうに見ていると、髪色が変わっている事に気づいた。


 いつぞやのように銀色の髪に金が混じっている。


「ねえヴィルモント、髪色が変わっているけど何かあったの?」

「……まだ髪色だけと言うべきか、髪色を保てない程になってきたというべきか……」

「え?」

「……先程の血の匂いで飢えを感じてきた。今はまだ髪色が変わって、いや戻りかけているだけだ」


 吸血鬼は基本金髪赤眼が特徴とされているが、ヴィルモントは銀髪の茶色い眼をしている。

 これはダルマの血を引いているからだが、食事の時や怒りなどで感情が爆発した時は本来の金髪赤眼に戻ってしまうらしい。


「そういえばヒールハイで会った時も変わりかけていたわね」


 ヒールハイでもドルドラに対して怒っていた時は髪色が変わりかけていたのを思い出し、口にすればヴィルモントが嫌そうに顔をしかめた。


「今奴の話をするな、空腹に加えて怒りで完全に元の姿に戻りそうだ」

「……なあ、完全に元の姿に戻ったら何かあるのか?」

「何も変わらん。ただ万が一ここに人間がいた場合即座に私が吸血鬼だとバレるのと、あとは極度の空腹により私が自我を失い暴れる可能性があるぐらいだ」

「それかなりまずいんじゃ……」

「私の血を飲む? 今なら人と変わらないし大丈夫だと思うんだけど」

「先程の解毒行為で大量の血を流していただろう、止めておけ。少量の血は私にとっては逆効果だ。あとシス、魔物の血は問題外だから余計な事はするな」

「わ、分かった……」


 早く出口を見つけようと急いで奥へと進んでいくと広間のような場所に出た。

 円形の大きなテーブルの真ん中に用途の分からない機械が置かれている辺り会議室のように見える。


 しかしそれよりもムメイ達が気になったのは臭いだった。


「何この臭い……ニンニク?」


 ムメイすら鼻を押さえるほどの強いニンニク臭。

 どうやら他の誰かがここでニンニクを食べたらしい。


「これつまり人がいるって事よね……しかも今現在」

「そんな事はどうでもいい……それより早くここから離れろ……」

「え? あっ」


 気づけばヴィルモントの顔が真っ青になっている。

 ただでさえ空腹状態に加えて吸血鬼の弱点とされるニンニク、それも濃厚な臭いがヴィルモントのとどめになった。


「っ! ぐっ……!」

「ヴィルモント!」


 落ちるようにシスから降りると同時にヴィルモントはその場にしゃがみ込み嘔吐した。


 ヴィルモントは胃の中のもの全て出してもえずいており、ムメイだけでなくシスも人の姿に変わり必死に背中をさすっている。


「わ、私が……この私が……一度口にしたものを、吐くなど……」

「落ち着いた? シス、早くここから離れましょう」

「ああ、分かった」


 ゼェハァと荒い息を吐くヴィルモントだが、段々髪の色が銀から金へと変わっていくだけでなく目の色も茶色から紅へと変わっていっている。


「ヴィルモント……?」

「私が! 食料を無駄にするなど!! これではドルドラに対して強く言えんではないか!!」


 急に大声で怒りだしたヴィルモントの姿は完全に一般的とされる吸血鬼そのものの姿で、髪型も首の後ろで一つに束ねられていたのが今は金髪のウェーブになり八重歯の部分も伸びて牙のようになっている。


「それに私はシスの主でもあるのだぞ!? 人としての常識を教えると言っておきながら目の前でこんな失態を犯して何が主だ!!」

「ヴィルモント!? 俺は気にしていないからとにかく落ち着け!」

「シス! ヴィルモントは私が押さえるから早くここから離れるわよ!」

「分かった!」


 シスが急いで元の姿に戻るとヴィルモントを咥えて無理矢理背に乗せ、まだ暴れようとしているのをムメイが火事場の馬鹿力とでも言わんばかりに押さえつけシスは少しでもこの部屋から離れる為に走り出した。

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