第117話 解毒成功

 ひたすら下へと続く道を探しているムメイ達だったが、道が塞がれていたり階段を見つけても途中で土砂で埋もれていたりと思っていた以上に建物内の損傷が激しく思うように進めずにいた。


「あ、また道塞がってる……」

「下どころか上への道もないな……これちゃんと出れるのか?」

「それよりも私は部屋のプレートなどが一切ない方が気になる。研究施設ならば最悪番号などのプレートぐらいはあるはずだが……」


 今もたどり着いた部屋は破れたスクリーンとその前に長机と椅子が並べられているが、入り口の所には何の表記もない。


 ふとムメイが入り口の壁に目をやると、ある事に気づいた。


「ねえ、ここ他と違って白いんだけど……何かを剥がした後じゃない……?」


 ムメイが壁をなぞった部分はうっすらとではあるが長方形の形に白くなっている。


「形からしてプレートだろうが……ならば計画的に破棄したという事か。研究元を分からないようにというのならば、見取り図や現在地の把握は諦めるべきか。仕方ない、地道に記録していくしかないな」

「思ったより大事になってきたわね……ん?」

「ムメイ!!」


 上から大量の黒くて細長い蔓のようなものがムメイの手に落ちてきたのと、シスがそれに気づきムメイを引き寄せたのはほぼ同時だった。


 かろうじて塊からは逃れられたが、ムメイの手にはまだ複数の蔓が絡まっている。


「魔物がいたとは……外せるか?」

「何とか。でもこいつがいるなんて厄介ね」


 ムメイは落ち着いた様子で手についた蔓を剥がし、塊へ向かって投げるとシスがそれ目掛けて火を吐いた。


 蔓は火を嫌がるようにウネウネと動いているが燃える様子はない。


「火が効かない!? 植物じゃないのか!」

「シス! 今はそいつの相手より逃げる方が先! 悪いけど乗せて走って!」

「わ、分かった!」


 ムメイに言われすぐに元の姿へ戻ると、シスはムメイとヴィルモントを乗せ最初に落ちた部屋へと向かって走り出した。


 ******


「今のは何だったんだ?」

うごめくもの。足音に反応して獲物を見つけて、絡みついたら満足するまで血液を啜らないと離れない厄介なやつよ」


 シスに説明しながらムメイは先程絡みつかれた腕を丹念に調べている。


「あ、やっぱりあった」


 ムメイが見つけたのは手首付近にある小さなすり傷。

 すぐに魔力を具現化させ鋭いナイフを作ると、躊躇いなく肘の内側を切りつけた。


「ムメイ!?」

「……まさか毒持ちなのか?」

「体液自体が猛毒で、傷口とかから体内に入ると高熱と激痛を伴って全身へと広がっていくの。大抵の人は耐えきれずに暴れるから……」

「その音を追って逃した獲物を捕まえるのか、無駄に知能が高いな」

「それより血を流しすぎじゃないか……? 大丈夫なのか?」


 相当深く切ったのか、床に落ちた血液の量にシスが心配そうにムメイの周りをうろついている。


「一滴でも残っていると全身に広がるから流しすぎな程じゃないと意味がないの」

「それでももういいだろう。ほら、これで止血するがいい」

「え……いいの?」


 ヴィルモントが差し出したのは真っ白のハンカチで、周りには見事な刺繍が施されている。

 ムメイでも分かるほど高価なのを渡され、流石に汚すのはと躊躇っている。


「構わん。ハンカチはそもそも汚れを拭う為のものだ、汚れるのが嫌なら使わず壁にでも飾っている」

「そういう事なら……」


 止血を終えたところでムメイは先程の魔物、うごめくものの説明を再び始めた。


 あの魔物は有効な攻撃というものはなく、数も多いので戦いは避けて逃げるのが最適とされている。

 幸いというべきか視力はないので、水音と足音にさえ気をつけていれば避けるのは難しくない。


「水の音、とは?」

「基本水の中に住んでいるから獲物を探しに外へ出ている時に水の音を聞くとそっちに引き寄せられるのと、あと足音って言ったけど厳密には二足歩行の足音に反応するの。人間とかの血液が好物で逆に魔物、特に獣系の血は嫌っているから四足とか足が多いのには反応しない」

「あ、だから俺の事を追いかけてこなかったのか」

「ふむ、ならばここでの移動はシスに乗ってということになるな」

「ムメイとヴィルモントぐらいなら特に問題はない」

「それと……さっき気づいたんだけど、ここ魔法が使いにくいというか……何だかいつもより疲れやすい気がする……」

「…………」


 無言でヴィルモントが氷を作り出し、そのまますぐに結晶に変え辺りに散らした。


「確かに……魔力消耗が少し多く感じたのと、それとは別に体力が消耗されたように感じる。多少ならば問題ないだろうが……」

「もしもの時は俺が戦おうか? 火と札なら魔法じゃないから問題ないだろう」

「安全な移動手段を潰してまで戦う必要はない。他の魔物が出た場合は逃げろ、下手に相手をしてうごめくものを誘き寄せるのだけは避けるべきだ。あと放棄された施設はガス漏れしている可能性が高く引火する恐れがある、絶対に火は吐くな」


 施設の状況を把握すると同時にどんどん行動も制限されていきムメイ達の間に嫌な沈黙が流れる。


「とりあえずまずやるべき事は早くこの部屋から出る事だ」

「あ、そっか。私が血を流したからその音と匂いで来るかもしれないものね」

「それもあるが、血の匂いは私にとって食欲をそそるものだ。なるべく早く離れたい」

「わ、分かった」


 ヴィルモントに促されシスはムメイ達を背に乗せ急いで部屋を出た。

 やはりムメイの言った通りシスの足音には反応しないのか先程の魔物の姿は見えない。


「そういえば……私が目を覚ます間ヴィルモントは軽く探索していたのでしょう? よくうごめくものに見つからなかったわね」

「日頃の行いの成果だな、悪運が強いとはよく言われている」

「……。そうなんだ……」

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