第106話 意外と苦労人
割と本気で心配していたゼビウスだが、ムメイは意外と取り乱す事なく転生したフローラとコーヒーを飲んでいた。
「ゼビウス? それにシスも! どうして此処に?」
「え、何、今度は誰」
「……ケルベロス? だがシスと呼んだという事は……」
「昨日お前が言っていた連中か?」
「すみませんボス! クライス様! 誰も通すなと言われていたのに突破されました!」
「ケルベロスですボス! ケルベロスって冥界の番犬って言われている魔物ですよね!? 誰か冥界に連れて行かれちゃうかもしれません!」
ゼビウスとシスが部屋に入ってすぐに金髪の兄弟ーー顔が瓜二つなのでおそらくこちらも双子なのだろうーーが飛び込んで来た為一気に室内の人数が増え、更にはそれぞれがそれぞれ話し出した為誰が何を話しているのか分からない程騒がしくなった。
******
とりあえずその場を一度静かにさせてからの現在、ソファには左端からクラウスの弟クライス、転生したフローラ改めイチ、ようやく人の姿に変われるようになったシス、そしてムメイが座り、後ろには先程突入してきた双子の使用人、エルとアールが立っている。
正面には話のまとめ役としてゼビウスとクラウスがいるが、何故か両方とも若干目が死んでいるように見える。
「話す事一気に増えたけど、まず一番始めに言うべき事は」
口を開いたゼビウスにエルとアールが緊張からかゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
「シスはケルベロスじゃなくてオルトロスだ」
「え?」
「でも頭三つありましたよ? オルトロスは二つの筈じゃ……」
「突然変異で頭が一個増えただけのオルトロス。これ間違いを正さずに放っておくとシスが大変な事になるしケルベロスも怒るから最優先事項だ、シスはオルトロス。他の事は忘れてもこれだけは忘れるな」
「は、はい」
相当重要な事らしくシスは何度も勢いよく頷いている。
「で、次は……フローラの事か。これ厄介なんだよな、どれから話すか……」
「あの、えっと……聞きたい事があるんだけど……いい?」
ゼビウスが話す前におずおずといった感じでイチが右手を上げながら訊ねてきた。
「……何だ」
「その、私十歳ぐらいからの記憶しかなくて、それだって親とか何も知らなくて……もし私の事を知っているのなら教えてほしいの」
「…………」
早速面倒くさいのがきた、とゼビウスは目を細めた。
ゼビウスが知っている事といえばフローラの魂を転生させようとしていたが数日前に落とした事。
イチの見た目は二十代に見えるのでそこから計算すると、おそらくあの最古の怪物の時間移動に巻き込まれて十年程前に移動しそこにあった適当な死体に魂が入り転生したのだろうが、これはイチの知りたい過去ではない。
何よりゼビウスは魂を落とした云々の話をしたくない。
「ムメイちゃん、このイチとは何処まで話した?」
「えっ。私もフローラの事しか知らないから何も話せていなくて……トクメならこういうの得意だから教えられると思うんだけど……そういえばトクメは?」
現状を確認しようとムメイに聞いたはいいが、一番聞かれたくない事を聞かれてしまった。
「…………トクメなら今宿にいるよ。俺は外に出て、たまたまシスと会ったから簡単な事情を知ってここに来ただけ」
トクメは宿で時喰い虫と会話をしようとしているのだが、これをムメイに教えるとややこしい事になる。
最初からトクメがムメイに今日は時喰い虫と意思疎通を試してみると言っていれば何の問題もなかった。
問題なのは、ムメイに教えていない事をゼビウスには話している事。
ゼビウスが教えたところで不満やら何やらはトクメにいくので問題ないのだが、だからといって自ら巻き込まれにいったり引っ掻き回すつもりはない。
「(あれ、俺貧乏くじ引いてないか……?)」
あまり知りたくなかった現実にゼビウスはバレないようこっそり胃の辺りをさすった。
「まあ、俺から言えるのはイチは転生した時点で十歳だったから記憶は勿論親も何もないって事だけだ」
「……十歳から?」
「ああ。詳細は知る必要がないから省くが、お前の前世ともいえるフローラはまともな転生が出来る状態じゃなかった。だから安定して転生させる為に一定まで成長した身体に魂を入れる必要があったって事だ」
「……そっか……親とか名前とか、忘れたと思っていたけど最初から何もなかったんだ……」
衝撃的な内容に俯き黙ってしまったイチだが、すぐに双子のエルとアールが駆け寄ってきた。
「イ、イチ、大丈夫! 親が必ずいい親ってわけじゃないですから! むしろいない方がいい時もありますし! 僕達の親とか!」
「うん! うんうん! 僕達の親、特に母親はろくでなしだったよ! 名前だって適当につけられたし、僕とエルを見分けられなかった上に奴隷商に売ろうとしたもん!」
「まあ……俺達の親も両方まともではないクズだったから、むしろいなくなって良かったと断言出来る」
「そ、そういうものなの……?」
「それに今のイチには僕達がいますから! 家族よりも大事に思っています! 僕達もクライス様も! ボスだって!」
「う、うん……ありがとう。私も……皆大事よ」
「俺はいれるな」
「こら、クラウス」
エルとアール、クライスからの励ましなのか判断はつかない親の不要さはともかくイチには救いになったようで少し恥ずかしそうではあるが笑顔を浮かべている。
「そうだ! えっと、ムメイさん!」
「ん? 何」
その様子を眺めていたムメイに気づいたアールが勢いよく話しかけてきた。
そのままジッとムメイの顔を見つめていたが、しばらくするとニコッと笑顔になった。
「うん、やっぱりイチとそっくり! でも全然違うね、最初見た時はビックリしたけど今ならすぐに分かる!」
「え?」
思わずイチの方を見るがムメイにはやはり同じ顔にしか見えないらしく、ムメイもイチも不思議そうに首を傾げている。
「そんなに違う?」
「まあ確かに、お前と違ってムメイの方が教養や気品は感じるな」
「育ってきた環境が違えば雰囲気も変わるからな、俺とクラウス、エルとアールがいい例だ。そう思わないか?」
「んー」
クライスに言われてムメイはクライスとクラウスを見るが、クライスの方が体格がガッシリしているので雰囲気よりそちらで見分けた方が早く説得力に少し欠ける。
「…………」
次にエルとアールの方に視線をやるとアールは何故か嬉しそうに顔を輝かせ、エルはどうしたらよいのか分からないのかソワソワとしているがそれでも姿勢正しく真っ直ぐ立っている。
双子だがアールの方が子供っぽく好奇心は旺盛らしく、エルの方は落ち着いているというか少し慎重な性格なのかもしれない。
「……ふふっ。うん、確かに双子で顔は同じだけど全く別人に見える。私には分からないけど、貴方達がそう言うなら私とイチも全然違う別人に見えるのね」
「お、俺だってそう思う! 雰囲気というか、えっと……」
「大丈夫、シスは最初に会った時からそうだってさっき教えてくれたじゃない」
「あ、ああ……良かった……」
シスとムメイのやり取りにゼビウスはおや? と思った。
今までと比べて明らかに仲が良くなっているように感じる。
それにムメイの笑顔は結構見ているが、あんなに柔らかな笑顔は初めて見た。
これはいい傾向かもしれない。
シスにとっても、ムメイにとっても。
とりあえず、この後トクメが取るであろう行動を思いゼビウスは先程より強くなった痛みに胃をさすった。
「さっきから見ていたが胃が痛いのなら薬を用意しようか? 専属医師が調合したもので俺も愛用しているものだ、ハーブティーもある」
「……愛用している辺りお前も苦労しているのか」
「……まあ色々、な」
クラウスの目を見てゼビウスも色々察し、お互い無言で握手を交わした。
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