第104話 運命の出会い

 その日シスは気分良く外を歩いていた。


 ヒールハイの周辺にシスの天敵であるドラゴンはおらず、その眷属であるワイバーンもいない。


 魔物に襲われはしたが怪我をする事なくシスの朝食になり、次は喉を潤す為川へ向かおうとした時だった。


 突如前方からとてつもない魔力を感じ、シスの全身の毛がブワッと逆立った。


 尻尾を真っ直ぐ伸ばし前方を見つめていたが、スンと鼻を鳴らすと顔色を変え人の姿になると同時に急いで魔力の方へ向かって駆け出した。


「ムメイ!?」


 丁度シスが向かおうとしていた川のすぐそばでムメイは怯えたようにうずくまり、頭を抱えている。


「う……あ、ああ……」

「ムメイ、何かあったのか? 何処か怪我でも……」

「ムメイ? それは誰? 私? 私はムメイなの? それともフローラ?」

「え?」


 顔を上げたムメイは不安げで泣きそうな表情をしているが焦点が合っておらず、シスの背筋に冷や汗が流れる。


「違う。私はフローラじゃない。……本当に? この記憶はフローラのもの、私じゃない。なのに何でこんなに悲しいの? 辛いの? 私はフローラじゃない、でもこの感情は……私は誰? 私は、私は……フローラ? だったら……」

「っ、ムメイ!」


 錯乱状態になっているらしいムメイは自分の頬をガリガリと引っ掻いていたがピタリと動きが止まり、それと同時に地面が揺れ始めたのを感じたシスは咄嗟にムメイを引き寄せ思い切り抱き締めた。


「あ……」

「……心臓の鼓動は相手を落ち着かせる働きがあるってゼビウスが言ってた。俺が初めてゼビウスに会った時も、傷が開くのも構わず暴れたらこうやって抱き締めて落ち着かせてくれたんだ」


 そう言ってシスは鼓動がより聞こえるよう更に強く抱き締める。


「その、ムメイ……。俺はムメイの事をあまり知らなくて……フローラが誰なのかも知らない。けど、今こうしてここにいるのはムメイだ。でもムメイの中には心、というのか上手く言えないんだが……意思が二つある。初めて会った時から、今も」

「……!」

「ムメイは覚えていないと思うけど、俺はずっと昔に一度会っているんだ。一瞬だけだったけど、今でもはっきり覚えている」

「…………」

「あの時俺は頭が一つ増えた事にまだ慣れていなくて、こうなっているのは俺だけなんだと思っていた」


 この頃のシスは群れから追い出されしばらく経ってはいたが三つ目の頭の思考が上手く馴染まず、強い孤独感と相俟って時喰い虫のように自我が崩れかけ非常に危険な状態になっていた。


「でもムメイに会って、俺だけじゃないんだと知れて、それで……俺は救われたんだ」


 実はこの時ムメイは発狂して暴走状態にあった。

 シスはその事に気づかず泣いているムメイに声をかけ、それが原因で致命傷ともいえる一撃を受けている。


 しかしそれは逆にムメイの存在が夢や妄想などではないという証になり、シスは孤独が癒され精神状態も安定しただけでなくムメイにもう一度会いたいという生きる目的も出来たので救われた事に違いはない。


「……シス」

「だから俺は……って、わ、悪い! 苦しかったか!?」


 モゾモゾと動き出したムメイにシスは現状を思い出し慌てて手を離し立ち上がった。


 同じく立ち上がったムメイは先程と違い錯乱した様子もなく落ち着いている。


「それって本当?」

「え?」

「私の中には心が二つあって、今も変わらず二つあるの?」

「あ、ああ。でも全く変わっていないわけじゃない。初めて会った時はこう、せめぎ合うみたいに二つの心がお互いを潰そうとしているようだったけど、今はどちらも静かで共存しているように感じる」

「そっか……」


 そのまま再び俯いてしまったムメイに先程とは違う冷や汗が流れる。


 もしかしたら今の言葉でまたムメイを不安にさせるような事を言ってしまったのだろうかと焦り、何か声をかけようと手を伸ばそうとしたがその前にムメイが抱きつきシスはビシッと固まった。


「ム、ムメイ!?」

「私はちゃんといるのね。消えかかっているわけでもなく、しっかりと存在しているのね……」


 中途半端に上がった手をどうするべきか分からず狼狽えている間にムメイはあっさり離れてしまった。


「ありがとう、シス。本当はもう少し話していたいけれど話の途中で逃げて来ちゃったからクラウスの所に戻らないと……また後でね」

「あ、ああ……また、後で」


 何とか返事をするもシスはさっきの中途半端な体勢のまま全く動かず、ムメイが去った後も動く様子がない。


 しかしジワジワと顔だけでなく耳までも赤くなっていき、くずれ落ちると同時にオルトロスの姿に戻りまた動かなくなった。

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