第82話 ベヒモス

 ズリズリとレヴィアタンを引き摺るゼビウスの後ろをシスはムメイと一緒に歩いていた。

 トクメがいないとはいえ後が怖いのでムメイのすぐ隣ではなく一歩分の距離を取りながら。


 さっきからレヴィアタンが目で必死に助けを求めてくるが、ゼビウスは目的地が近いとはっきり言っていたのでいつもの気まぐれや思いつきではないらしいので止めようがない。


「ゼビウスの目的って何なのか知ってる?」

「いや……今回は何も聞いていない。村とか街があるようには見えないし何でレヴィアタンを縛ったんだ……?」


 聞いてみようかな、と思わなくもないがさっきから背筋をゾワゾワと何か走るような感じが気になりどうしてもそちらに意識がいってしまう。


「シス? さっきから落ち着かないみたいだけどどうしたの?」

「俺自身分からないんだが……何か、魔物とは違う……気配? みたいなものを感じるんだがムメイは何ともないか?」


 シスに聞かれムメイも辺りを見回したり気配を探ったりしてみたようだが何も感じないのか首を傾げた。


「シスが言うのなら気のせいというわけではないんだろうけど……ん?」

「……地震? 足音、いや、これは……声?」

「おい、この声って……まさか……」


 遠くから振動と共に野太い牛のような雄叫びが聞こえてくるが、ゼビウスは気にする事なくその声の方へ向かっている。

 レヴィアタンはその声に聞き覚えがあるのかサアッと顔を青褪めた。


「……ゼビウス、このまま進んで大丈夫なのか? その、何か、いるよな」

「ああ、あいつの狙いはレヴィアタンだから俺達は勿論、シスが攻撃される事はないから大丈夫。安心していいよ」


 それまで半ば諦めたように大人しくしていたレヴィアタンだが、狙いが自分と聞くや急に身体をビクつかせると同時にジタバタと暴れ出した。


「おっま、それベヒモスの事じゃねえかふざけんな!! やっぱあの声あいつか!! 離せ!! 外せ!! 縄を解けぇ!!」

「おーおー、活きがいいなあ。そんだけ元気があるならもう少し縄増やすか」

「嘘だろぉ!!」


 先程までは手首足首だけだった縄がいつのに間にやら一気に増え、完全にミノムシ状態になったレヴィアタンだがそれでも諦めずにビチビチと全身を跳ねさせているがゼビウスはそれをものともせず歩き続けている。


「……ベヒモス? とレヴィアタンは何か関係があるのか?」

「うーん……番、番でいいのかな。そう聞いたけど……でもベヒモスって殺されたんじゃ……」

「トドメ刺しきってなかったんじゃないか? で、復活したらレヴィアタンいない事に怒って暴れ出して、それ治める為にマモンやアスモデウスがレヴィアタン探してたみたいだから徹底的に邪魔してやった」


 狙われる心配がないとはいえ念の為とゼビウスがシスの隣に来た。しかしレヴィアタンを縛ったままなのは逆に危ない気がするが、離す気は微塵もないらしい。


「……なあ、ゼビウスとトクメがしょっちゅう出かけてたのってもしかして……」

「シスは賢いなあ、察しの通り七大悪魔達がレヴィアタンを取り戻そうとするから追い払ってたんだよ。結構しつこかったけど、こっちに来る余裕もない程追い詰められたみたいで静かになったからレヴィアタンを返しに来たってわけ」


 中々魔界へ行こうとせずやたらと時間をかけていたのは魔界、もしくは七大悪魔に出来るだけ大きな被害を与えたかったから。

 相変わらず性格の悪い事をゼビウスはいい笑顔で話しているのを眺めつつ、ふと下を見るとレヴィアタンの目は完全に死んでいた。


 しかしやはりシスにはどうする事も出来ないのでそのまま何も言わず歩き続ける。


「そういやサタンとベルゼブブ、あとルシファーは来なかったな。サタン来るの楽しみにしてたのに」

「……」


 好戦的なゼビウスとは離れて歩いている方が安全な気がしてきたが、歩く速度を緩めるとゼビウスは何も言わずに歩調を合わせてくるのでシスは諦めた。

 トクメと違い守ろうとしてくれているのは分かるが怖いものは怖い。


 しばらく歩いていると不意にゼビウスが足を止めた。


「シス、ほら、ベヒモスの姿が見えてきた。レヴィアタンに気づきそうだからこれ以上は近づかないように」


 ゼビウスが指を差した方向には確かに一匹の大きな魔物が暴れていた。


「……あれがベヒモス? かなり大きいんだな……」


 距離があるとはいえ近くに生えている木と同じ程高さがあり体格もある。

 意外な事にベヒモスはレヴィアタンのように人型ではなく四つ足の獣のような姿をしており、周りの植物よりも濃い緑色のふさふさとした毛が生えている。


「……レヴィアタンと体格の差がかなりあるが本当に番なのか?」

「違う!!あいつとしか繁殖出来ないようにされたからそうなってるだけで俺は認めてねえよ!!」

「え?」

「あっ、余計な事言うなよ」


 叫ぶようにレヴィアタンはベヒモスとの番事情を話してしまい、ゼビウスは額を押さえた。


 レヴィアタンとベヒモスは海の怪物と陸の怪物で対になっているからと言う理由だけで勝手に番にされてしまったのだが、望んでいない強制の関係、それがムメイの琴線に触れた。


「ねえレヴィアタン、ベヒモスの事どう思ってるの?」

「苦手だし普通に嫌い。言葉話さないから話通じねえし、なのに俺の事だけは番って認識してどこまでも追いかけてくるんだよ」

「ゼビウス……」


 フローラの過去と重ねてしまったムメイが完全にレヴィアタンの味方になった。

 しかしムメイが頼んできたところでゼビウスは多少悩みはすれどレヴィアタンの事を助けるつもりはない。


 ないのだが。


「…………シス、お前は? ベヒモスにレヴィアタン渡す? それともレヴィアタン助ける?」

「え、出来るなら俺もレヴィアタンは助けたいが……」


 息子であるシスの頼みとなれば話は別。

 聞くまでもなく分かっていた事だが、シスの答えにゼビウスは重いため息を吐いた。


「はあ……分かった、ベヒモスに渡すのは止める」

「た、助かった……!」

「でも縄は解かないからな。あと何か気に入らない事したら首輪の力発動させる」

「…………」

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