第81話 行動開始

「なあ、お前いつになったら雑用片付けんの」


 ガルムを冥界に連れて帰り諸々の説明を終えた次の日、地上に戻り朝食を食べ終わったゼビウスの発言にまだチーズを堪能していたトクメの動きが止まった。


「……」

「絶対行かない」

「まだ何も言っていない」

「言わなくてもお前の目を見りゃ分かる。代価は払ってんだから俺は行かない」


 うっすら漂い始めた不穏な空気にムメイ達は巻き込まれないようさり気なく距離を取り、相手の会話が聞こえないよう意識しながら雑談を始めた。

 何となく相手にも声が聞こえないよう声を潜めながら。


「レヴィアタン、顔色悪いしいつもより口数少ないけど何かあったの?」

「……地味な嫌がらせしやがって全然寝れてねえんだよ」

「? ゼビウスは昨日冥界にいたしトクメも部屋で寝てた筈だが……」

「身体固定されて数分おきに額に冷水垂らされてたんだよ。数分おきっつっても時間バラバラだし冷水は一滴だけでくすぐってえのもあるし、他よりマシとはいえ堪えるもんは堪える」

「拷問よりはマシだろうが眠れないのは確かに辛いな……」

「…………」


 シスは知らないみたいだがこれも立派な拷問である。

 本来は長期間垂らし続け睡眠妨害と精神崩壊を目的としているが、人間より遥かに強いレヴィアタン相手に一晩だけという短時間では本当にただの嫌がらせにしかなっていない。


 しかしわざわざ教える事ではないとムメイは黙って首を振ると、レヴィアタンも静かに頷いた。


 ムメイやシス相手なら多少の軽口は叩けるが、背後にトクメとゼビウスがいる為あまり意に背くような事は出来ない。

 特に今みたいにムメイに逆らいシスを困惑させたとあっては両者から容赦ない制裁が確実に待っている。


「そういえばレヴィアタンの住処は何処なんだ?」

「んあ? ああ、ここから……」


 話かけた瞬間いきなり視界がぶれ、シス達が気づいた時には全く知らない薄暗い森のど真ん中に立ち尽くしていた。


「……え?」

「何ここ、森?」

「転送魔法? うわ、しかも俺らの住んでいる方の魔界直とかマジかよ」

「シス、大丈夫か? 悪いな急に移動させて」

「ゼビウス。あれ……トクメは何処に行った?」


 ゼビウスの転送魔法なら安心だがそれでも癖で周りを確認するとトクメの姿だけが見当たらない。


「あいつは今雑用片付けに行ったから、その間に俺達はレヴィアタンを返しに行くぞ」

「わ、分かった。……なあ、レヴィアタンが魔界と言っていたが、魔界にはもう着いていたんじゃないのか?」

「着いてはいるんだけどレヴィアタンの言う魔界と一般的な魔界はちょっと違うんだよ。普通とは次元がずれてる所にあると言えばいいかな。結構複雑だし今度トクメに真面目に聞いとく」


 それでも現在ゼビウスが教えられる範囲でシスに丁寧な説明をしている後ろでは、ムメイがレヴィアタンに魔界の事を聞いていた。


「同じ魔界という呼び方だとややこしくない?」

「そうか? あんまそういうの考えた事ねえから分かんねえ。ああでもベルフェゴールは呼び名変えたがってたしベルゼブブもそれに賛成してた。でもサタンがこのままでいいじゃんって笑って終わらせたからめっちゃ怒ってたぜ、適当でいい加減にも程があるって」

「え、サタンって確か七大悪魔の、というか魔族の長よね? いい加減なんだ」

「実力主義だから性格は関係ねえぜ。でも俺から見りゃいい加減なのはベルフェゴールで、サタンはだらしないって感じだな。あとガサツ」


 戦闘だけならサタンが頭一つ抜けて強いみたいだが、ベルフェゴールによく捕まって説教されていたりマモンとカード勝負でイカサマを見抜けず負けたりと散々らしい。

 ただ決める時は決めるので普段の言動は演技ではと他の悪魔から恐れられてはいるのだが、レヴィアタン達七大悪魔はたとえ決めたところで普段のだらしなさが演技ではないと知っているので何とも思っていない。


「まあでも怒ると冗談抜きで怖ぇから俺は怒らせたくねえな。アスモデウスはよくちょっかいかけてるけど」


 魔界の説明の筈がいつの間にか話は逸れていき気づけば七大悪魔の話になっているが、ムメイはこっちの方が聞いていて面白いらしく楽しそうに聞いている。


「へー、ねえベルゼブブは?」

「っ、ベルゼブブは……」

「はいそこまでー。目的近づいてきたから終わり」

「うおわ!?」


 ベルゼブブについて話しかけたレヴィアタンだが、いきなりゼビウスに杖で足を払われそのまま地面へ倒れた。

 すぐに立ち上がろうとしたが、いつの間にか両手足を頑丈な縄で縛られ先はゼビウスが握っている。


「え、何で俺手足縛られて繋がれてんの? すっげぇ嫌な予感すんだけど」


 そのままズリズリと引き摺られていくが、相手がゼビウスの為払われた足の痛みや地面に擦れる痛みを訴える事すら出来ず大人しく引き摺られるしかない。


 それでも何とかならないかと必死の思いでシスに視線をやるが、黙って首を振られたのでレヴィアタンは諦める事しか出来なかった。

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