第65話 トクメVSカイウス

 それぞれが戦いを始める少し前。

 宮殿でカイウスは玉座に肘をつきながら座っていたが、先程から外が騒がしい事に気づき眉を顰めた。


「さっきから煩いな。何があった」

「はっ、どうやら神界に侵入者が現れたらしく現在我々で対応しているところです」


 急いでやってきた衛兵は膝をつき報告するのをカイウスはつまらなさそうに指先で炎のように真っ赤な髪を弄る。


「たかが侵入者に時間がかかり過ぎだ。俺が出る」

「しかしっ!」

「丁度暇だったんだ。俺に喧嘩を売ればどうなるか教えてやろう」

「そうかそうか、ならば是非教えてもらおうではないか」

「なっ!?」


 知らない声が聞こえてきたと同時にすぐ側にいた衛兵が、いや衛兵だけでなく宮殿内からカイウス以外の気配全てが消えた。

 そして目の前には見知らぬ白い男が立っている。


「お前が衛兵の言っていた侵入者か。中々いい度胸をしているな」

「その衛兵が指している侵入者は私の事ではない。私はお前が来いと言うからわざわざ来てやっただけだ」

「俺が?」

「メイリンと言ったか、その女に告げただろう。私がお前に仕えるようにしろと」


 メイリン。

 その名前に心当たりはある、そして男の言葉にカイウスは納得した。


「成る程。人の身でありながら自力でこの神界に来れるとは、十分俺の役に立てる程の力はあるな」

「何を、勘違いしている?」

「何?」


 見上げた先にあるのは歪な笑みを浮かべた男の顔。


「誰が、お前に従う為に来たと言った。逆だ。私は、お前を落としに来た」

「ほう……俺が誰かと知っての言葉か?」


 一瞬、背筋に走った悪寒を無視してカイウスは玉座から立ち上がり正面から睨みつけた。


「勿論。父親殺しのカイウスだろう。弟、特にゼビウスを物のように扱い父親殺しの冤罪など都合の悪い事全てを押しつけた無責任な男だ。ああ、長男とは全てに於いて一番であるべきだという固定観念に囚われた哀れな男と言うべきか? それとも器の小さな男?」

「貴様っ!!」


 あからさまな挑発だが、図星をつかれたカイウスは怒りのままに剣を振りかざした。


 ******


 遠方から聞こえた爆発音にシスは思わず三つの首全てをそちらへ向けた。

 視線の先には立派な神殿があり、黒い煙が上がっている。


「とらえた!」


 煙に気を取られた隙に天使族が斬りかかってきたが難なく避けると背後に回り、前足で押し倒すと同時にシスは背中の羽根に噛みつきそのまま引き抜いた。

 大量の羽根が舞い上がり、羽根を抜かれた天使からは凄まじい叫び声が上がるがシスは構わず次から次へと襲ってくる天使達に噛みついては羽根を抜いていく。


「? うわ、やべっ」


 何かが触れた感触に足元を見ると時喰い虫が地面を食らっており、シスは慌てて離れた場所へと移動した。


 つい先程、シスは何の前触れもなく神界へと連れてこられ放り投げられた。

 思わず元の姿に戻ってしまう程に急だった。


 やったのは当然トクメ。


「天使族とカイウス以外の神族を引きつけていろ。間違っても時喰い虫を傷つけるなよ」


 それだけ言うとトクメはシスの返事も聞かずに姿を消してしまった。


 とても派手な爆発音を響かせてから。


 シスとしてはもう少し説明が欲しかったが、爆発音を聞きつけた天使達に一斉に襲いかかられそんな余裕は吹き飛んだ。


 とりあえず襲いかかってくる敵を倒し、時喰い虫が近くまで増殖してきたら距離を取りまた敵を倒すという事を延々と繰り返していく。


 ふと上空が暗くなり咄嗟に下がるとすぐ目の前で剣が突き刺さった。

 少し切れてしまったらしく、中央の鼻から血が一筋垂れるのを感じ舌で軽く舐め取る。


「神界に侵入者と聞き来てみれば卑しい魔物とは……だが相手が誰であろうとこの戦いの神アレン! 容赦はせんぞ!」


 出来れば容赦してほしい。


 真っ先に思った言葉はかろうじて飲み込んだ。


 シスとしては襲いかかってこないなら何もしないので放っておいてほしいのだが、既にそんな事は通じない程天使達の羽根を毟り取ってしまっている。


「カイウス様より直に授けていただいたこの神剣エクスカリバーに斬れぬものはなく決して折れん! その身をもって思い知るがいい!」

「やっぱりそうなるよな……」


 先程まで襲いかかってきていた天使達はアレンとシスを囲いそれぞれ持っている武器を向けている。


 アレンに勝っても負けても戦いは終わらない。


 シスは腹をくくった。


 ******


 顔面に迫った拳を具現化した魔力で受け止め、さてどうするべきかとトクメは考えた。


「またこれか……! 忌々しい!」


 大きく舌打ちしカイウスは一度距離を取るが、それはこちらのセリフだとトクメは口には出さず反論する。


 先程までは剣と炎を使い攻撃していたが、魔力の差に気づいたのかそれとも物理攻撃に怯むトクメに気づいたのかその両方か、すぐに魔法を使うのを止め素手の攻撃に切り替えてきた。


 いつもならば相手と言葉を交わし言いくるめたり揚げ足を取ったりなどしてペースを乱させるのだが、頭に血が昇っているカイウスとは会話が不可能な状況であり更にトクメも絶え間なく繰り出される攻撃に怯んで会話どころではない。


 好戦的な割に意外とこちらの様子を見ているカイウスに魔力量でしか勝てていないトクメには分が悪かった。


(脳筋と思っていたが意外と頭が回るのか……いや戦闘に関してのみか)


 再び殴りかかってきたカイウスに気づかれないよう冷や汗を流しながら魔力の壁で防ぐ。


(流石は兄弟。戦い方がそっくりだ)


 怒ったゼビウスがトクメに攻撃する時も魔力の壁があっても構わず、むしろ恐怖心を煽る為にあえて真正面から殴ってくるが、まさか今日初めてまともに顔を合わせた相手も同じ戦法を取るとは思わなかった。


 覚悟さえ決めれば勝機はあるのだが、元々戦闘向きでないトクメはカイウスの猛攻にどうしても怯んでしまう。


 このまま相手が疲れ切るまで待ちたいが、それでは時間がかかり過ぎる。


(ムメイは大丈夫か? まだ余裕はあるだろうが魔力を消耗させ過ぎるのは良くない。やはり早めに決着はつけるべきか)


 そうトクメが覚悟を決めた時だった。


「!? 魔力が戻ってきた……まさかムメイに何かあったのか?」

「隙あり!!」

「っ!!」


 突如ムメイにかけている魔法が解けその分の魔力が戻ってきた。

 それに気を取られカイウスへの対応が遅れトクメは鳩尾を殴られ後方へと飛ばされた。


「お前の魔力は目を見張るものがあるな、このまま消すのは勿体ない。お前に選択肢をやろう、好きな方を選べ」


 倒れ込んだトクメに跨るとカイウスは心臓部分に手を当て、そのままズブズブと沈めていく。


「このまま俺に吸収されるか、絶対服従を誓うか。どちらがいい」

「…………」


 どうやらトクメの魔力が狙いみたいだがすぐに顔色が変わった。


「何だコレは……生物ではない……魔力の塊か?」

「意外と頭が回るのだと思っていたが……やはり戦闘にだけか」


 呆れたようにため息をつくトクメにカイウスは焦ったようにグルグルと沈めたままの手をかき混ぜるように動かす。


 カイウスの狙いはトクメの魂、その中心部分。


 それさえ掴めれば相手をそのまま吸収したり魂から服従させる事も可能なのだがトクメにはその魂が何処にもない。


「言わなかったか? 私は人間でも精霊でもないと。この身体は造り物だ」

「がっ!?」


 お返しとばかりに今度はトクメがカイウスの胸の部分へ腕を伸ばし中へと沈めていく。


「貴様っ……!」

「掴んだぞ、神といえど魂があるのは他と変わりないみたいだな」

「魂がないとは……何者、なんだ……」

「失礼な、私にも魂はある。世界最古の怪物、いや旧世界の怪物と言えば通じるか? それともディメントレウスが造った世界最強の怪物の一部とでも?」


 トクメの言葉にカイウスは目を見開いた。


 ディメントレウスも旧世界も、知っている者はもうほとんどいない。

 神族でも知っている者はカイウス達三兄弟ぐらいである。


 ディメントレウスの名を知っているという事は。


「っ!!」


 今更ながら思い出した。

 目の前の男はカイウスを『父親殺し』と言った事を。


 カイウスの脳内で警鐘が鳴った。


 しかしもう遅い。

 既に己の魂は掴まれ、相手の魂は見つからない。


 このままでは完全に消滅してしまう。


「貴様を吸収など願い下げだが流石は腐っても神、消滅させるのは難しいか……ならば」

「!?」


 もう片方の腕も沈めるとトクメはカイウスを思い切り引き寄せた。

 顔がつくギリギリまで引き寄せられカイウスはせめてもの抵抗に思い切り睨みつける。


「……ディメントレウスの造った魔法に転生魔法があったな……膨大な魔力を使う割に特に何か得があるわけでもないむしろ損しかない意味のない魔法が……」

「おい……まさか……」

「私の今ある魔力でギリギリ足りるぐらいか……まあいいだろう。後の事は後で考える、今は今の事だけ考えよう」


 ポウ、とカイウスの体内が、正しくは体内に沈められているトクメの両手が光り始めた。


「止めろ……おい、離せっ! ふざけるな!! 俺は、俺はっ! この世界を造った神だぞ!? 俺がいなくなったらこの世界はどうなるか分かっているのか!?」

「自意識過剰な奴め。お前がいなくなってもどうもならん、せいぜい神界が少し騒ぐくらいだ。ほら、暴れるな、出来る限り近づいていないと転生先の身体が安定せず生まれる事すら出来なくなるぞ」


 トクメは更に顔を近づけカイウスの耳元で囁く。


「お前にはなるべく長く苦しみながら生きてもらわねばならん。長く、長く」


 苦しみしかない生でもすぐに死なれては意味がない。


 優しく呪詛を吐きながら、トクメは優しい笑みを浮かべる。


 どう動いても先にあるのは絶望。

 それを思うとトクメは笑いを止める事が出来ず、カイウスの顔色はどんどん悪くなっていきもう何も言えなくなった。


「そうだ、どうせ忘れるだろうが最後に教えておいてやろう。私の本体は頭だ、腹部でなく頭を探っていたならば私は魂を掴まれそのまま敗北していた」


 残酷な運命の選択肢の答えを聞かされると同時に魔法は発動された。 

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