第25話 トクメの考え

 ふう、とトクメは読んでいた本をパタリと閉じた。


 今日だけで読んだ本は軽く百を超え、部屋には塔のように高く積まれた本がいくつも置かれている。


「(……今日も特に変化はなし、か)」


 トクメの視線の先には時喰い虫がおり置かれた本を食べようと必死で齧っているが、魔力で具現化された本には傷一つついていない。


「…………」


 トクメは何も言わず指で軽く招くと時喰い虫は本からトクメの指へと向かい、そのまま齧り出した。


 本と違い指はガリガリと食べられていくがトクメは特に痛がっている様子もなく、ただひたすら自分の指を齧る時食い虫を何ともいえない表情で眺めている。


「……(まあ、この身体は作り物。物体という認識であってはいるが、父親の身体でも関係なしか……)」


 トクメの心中をよそに時喰い虫は指から手へとどんどん食べ進めていき、とうとう手首まできたところでトクメは時喰い虫を具現化した魔力で包み込んだ。


 魔力で包まれた時喰い虫は先程までの動きと打って変わり、丸まった状態で微動だにせず静かにしている。


 トクメはそのまま時喰い虫を自空間へと送ると瞬時に作り直した手を顎にやった。


「(今日はここまでだな。さて次はムメイだな、そろそろ共に出掛けんと寂しがりそうだが……)」


 ムメイは自由を願う心から生まれた精霊であり、その名の通り自分の思うまま自由気ままに過ごす事を好んでいる。

 しかしとある事情により誕生した時からほとんどの『自由』がない。

 

 普段から干渉し過ぎて消滅しないよう適度に距離と時間を置いて接触しているが、旅行中ぐらいは思う存分構いたい。

 しかし肝心のムメイが照れているのかそれとも反抗期なのか中々一緒に出掛けようとしない。


「(ゼビウスに懐いているみたいだから私も奴のように様々な魔法を見せたり珍しい品を贈ったりしているが、興味ないのか反応無し……ゼビウスと私の違いは何だ?)」


 積んだ本の塔を一本ずつ自空間へ送りながらトクメは考え続ける。


「(強さだと言うのならそれは間違いだと正さなくては。ゼビウスは確かに強いがあれはただ力任せに殴るのを好む脳筋、魔法ならば私の方が……いやまさかそれか? もしかして素手で戦うのがいいのか? 素手、そういえばシスだ、奴がいたな)」


 シスの事を思い出した瞬間手元が狂ったのか送ろうとしていた本の塔が崩れたが、トクメは特に取り乱す事なく魔法で綺麗に積み直し再び自空間へ送るがその顔は先程までの穏やかな表情とは違い不機嫌そうになっている。


「(ムメイがゼビウスに懐いているのは構わんが、シスがムメイに好意を持つのは許さん。何度致命傷を負わせ追い払ってもしつこくムメイに近づこうとする諦めの悪さは本当に腹立たしい、しかもこの旅行も勝手について来て図々しい事この上ないな)」


 そのままトクメは不機嫌な表情のまま本の塔を次から次へと素早く自空間へ送っていく。


「(おかげで私はシスの監視をする為に奴とばかり行動を共にしムメイの側にいる事が出来ずにいる。何とかシスを寄せ付けないようにしつつムメイと出掛けるには……いや待て、街の隅に軽いとはいえ呪が発生いる場所があったな。まずはそこの解呪が先か)」


 全ての本を自空間へ送り終わるとトクメは椅子に座り直した。


「(ムメイは呪いに弱いどころか耐性が全く無い。今は何ともないみたいだが、件の場所に近づけば引き寄せられ出られなくなる可能性が高い。まずは解呪、次に穢れを完全に落とし安全の確認だな)」


 今後の行動を決めるとトクメの気分は落ち着いたのか、不機嫌そうな表情から穏やかな笑みへと変わっている。


「(共に出かけるというだけなのに随分準備と時間がかかるが……手間がかかる程可愛いものだ。時喰い虫も、ムメイも)」


 トクメは娘達を非常に大事にしており、常に気をかけ考えている。


 しかしこの男、その事を一切言わない。


 時喰い虫との扱いの差についても、時喰い虫はトクメが保護した時には既に自我が崩壊し意思疎通が不可能な状態になっていた。

 なのでトクメの魔力で閉じ込め、暴走して時喰い虫が殺されないようトクメの自空間である図書館で保護している。


 この事をムメイに伝えればいいのだが、トクメは時喰い虫は基本図書館から出さないとしか言っていない。

 その為ムメイから見れば、自分は放置されているのに時喰い虫は図書館で過ごさせ、常にトクメが側において離さないと捉えてしまっていた。


 その為、ムメイとのすれ違いが発生しどんどん溝を深めていっている。


 ムメイに何か一言でも考えている事を伝えていれば良かったのだが、伝えるのは頭の中でまとまった事のみでありそれはことごとくムメイの神経を逆撫でし、ゼビウスが前に心配していた通り、ムメイに向かって「反抗期」ともしっかり言ってしまっていた。


 お互い少しでも考えている事を伝えれば解決するのだが、トクメはそれに気づかずムメイは聞くのを恐れている。


 ある意味似た者親子とも言えなくもなかった。

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