第6話 名前

「これが人間……姿は変わりませんが何だか重く感じます」


 あの後一応話はまとまった、という事にしてイリス達は旅行の為に人間へと姿を変えていた。

 しかしルシアは初めてという事もあり中々上手く出来ず、イリスとウィルフに手伝ってもらいようやく人間化できた今は手を握ったり開いたりしながら感覚を確かめている。


「人間になると実体を持つからな、まあ慣れれば気にならなくなるから大丈夫だろう」

「あとは……そういえば自由の精霊は名前をどうするの?」

「ん? ああ、そっかすっかり忘れていた」


 自由の精霊は呪に対する耐性が全くない。

 名前すらも強い呪縛となり、本来の名前のままでは下手をするとその者自身となり精霊に戻れなくなってしまう可能性が高い。


「かといって適当な名前でも定着しちゃうと人間になるかもしれないし……」

「それならば私がつけてやろう。定着する心配もない安心安全な名前をこの私がな」

「真面目に考えると危ないからムメイにするわ。名前が無いという意味の無名ムメイ、これなら大丈夫でしょう」

「ふむ、ならば私はトクメと名乗ろう。私には名前という概念がない故そのまま匿名トクメイと名乗るには少し合わんから多少変えてみた。どうだ? 名無しの無名と匿名、揃いのようで中々いい名前だとは思わんか」

「そっちは? いい名前思いついた?」


 自由の精霊改めムメイは何か答える事もせず完全に無視し、今も真剣に考えているのか顎に手を当てたまま動かないでいる黒い男に声をかけた。


「えっ、と……俺も名前という概念がないからいざ決めるとなると……難しいな」

「何だ悩んでいるのか、なら私が名前を考えてやろう。オルトなんてどうだ? もしくはロス?」

「うるさい黙れ。……シス、だ」


 ムメイには丁寧に答えていたが、トクメに話しかけられた途端鋭く睨みつけると少し考えてからすぐに名前を決めた。


「シス? それならばドウやトロワの方が相応しいだろう」

「黙れと言っているだろう。とにかくシスだ」


 険悪な割にトクメは普通に話しかけているが、口調や雰囲気からどこか馬鹿にしているような見下しているように感じる。

 恐らくシスもそれを感じ取ったのか更に強く睨み、唸り声も聞こえる。


「……ねえ、えっと、ムメイ? さっきから気になっていたんだけどその首にある模様は何?」


 トクメとシスの様子に怯えたのかルシアが話を逸らそうと先程から気になっていた事をムメイに尋ねていた。

 確かにムメイの首には黒い不思議な模様がぐるりと一周するように描かれている。


「奴隷に施される魔法陣か。この種類は最近新たに追加された永久奴隷のものだな。借金奴隷や犯罪奴隷、終身奴隷より更なる下……奴隷身分の返上どころか向上さえ許されない奴隷最下層だ。当然扱いは終身奴隷より悪い」


 シスと睨みあっていたトクメだが、ムメイの話になった途端にすぐにこちらへと近づき話に加わってきた。


「人間になっただけで奴隷……? 一体何したのよ……」

「心当たりはあるけれど、私自身の事ではなさそうね」


 ムメイの言葉に周りは静かになり、トクメでさえ何も言わなくなった。

 ウィルフが何となく視線を彷徨わせると先程トクメがいた場所でシスがまた倒れていた。

 どうやらトクメがこちらに来る前に何かやらかしたらしい。


「……大丈夫か?」

「……ああ。こういうのは初めてじゃないから大丈夫だ、慣れている」


 ウィルフに声をかけられてシスは立ち上がると身体についた土を手で払った。


「そうか……もう知っていると思うが俺はウィルフと言う。不安しかない旅行だがこれからよろしく頼む」

「……お前は何でこの旅行について行く事を決めたんだ?」


 シスはウィルフの差し出した手を見つめた後、探るような目でそう言ってきた。


「俺か? トクメの思いつきに巻き込まれただけだ。まあイリスもいるから悪くはないと思っている」

「そうか……シスだ、人間の生活は初めてだから色々迷惑をかけるかもしれない。こちらこそよろしく頼む」


 好意的な返事は返されたが、シスはウィルフの差し出した手を相変わらずジッと見つめたまま動こうとしない。


「?」

「まだ出発しないなら……少し休んでいても問題ないよな」


 そのままシスはズルズルと木にもたれながら座り込んだ。


 その姿を見てウィルフは思い出した。


 シスは最初トクメにより高所から地面に叩きつけられていた事を。

 それに見ていなかったが、もう一撃受けていた事も。


 ムメイには大丈夫だと言っていたが、そうでもなかったらしい。


「……本当に大丈夫か?」

「あの野郎……いつか倒す」

「……そうか」


 先程の攻撃といい、トクメとは何かしら因縁があるらしいがウィルフは何も聞かない事にした。

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