第2話 カイネと精霊
「うーん、困ったものね」
遥か上空で頰に手を当て考えているのは平和の精霊イリス。
その前にはあの金髪の精霊ルシアが反省しているのか正座の姿勢で俯いて大人しくしていた。
「怒っていたとはいえ当事者だけでなく城も壊すなんて……扱いきれない程の強い魔力というわけではないのだから、やっぱり魔力の扱いにまだ慣れていないということかしら」
「ごめんなさい、お姉様……」
怒りまくっていた時とは一変し、ルシアは『お姉様』と慕っているイリスに素直に謝っている。
そんなルシアにイリスは肩へ手を置き優しく微笑みかけた。
「大丈夫よ、扱えていないわけじゃないのだから何度も使っていくうちに上達していくわ。私も手伝うから頑張りましょう」
「お姉様……!」
「仲良くしているところ悪いんだけどちょっといい?」
イリスの優しさに感動したルシアがギュウッと抱きしめると、頭上から声がかけられた。
「あ! またお前か!」
「来てくれたの。この間の事は聞いたわ、大変だったわね」
「本当ね、異世界召喚は何度かあるけどあそこまで禍々しいのは中々見ないわ。ある意味奴隷になるわけだしね」
「お、お姉様……何でこんな奴と和やかに話しているのですか……」
ルシアは先程まで落ち込んでいたのが嘘のように怒ったりショックを受けたりとコロコロ表情を変えている。
「え、私とイリスは仲良いんだけど知らなかった?」
「嘘……お姉様のような完璧な方がこんないい加減な奴と付き合いがあるなんて……」
「失礼ね。私は嘘はつかないわよ、嘘は」
「ルシア、自由の精霊は別にいい加減な性格じゃないし悪い事だって別に……悪い事は……していない、と言えるのかしら……?」
「私を見ながら言われても」
何かしら庇おうとしたイリスだがハッキリと言い切れず自信なさげな様子にくわえ、自由の精霊も軽く笑いながら否定しないのでルシアの不信感は募るだけだった。
「だ、大体! 今もお姉様に名前を教えていないなんて失礼にも程があります!」
「イリスは私の名前を知っているわよ」
「え?」
「教えていいの?」
「この子の性格上問題ないでしょう。むしろ、教えておかないと他の場所でソレを指摘される方が問題」
「ああ……それもそうね」
「ええ?」
ルシアは自由の精霊と相性が悪いのか、短気な性格も相まってやたらと喧嘩腰になってしまっている。
その為、ルシアには自由の精霊ではなくイリスが説明した。
「えっとね、自由の精霊は呪いへの耐性が全くないの。だから名前ではなく『自由の精霊』と呼んでいるのよ」
「呪い……名前すらも?」
「名前も一種の呪縛でしょう。呼ばれるだけでも縛られてしまうの」
「あれ、名前もダメならあの異世界召喚の呪いも……」
「対象が異世界の者だから助かったものの、それでも普通に引きずらてしまうから触るのは勿論魔力越しでもダメね」
だからあの時魔法陣を壊さず近づきもしなかったのかと、ようやくルシアは納得した。
「あとね、よく勘違いされているけれど空も飛べないの」
「え?」
思わずそちらを見るが、自由の精霊は相変わらず宙に浮いたまま足を組んで座っている。
ルシアの目が疑わしげに細くなった。
「コレ、飛んでいるんじゃなくて正しくは『座っている』だから」
「は?」
「魔力を具現化させてそこに座っているの。魔力を固めていると言えば分かる?」
「……この間普通に移動していなかった?」
「あれは空間転移。飛んでいるわけじゃないの」
「…………」
「あら、随分楽しそうに話しているのね。私も混ぜてもらえるかしら」
微妙な沈黙に包まれた時、再び頭上から別の声がかけられた。
「うわ……」
声の主をイリスは無言で睨み、自由の精霊はあからさまに嫌そうな声と表情をしている。
「貴女は?」
「こんにちは、可愛らしい小さな精霊さん。私はカイネ。愛を司る者カイネ、よろしくね」
「イリス、悪いけれど私はこの場を去るわ」
「そんなに急いで去る必要ないじゃない。たまにはゆっくり話しましょうよ」
「お断り。私は一時も話したくないし、一緒にいると知っただけで機嫌が悪くなる奴がいるの。それじゃあイリス、また今度」
「あいつ……! 何て失礼な奴なの!」
カイネへの態度を怒るルシアだが、肝心のカイネは特に気にしたり怒ったりしている様子はない。
「残念ね。じゃあイリスと小さな精霊さんで話しましょうか」
「私もこの場は去らせてもらうわ。貴女と話す事なんて何もないもの」
「お姉様?」
自由の精霊だけでなく、いつも穏やかなで相手を否定したりしないイリスすらもカイネを拒絶しルシアは驚き思わず顔を見上げた。
イリスは敵と対峙しているかのような表情でカイネを睨みつけている。
「そうかしら。貴女は平和を司る者でしょう。愛と平和は昔から共存しお互い支え合ってきたのだから私達だってそうなれるはずよ」
「愛と平和はそうでも、私はあくまで平和の感情から生まれた精霊。貴女と仲良くする義理はないわ。ルシア、私はここを去るけど貴女は好きにしていいからね」
「え、あ、お姉様……」
イリスはルシアにそう言うとフワリと何処かへと飛び去ってしまい、その場にはカイネとルシアだけが残された。
「淋しいけれど仕方ないわね。さて小さな精霊さん、何をして時間を過ごしましょうか」
「申し訳ありませんが、私もこの場を去らせていただきます」
「あら、そうなの?」
カイネはルシアの金髪より少し明るく、イリスに似て優しく穏やかな雰囲気をしており自由の精霊と違い礼儀正しくもあり、どこか神々しさを感じる。
ルシアからすれば好感を持てる筈なのだが、先程のイリスの様子を思うと一緒にいたい相手とは思えない。
「それでは失礼させていただきます」
それでも律儀に頭を下げるとルシアはイリスの後を追い飛び去った。
「皆冷たいのね」
その場にはカイネだけがポツンと残されたが、その表情は特に曇ってもいなければ気にした様子もない。
「でも構わないわ。どんな者でも平等に愛し愛を与えるのが私の役目なのだから」
そう言うとカイネは他の相手を探す為音もなくその場から消えた。
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