第60話 柔らかな夢を③


あったかくてふわふわしたところにいた。

なんとなーく気持ちよくて、どこにも力を入れないまま、ゆらゆら漂っているような。


手を、包まれているような気がする。

とてつもなく温かくて、優しい何かに。

こんなにふわふわしていても、この手を包む何かがあるから大丈夫、そう思うような

何か。


「…カイ。カイ、起きて」

どこからか声がする。

明るい光みたいな、僕の大好きな声。

「カイ!」

はっと目が覚めた。どうやら僕は、ヒオの寝顔を見ながら自分も眠ってしまっていたらしい。

「やっと起きた」

ニコニコ笑うヒオは、しばらく前に目覚めていたようだ。

「…おはよ」

なんだかまだふわふわしたままの僕は、ポヤポヤしたまま挨拶をする。

「おはよ」

挨拶を返してくれたヒオを見る。

元気な時より少し痩せてしまったけれど、今の笑顔に無理はなく、安心する。


よく見ると、あたたかく僕の手を包み込んでいたのはヒオの手だったようだ。

「手…」

「ああ、つい気持ちよくて握ってた。イヤだったか?」

少し心配そうなヒオに、首を振る。

「ううん。あったかくて気持ちよくて、安心した」

「そか」

穏やかな笑顔に変わるヒオ。

まだ少し寝ぼけている僕は、そのままふわふわ話し続けた。

「包まれた手があったかくて、気持ちよくて、その手がヒオの手って分かってすごくうれしくて」


黙って聞いてくれているのをいいことに、まとまりのない話を続ける。

「やっぱりヒオに隣にいてほしいんだなー、って思った。ずっと考えてたけど、ヒオが、皆がそばにいてくれたら、それがたぶん僕の天国なんだよ」

あの激情の日を思い出す。

僕の大事なものを傷つけるヤツを葬り去ろうとしたあの日。

もちろんそれが間違っていたというのは分かっているけれど、あの感情は正しかったと今でも思う。


「だから、ずっといてよ。そばに。僕、がんばるから」

そう言って見上げたヒオの目からは涙が幾つも幾つも落ちてきて、日の光を受けて輝くそれをとてもキレイだと思った。

それでも、やっぱりヒオが悲しいなら僕も悲しい。

「泣かないで…」

手を伸ばして、濡れていく頬を撫でる。

「…いいんだよ、うれしいから」

ヒオはそういうと、泣きながら笑った。


うれしいのか、それならいいか。

僕の言葉を嬉しいと思ってくれているなら、僕も嬉しい。

立ち上がって、ベッドに座っているヒオの体を抱き締める。

細い体を包み込むように、僕の大好きが伝わるように。

しばらくずっとそうして、二人して笑った。

泣きはらした不細工な顔で笑った。





「実は、ヒオに頼みがあって」

ブサイク二人組がやっとのことで落ち着いて、今日のお昼ごはんを食べていたときに僕は切り出した。

「なに?」

不思議そうに問いかけられる。

少し勇気を振り絞ってヒオの目を見つめる。

「僕、将来の夢とか分からなかったんだけど、初めて夢ができたんだ」

昨日から考えていたこと。

何よりヒオに一番に打ち明けたかった。

「ヒオ、僕と一緒に喫茶店やってくれない?」

「…はっ?」

訳が分からないといった顔でヒオが見てくる。


「とにかくずっと皆といたかったんだ。将来やりたいことなんてそれだけでいい、そう思ってた。でも、それじゃダメなんだ」

昨日の夜、ずっとベッドで考えていたこと。

皆の夢、僕の夢。

「皆いつかそれぞれの道を行くだろうし、則正さんとか幸也さんなんかは結婚も近いだろう。祐介くんもお菓子作りを勉強したいって言ってる。じゃあ僕は、何ができるだろうって考えて。今のところ、料理を作るくらいしかできないから、それならそれを生かさなきゃ、と思ったんだ」

プロの料理からはほど遠い、見よう見まねの家庭料理。それでも。

「喫茶店でもなんでもいいんだ。ただ、僕の料理で、皆が帰ってこれる場所を作りたいなー、て思ったから」

僕たちの家。

皆がいつか今の家を出ても、帰ってこれるそんな場所。それが僕の夢。

「ねえ、ヒオ。一緒にそんな場所作ろうよ。皆にお帰りって言える場所を、僕たちで」

真剣な目でヒオを見ると、ヒオも同じように真剣な眼差しを返してくれた。

「…オレで、いいのか?」

「ヒオがいいんだよ」

そう言うと、ヒオは再び一筋の涙を流した。

でもそれは、きっと悲しい涙じゃなく嬉しい涙だって分かるから、僕は微笑んでヒオの両手をきゅっと握るのだった。

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