第42話 寂しさを知る②
誰かが優しく肩を叩くのを感じる。
「カイ、かーい、」
ゆっくり体を揺すられながら、穏やかな声が遠くから聞こえる。
今僕はとても温かいものに包まれていて、そこから引き剥がされるのはものすごくツラい。それでも、聞こえる声もそれと同じくらいに温かくて、悪くはないのかなー、なんて思うのだ。
ゆるゆると僕は目を開いた。
そこには、僕を取り囲んで覗きこむ三人の姿。
「カイ、起きた?」
優しく聞いてくれる幸也さん。
「…はい、おはようございます」
声を出して、僕は自分がまだとてつもなく温かいものに拘束されていることに気づいた。
「…え、ヒオ?」
よくよく見ると僕はまだソファの上にいて、さらにヒオにガッチリ抱きつかれていた。
さらに、ヒオはこれだけ取り囲まれ話しかけられているのに起きる様子もない。
「起きてきたら二人ともこの状態で抱き合って寝てたから、びっくりしたぞ」
笑いながら則正さんは言う。
「いいよな~、オレもカイを抱き枕にして寝てみたい」
祐介くんはなぜか拗ねていて。
「ソファで寝て寒くなかったか?」
そう聞いてくれるのは幸也さん。
しっかり抱き締められていたのと、僕が知らない毛布が掛かっていたから、これはヒオが持ってきてくれたのだろう。
「すごくあったかいから大丈夫です」
「たしかに、ヒオあったかそー」
祐介くんがヒオのほっぺたをツンツンすると、んー、とかなんとか言ってヒオはさらに僕への拘束を強めた。
「ヒオ、ヒオ起きて」
耳元で大きめの声で話す。
そろそろ起きてくれないと、恥ずかしさとか肉体的にとか、いろいろ厳しい。
「…んー…おはよ…」
まだものすごく寝ぼけたような声ながら、なんとかヒオが起きてくれた。
「おーい、寝坊助さん。なんでこんなことになってんの?」
則正さんが、皆を代表して聞いてくれる。
「あ?こんなことって?」
「リビングのソファでカイを抱き締めながら寝ていたことについて」
端的にまとめてくれた祐介くんに、
「ああ、夜中、カイが寂しがってたから」
あっさりと返す。
寂しがってた…僕そんなこと言ってたっけ?
「夜中、なんとなく目が覚めて水飲みにきたら、ソファでカイが丸くなってて、オレの顔見たらそのまま寝ちゃって。じゃあここでいいか、って」
確かに夜中、全然寝られなくてリビングに来て、ヒオの顔を見た途端急に睡魔に襲われたんだった。
「寂しい…」
それでもその感情に覚えがなくて、なんとなく口に出してしまった。
「そ。カイ、おまえ寂しかったんだよ」
なんてことないように、ヒオが断言する。
「夜中目が覚めて寝られなくて、でも誰かに会ったとたん眠くなる、なんて寂しい以外何がある?」
そうなんだ。
どうしても眠れなくて、自分の存在が心許なくて、訳もなく寒くて。
そうか、あれは寂しかったんだ。
「そういうときは、誰かの部屋に来たらいいんだぞ」
「そうそう。皆、大歓迎だから」
そう言って、頭を撫でてくれる。
「でも良かったよ」
「何が?」
「カイも、ちゃんと『寂しい』が分かるようになったんだな」
祐介くんがそんなことを言う。
「ほんとだね」
納得している皆が不思議で聞いてみる。
「それって、いいことなんですか?」
「そうだよ。今まで無意識に抑えつけてなかったことにしてきた感情を、ちゃんと分かるようになったんだ。これはカイの成長で、僕たちに心を開いてくれた証拠だと思うよ」
則正さんが丁寧に教えてくれた。
「そうなんだ。寂しいって、こういうことだったんだ…」
これまでは、どんなときも寂しさなんて感じなかった。というより、感じてはいけないと思っていたんだ。
「カイはまた一つ自由になったんだな」
嬉しそうなヒオを見ていたら、僕もなんだか嬉しくなってきた。
「カイだけじゃなくて、皆もだけど。寂しいと思ったら、ちゃんと言うんだよ」
幸也さんがまた頭を撫でてくれた。
「はい!」
「今度、オレとも一緒に寝ようぜ」
「はい、お願いします!」
「一回、リビングに布団敷いて皆で寝てみようか」
「それいいね!」
話がどんどん膨らんでいく。
寂しい、は嬉しい感情じゃなかったけれど、寂しさのあとにこんなあったかいものが待っているなら、寂しさも悪くはないのかもしれない。
「ヒオ、ありがとう」
僕が心も体も寒くないようにしてくれたお礼を伝えたら、
「オレもあったかくて、よく眠れたよ」
とヒオは笑ってくれたのだった。
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