第39話 次男坊の恋②
そんなことがあった夜から、少しずつ幸也さんが浮かない顔をしていることが増えた。
もちろんそれは、僕が少し気にかけて見ているから分かる程度で、他のみんなは気づいていないようだったけれど。
「幸也さん、今日は早く帰って来るの?」
何の悪気もなく尋ねるヒオに、少し慌ててしまう。誰かがうっかり地雷を踏んでしまわないか、最近はどうしても気を揉んでしまうのだ。それが不自然になりすぎてバレてしまわないように、必死にいつも通りを装う。
「うん、仕事終わったら普通に帰って来るよ」
顔色も変えず返事する幸也さん。
「じゃあちょっと英語教えてよ」
「いいよ、晩ごはんのあとに持ってきな」
幸也さんは教えるのがうまいので、たまにこの家のリビングでは勉強会が開かれるのだ。
このまえヒオがもう少しでテスト期間に入る、と言っていたから、その準備だろう。
「じゃあ、そのあとで。幸也、ちょっと付き合え」
則正さんが割って入る。
「ああ、はい。久しぶりにコレ?」
幸也さんは、グラスを傾ける仕草を見せる。
大人組は、僕たちがそれぞれの部屋に引き上げてから、時折二人でお酒を酌み交わしているのだ。
「そ。いいのが手に入ったからな」
ニヤリと笑う則正さん。
「いいなー、大人」
「オレたちも早く参加したいよ」
ぶーぶー言うヒオと祐介くんを軽くかわしている則正さんを見て、幸也さんの変化を則正さんあたりなら分かっているのかもしれないなぁ、と思った。
二人でお酒を飲みながら話せば、僕にはよく分からない幸也さんの悩みも吹っ飛ぶかもしれない。
せめて何か力になりたくて、僕は二人のためにおいしいおつまみを用意することにした。
「それじゃあおやすみなさい」
「おやすみー」
その日の夜、11時前に僕たちは部屋に戻り、則正さんと幸也さんの二人の飲み会は始まった。
何種類か作ったお酒のあては二人に大層喜ばれ、お酒と共にテーブルに並んでいた。
「いいよな、二人は」
「オレはあと半年」
「オレなんかまだ一年以上ある」
ヒオと祐介くんの二人はいまだに飲み会に参加できないことを残念がっていた。
「ま、二人でしか話せないこともあるよな」
「引き下がるのもオレたち弟分の役目だろうな」
そんなこと言う二人に驚く。
「二人とも、分かってたんだ」
「あ?幸也さんのことだろ」
「ちゃんとは知らないけど、なんか無理してるなー、って見てたら分かるよ」
やっぱり二人はすごい。見ていないようでちゃんと周りを見ている。
そして、きちんと把握した上で分かっていない風を装っていたんだ。
「分かったからって、オレたちにできることなんてないからな」
そういう祐介くんは、少し寂しそうだ。
「なんにしろ、解決して幸也さんが笑顔で暮らせたら、それでいいよ」
ヒオの言葉に強く頷く。
「そうだよね。それが一番だね」
「じゃあ、オレたちはおとなしく寝るとするか」
「そうだね」
「おやすみ、ヒオ、カイ」
「おやすみー、祐介」
「おやすみなさい」
こうして僕たちは、おとなしく眠りについたのだった。
翌朝。
お弁当と朝ごはんの支度をしている僕は、だいたいいつも一番に起きている。
そこに起きてくるのが則正さん、次がバイトが早番のときの幸也さんか、新たに検品のバイトを始めた祐介くん。最後だけは絶対に揺らがずヒオだ。
コンロの前にいた僕は、扉が開く音に声をかけた。
「おはようございます」
「おはよう」
そこに立っていたのは幸也さんで、てっきり則正さんだと思っていた僕は驚いてしまった。
「幸也さん、今日は早いんですね」
確か皆の予定が記されたホワイトボードには遅番と書いてあったはずだ。
「うん、なんとなく目が覚めちゃってな」
そう言いながら、幸也さんはお弁当箱におかずを詰めるのを手伝ってくれる。
昨日の今日だから、何かあったのかと考えてみたけれど、あまりにも幸也さんがいつも通り過ぎて考えるのをやめた。
「おはよう」
「おはよう」
朝からすっきり目覚めている則正さん、普段通りの祐介くん。
そして、いまだ半分寝ているヒオ。
いつもの朝。いつも通りの朝。
そして、皆で食卓につく。
「皆に言っておくことがあるんだ」
急に切り出した幸也さんの方を見る。
「実は、彼女と別れることにした」
「えーっ!!」
僕たちはまた叫んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます