heavenly

マフユフミ

第1話 運命の赤い糸

彼はみんなから「ヒオ」と呼ばれていたので、基本ほかの人には“くん”や“さん”を付けて呼ぶ僕も、気が付けば当然のように「ヒオ」と呼び捨てで呼んでいた。


その不思議な名前は初めて聞く響きなのに、なぜかとてもヒオにぴったりな気がした。

もしもヒオが、ユーキとかカオルとか、かっこよかったり美しかったり、そんなイメージの別の名前であったら僕は、今みたいにヒオと仲良くなれなかったんじゃないだろうか、なんてことを真面目に思ってしまうほどに、出会ったころから何の違和感もなく、ヒオはヒオだったのだ。


ヒオの本名は、「緋緒」と書くらしい。


「運命の赤い糸、だなんて、笑えねー」

仲良くなって間もない頃、名前の話になったときにヒオはニコリともせず吐き捨てた。

確かに僕たちは皆、運命なんて信じていない。

むしろ運命なんてほざく奴がいたら、唾を吐きかけてやりたいほどに憎んでいる方だったから、ヒオの気持ちは痛いほどに分かった。


それでも、ヒオが「緋緒」を嫌いであるということが、僕にはひどく哀しいことのように思えたのだ。まるでヒオが自分自身を忌み嫌っているかのように思えて。


名前なんて、ある意味記号みたいなものだけれど、僕は僕の名前をほどほどには気に入っていて、皆から呼び捨てで呼ばれるのがどことなくうれしくて、ほんの少し恥ずかしい。混じりっけのない、そのままの僕の名前。僕が僕であることを許されているような気がするからかもしれない。

だからこそ、僕はヒオに「緋緒」のことも好きになってほしいと密かに思っている。

別に本人に言う気はないけれど。


まあその張本人であるヒオは、そんな僕の思いなんてどこ吹く風といった顔をして、パクパク朝ごはんを食べているんだけれど。

またぽろぽろパンくずを散らかしているから、あとで掃除をしなければならないだろう。掃除の役目は僕だ。面倒だけれど嫌いではない。それでもたぶん、食べた後にヒオは叱られると思う。「もう少しキレイに食べなさい」とか「掃除をまかせっきりにしない」とか。


ここにいる皆はだいたい、ごはんをよく食べるけれど、ヒオは特に大喰らいだ。その細い体のどこに収納され、どこに消費されているのか、というのが皆の最大の謎だったりする。

ガサツで食べ方もあまりきれいじゃないし、皆が揃うのを待てなくて先に食べ始めてしまうことが多くてよく𠮟られているけれど、食べているときのヒオの横顔があまりにも幸せそうだから、そんな些細なこと気にならなくなってしまうのだ。


「カイの作る飯はうまいな」

ヒオが感慨深げにそんなことを言う。

「そうかな」

「うん。オレが言うんだから間違いない!」

なぜか自信たっぷりだ。どういう自信なのかさっぱり分からないけれど。


「ヒオ、喋ってないでちゃんと食べな」

最年長の則正さんがヒオをたしなめる。

「ま、カイの飯がうまいっていう点はオレも同意~」

祐介くんにまでそんなことを言ってもらって恥ずかしくなる。

「ありがと。そんなに言ってもらえたら、なんか恥ずかしい……」

「ありがとうはこっちのほうだ。いつもおいしいごはん、ありがとな」

優しい幸也さんに頭を撫でられ、本気で照れてしまった。

「おっ!カイの耳真っ赤ー!」

うれしそうに耳を触られ、僕はさらに真っ赤になっていく。

「こらヒオ!カイを困らせるなよ」

則正さんに軽く頭を掴まれたヒオはむすっと唇を尖らせた。

「ほら、早くしないと。遅刻するぞ」

幸也さんの一声で、皆は朝の忙しい空気に戻っていく。


カチャカチャと食器が鳴る音。カップに紅茶を注ぐ音。

こんな音が、好きだなあと思う。

温かい朝の時間。

何気ない日常、でも当たり前じゃない日常。


そろそろヒオにスープのおかわりをいれてやらなければ。

すっかり空っぽになったスープ皿を持って、僕はキッチンへと向かうのだった。



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