【無知】な自分を知る
「うぅ……あ、うっ」
深夜、眠っていたオレは急に水中に放り込まれたかのように息ができなくなった。たまらず胸を掻きむしる。
自分に何が起こったのか。
自室で眠りに着き、特段変わったことはなかったはず。
夢中で藻掻き続ける。どれくらい続いたかわからないが、フッと突然胸が軽くなった。
ガバっと反射的に起き上がる。
「あっ、魂出てきた。一樹。久しぶりだね」
人が苦しんでいたというのに、脳天気な言葉をかけてくる幼馴染に怒りを覚える。
「死ぬほど苦しがってるヤツを見ての第一声がそれかよ!」
「死ぬほどっていうか、まぁ、本当に死んじゃったんだけどね。でも、もう苦しくないっていうか、むしろ前より体が軽くなったでしょう?」
真琴の言葉にハッとする。確かに強烈な痛みの名残は一切残っていなかった。
自分の周りを見回すと、オレの体がベッドに横たわっていた。そして、オレはその体に重なるようにして上半身だけを起こしている。これは幽体離脱と言うやつか。
「オレは死んだのか」
呆けたようにいうオレに真琴は頷く。
「そう。寿命の半分に来たから息が止まったの。だから私がここにいるんだよ。死ぬとき迎えに来るって言ったでしょ?」
真琴はニヤッと笑った。
あぁ。本当に迎えに来たのか。
死んで死神になったという真琴と最後に会ってから20年ばかり経って、オレは30歳半ばになっていた。寿命が来たらまた迎えに来ると言った真琴の言葉は、自分の願望が生み出した幻なのではないかと半ば疑心暗鬼だった。
それでも、その幻が20年間、オレの生きる指針となっていた。
寿命を半分に減らされたオレは死後に真琴と同じく、死神になる。真琴からはそれしか聞いていなかった。
それでも死後の国とはどういうものか、死神とはどんなものなのか。無知なりにいろいろと考え、哲学やら宗教やら死に関連する知識を片っ端から詰め込んでいった。
周りは、そんな死についてばかり考えている俺を気味が悪そうに見ていたが、オレにはそんなことはどうでもよかった。
オレは自分が死ぬ日のために生きてきたのだ。そして、死んで真琴が迎えに来た今日が、オレの人生の終わりであり、新しい始まりになる。
久々に見る真琴は、20年前よりも少し大人びた雰囲気をもっていた。死後の世界でも成長はするのだろうか。
黙り込んでジッと見つめるオレに真琴は不思議そうな顔をする。
「一樹? どうかした?」
「真琴、なんか大人になったなって思って」
そう言うと、真琴は嬉しそうな顔をする。
「死後の世界は、少しずつだけど成長するし、成長が止まったらずっとそのままなの」
ずっと若いままでいいでしょう。と真琴は得意顔だ。
「一樹も大人になったね」
「老けたかな?」
「全然。一樹は年齢よりずっと若く見えるよ。それに毎日、上から見てたから見慣れちゃった」
20年間ずっと見られていたんだと思うと微妙な気持ちはしたが、真琴は機嫌が良さそうなので深くは考えないようにした。
「ずいぶん待ったよ。これから何があっても離れないからね!」
20年経つと、真琴の気持ちも変わるかもと思っていたが、全く変わってないらしい。そのことにホッとしたような、怖いような複雑な気分になる。
「じゃあ、行こう。死後の世界へ」
そう言って真琴は手を差し出した。
オレは戸惑いつつもその手を握った。
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