マンホールの蓋の下から始まる物語

万之葉 文郁

【マンホールの蓋の下】

「ねぇ、一樹いつき。マンホールの蓋の下には何があると思う?」

 学校帰り。前を歩いていた幼馴染の真琴まことがオレを振り返り聞いてくる。

「下水道とか雨水を流す道とか、電気や通信のケーブルとかだろ」

「なにその教科書に書いてあるような答え。おもしろくなーい」 

 その言い草にオレはムッとして問い返す。

「じゃあ。何があるって言うんだよ?」

 真琴は待ってましたとばかりにニンマリ笑う。

「数あるマンホールの中の一つにはね、異世界と繋がってるものがあるのだよ」

「はぁ?」

 オレの呆れた声にもお構いなしに、真琴は得意顔で続ける。

「もし私がここから姿を消したら、そのマンホールから異世界に行ったと思ってね」

「バカ言ってるなよ」

「だから、私がいなくなっても心配しないでよ」

「えっ。それどういう……」

 いなくなっても、なんて不穏な言葉にオレは聞き返そうとしたが、真琴はそのまま走り去ってしまった。オレは一人取り残される。

 そして、間もなく真琴は本当に姿を消した。


 あれから、オレはひたすらマンホールを見ながら歩くようになった。周りは奇異の目で見ていたが、誰も何も言わなかった。

 探しても探しても、異世界に続くマンホールは見つからない。そりゃそうだ。そんなのあるはずがない。でも、探さずにはいられない。真琴が急にオレの前から消えたことが受け入れられなかった。


 そんなある夜、夢の中でマコトが出てきた。真琴は黒いワンピース姿で、長い髪を桜の花びらと共に風に舞わせていた。

 彼女はオレに何か言いたげな顔を見せた。


 翌日、オレは夢に出てきた小高い丘の公園に来ていた。

 桜はほぼ散って葉桜になっている。この公園は遊具もなく、石碑が一つ置いてあるだけでほとんど人は来ない。オレは奥に進む。

 木の陰に少し開けた空間があった。子どもの頃、ここで真琴とよく秘密基地ごっこをしていたのを思い出す。

 その空間に入ってみると地面に真新しいマンホールがあった。前にはこんなものはなかったはずだ。

 そんなはずないと思いつつも、少しの期待してマンホールに手を掛ける。それは樹脂製で軽く、すぐに持ち上がった。

 マンホールの蓋の下を覗くが穴はなく、ただの地面が現れた。予想通りという思いと落胆とが入り混じったような気持ちになる。


「いつまで下向いてるつもりなの」

 声のする方を見ると、桜の木の上に夢の中で見た格好の真琴がいた。

「死んだ人は普通、天に昇るんでしょ? 下ばかり見てないでよ」

 真琴は生前のようにニヤリと悪戯っぽく笑った。

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