6、愛の力

 闇に閉ざされた場所で、二人の姿だけが浮かび上がるように見えている。


『さぁ、私と共に……』

 クロスの姿で彼女に手を差し伸べる"大崩壊の亡霊"。

「ぁ、ぁ、」

 意識も虚ろになりつつあるヴィラは、心のどこかで"違う"と思いながらも、差し伸べられる手に吸い寄せられるように近づいていく。

 ついに、ブレスレットは灰となり崩れ落ち、周囲の闇が急速に彼女を浸食し始める。


「──」

「……?」

 何かの物音に、彼女はピクリと反応する。

「……ラァ──ァ……」

 確かに誰かの声が聞こえる。

「……──ヴィラァァァァァァァ!!!」 

 確かに届いたその声。彼女の知る声ではない。しかし、その声には"彼"の想いを感じさせた。

「ク、ロス?」

「どこだヴィラァァァァ!!」

 徐々に、だが確実に、声は近くから聞こえるようになってくる。しかし、方向も距離もよくわからない。彼女はついに声を上げる。

「ぁぁ、クロス……、クロスぅぅぅぅ!!」

 かすれる声を振り絞り、ヴィラは想いを籠めてその名を呼ぶ。

「ヴィラ! どこだ! くそっ! どっちから聞こえた!?」

 だが、彼にも彼女の位置が分からない。

「クロス、クロス!」

 目には見えない、だが確実に二人を隔てる"何か"がある。そのために、二人の距離は一向に近づいて行かない。

 それが何であるのか、クロスは自然と察した。既に覚悟を決めている彼は、その距離を一気に縮めるための言葉を叫ぶ。


「ヴィラァァァ!! 好きだぁぁぁぁぁぁ!!」

「!?」

 ヴィラの心臓が跳ねる。手足に一気に血が巡り、顔が急に熱くなる。途端、ヴィラの周囲にあった闇が一気に後退する。

「ヴィラァァァァ!! 愛しているんだぁぁぁぁぁ!!」

『何だ、何が起きている!?』

 偽クロスは、闇が退けられたことに戸惑っている。

「ヴィラァァァァァ!!」

 クロスは叫びとともに黒い空間を突き破り、ヴィラの前に出現した。

「見つけたヴィラ!!」

「クロス……」


 その姿は、ヴィラの知る彼の姿ではない。だが、確信を持って言える。彼はクロスであると。

「さぁ行こう! ここから出るんだ!!」

 ヴィラに向け手を差し出すクロス。熱に浮かされたようにヴィラはその手を取ろうとし、しかし直前で躊躇う。

「で、でも、私にはもう居場所が……」

「ある!」

「え?」

 躊躇うヴィラにクロスは力強く言い切った。

「俺がヴィラの居場所だ。ヴィラ愛している。俺と一緒に生きてくれ」

 再び心臓が跳ねるほどの衝撃と、胸の高鳴りに息苦しさすら覚えるヴィラ。一瞬クロスとの距離が縮まった。が、再び二人の距離が離れる。


「そ、それは……、だめだ。私のために貴方が傷ついてしまう」

「傷つかない! 俺が俺とヴィラを守る!」

 ヴィラの拒否をクロスはあっさりと跳ね返す。

「そ、それに、私は私の"生まれ"を棄てられない……」

「俺は、ヴィラの横に立つに相応しい立場になってみせる!」

 だんだんと近づく二人の距離は、既に手を触れられるほどに近い。だが、まだ彼女の前には不可視の壁が残っていた。

「私は、だめだ、私のために、犠牲が……」

 その時、闇の中から一人の男が浮かび上がる。

「ポート……」

 それはあの日、鉄機獣からヴィラを護るために犠牲となった男だった。

 彼は両手を広げ、片手をヴィラの背に、もう片方の手をクロスの背に回した。


──いいんだ、お嬢様。幸せに……


「あぁ、そんな、ポート……」

 ポートの消失とともに、ヴィラの前にあった壁が砕け散る。クロスは一気にヴィラへと近づき、彼女を強く抱き寄せた。

「クロス、私、いいの? 私でいいの?」

「いいんだ。俺は、ヴィラがいい……」

 ヴィラもクロスの背に手を回し、二人は強く抱擁する。彼女から嗚咽が漏れる。それは悲劇と絶望からの慟哭とは違う。愛と安らぎに満ちた涙だった。




『わ、私の妻に、触れるな!』

 二人を呑み込むように周囲の闇がうねる。

「はんっ! 先走りすぎだ! 早い男はモテないぜ!」

 赤面するヴィラに後頭部を叩かれつつ、クロスは彼女を庇うように抱きかかえる。

「こういう場合は、まずはお友達からってな!」

 クロスは腰に下げた刀を抜刀し、周囲に迫る闇を払う。

『シャァァ!!』

 闇に紛れて襲い来る偽クロス。クロスは返す一太刀でその左腕を切り落とした。その鋭い太刀筋に、偽クロスは戸惑いの声を上げる。

『がぁぁ! き、貴様、それは閃術器ですらないはず! 貴様はただの製作能力者ではないのか!?』

 更に太刀を切り替えし、偽クロスの右腕をも切断する。

『グガァァァァ!』

「大事な女を守るために、鍛えたんだよ!!」

 ヴィラを庇いつつ、クロスは後ろ蹴りを叩きこむ。その蹴りを受け、偽クロスは闇の中へと倒れた。

『ぬあぁ……』


「彼女は俺の女だ。返してもらう」

 "行こうか"とクロスが問いかければ、ヴィラは無言で頷き、紅潮しつつも、しっかりとクロスの首に手を回した。

『待て! なぜだ! 貴女は皆に、世界に絶望していた!』

 黒いスーツ姿に戻った"大崩壊の亡霊"がヴィラに向けて叫ぶ。

「やだ、クロスがいいもん、もう離れない」

 クロスにしっかりと抱き着き、満足気なヴィラ。"大崩壊の亡霊"は初めての"失恋"のショックで白目を剥いて静止した。その様子はまさに"真っ白に燃え尽きたぜ"であった。

「あーっと、なんかすまん」

 クロスは雑に一言詫びを入れつつ、再びヴィラを強く抱き寄せる。二人は、先ほどクロスが突入してきた空間の穴へと飛び込んだ。





 状況は絶望的だった。

「レクスさん、しっかりしてください……」

 全身を強打し意識を失いかけているレクスリーに、アトラは治癒閃術を掛ける。もはや無事な人間は1人も居なかった。

 今はリウスが広域展開した防壁内に引きこもっている状態だ。当然、彼一人ではあっという間に限界を迎えてしまうため、リウスに対してジャスとルアシャが全力で閃気を供給している。


 10体の黒いヴィラが、レプリカとはいえ月輪がちりんを行使してくるという戦力は、レクスリー達を壊滅させるのに5分とかからなかった。

 先陣を切って突撃したレクスリーは、3体の黒いヴィラに攻撃され数秒で撃破された。ルアシャがフォローに回り、アトラがすぐに治癒閃術を掛けるも、直後にルアシャも撃破された。撃破と回復を繰り返しつつ、リウスの張る防壁に逃げ込めたのは、奇跡と言っても良いかもしれない。


 ただ、3人がかりの防壁も、あと何秒持つのか……。今も黒いヴィラが戦輪加速による拳撃を防壁に撃ち込み、ドォォォンドォォンという衝突音が鳴り響いている。


「ヴィライナ様、クロスさん……」

 アトラは治癒閃術を続けつつ、依然として動かない漆黒竜本体を見上げる。


 天を仰ぐように見上げている漆黒竜。その首にビシリと亀裂が走った。

「……え?」

 それがきっかけだったのか、周囲から響いていた攻撃音が止んだ。防壁を攻撃していた黒いヴィラたちが、一様に動きを止めたのだ。

「な、なんだ……?」

 辛うじて体を起こしたレクスリーは、停止した黒いヴィラたちを見回し、怪訝な表情を浮かべる。


「ゴガッ」

 これまで、微動だにしていなかった漆黒竜。その竜が喉から異音を発する。

「ゴ、ゴガ、ガ、ガァァ!」

 頭部全体に無数の亀裂が走り、内部から白い光が漏れだす。そして、頭部が爆散した。


「いっ!? いきなり外かよっ!!」

「うきゃぁぁ!!」

 爆散した頭部、そこからヴィラを抱いたクロスが飛び出した。なお、クロスの足にピラットがしがみついている。


「ぶぎゃ!」

 クロスはしっかりと着地し、ピラットはビタァァァンと全身で地面に衝突した。


「あれ、ピラット、いつの間に付いて来てたんだ?」

 ヴィラを抱き上げたまま、地面にへばりつくピラットに声をかけるクロス。

「ひ、ひどいっす、置いて行かれるかと思ったっす」



 一拍遅れてざわつき始める周囲。あちこちから「ヴィライナとクロスだ」という声が聞こえる。

 既に黒いヴィラは全て消失しており、リウスも防壁を解除した。


「静粛にしろ!」

 気丈に立ち上がったレクスリーが、周囲の喧噪を収める。

「一時はどうなるかと思われたが、どうやら落ち着いたようだ……」

 改めて周りを確認するレクスリー。全ての黒いヴィラは既に消え、脅威であった漆黒竜も頭部が爆散した状態で静止している。

 そして改めてヴィラとクロスに目を向けるレクスリー。

「ヴィライナには自宅謹慎を申し渡したが、このような状況ではそれもまかりならん。二人とも拘束させてもらう」

 ヴィラはクロスの腕から降り、レクスリーに目を向ける。



──わかりました



 その場の全員が、そう素直に従うヴィライナ嬢を幻視しただろう。だが、彼女の答えは真逆だった。



「嫌です。私やってないんだから」

 ヴィラはぷいっと顔を逸らし、不満げに答えた。

「……、……は?」

 今までの彼女とはまったく異なる反応に、二拍ほど反応の遅れるレクスリー。


「私犯人じゃないです。ティーテちゃんが襲ってきたんです。疲れさせて捕まえたら、いきなり閃力の刃が出てきて刺されたんだもの」

 ヴィラの物言いに、全員が呆気にとられる中、何とか正気を取り戻したレクスリーが反論した。

「そ、そのような言い分、信じられると思うのか……?」

「実際にそうだったんだもの。アトラちゃんだって見てたし」

 ヴィラは相変わらずレクスリーには顔を向けないまま、彼の言葉を一刀両断した。

「そ、そうです! 確かに私も見ました!!」

 ヴィラの変化に戸惑いつつも、アトラもそこに便乗する。


 意識を取り戻したメイドのラクティは、ヴィラの変化を目の当たりにし、感涙にむせび泣いていた。

(散々なヘタレでしたが、やっとお嬢様を受け入れてくださったのですね)


「だ、だが、しかし……」

 だからと言って、"はいそうですか"と容易に認めるわけにはいかない。レクスリーが次の言葉を探しているところに、横やりを入れる者がいた。

「待ってくださいっす!」

 ピラットが手を上げ、レクスリーに意見する。

「……、誰だ?」

 つもりが、ずっこけた。

「ピラット・ディヴァイアスっす! 一緒に白鱗ラボにも行ったじゃないっすか!!」

「そう……だったか?」

 顎に手を当て考え込むレクスリー。ピラットは精神的な大ダメージを負い、地面に両手と両膝をつき、ガックリとうなだれた。が、彼女は負けない。強い意志で立ち上がった。


「ふ、ふっふっふ、推理系アドベンチャーゲームで培った推理力を発揮する時が来たっすね」

 ピラットは右手の人差し指を額に当て、左手はその肘を押さえるように……、ポーズを決めて宣言した。

「謎は全て解けたっす! 犯人はこの中に居るっす!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る